バジルニアの会議
「いずれはそちらにも手を出すことになるんでしょうけど」
会議の開始早々、メキャムリム・ブラズニア姫がそう口火を切った。
「こう少し段階を踏んで欲しいところですね。
今の段階では情報収集などの準備が不十分ですし、補給のことを考えるとむしろ海側の拠点を確保する方を優先していただきたいかと」
「港町か」
ハザマは思案顔で頷く。
「グフナラマス公爵はガダイドとかいう港を押さえたそうだが」
「森東地域全域に洞窟衆の拠点を作るつもりならば、ひとつやふたつの港を押さえただけでは到底捌ききれません」
メキャムリム姫はそう指摘をする。
「せっかくゴドワという拠点を作ったのですから、その下流にある港をすべて自由に使える環境にしたいところです」
「自由に、ていうと、占領して完全に支配下におく形ですか」
ハザマはいった。
「こちらがあんまり強硬な態度に出ると、地元勢の反発が強くなる。
そうすると、かえって困ったことになると思うのですが」
「ゴドワを経由する河川の下流には四つの港町が存在します」
今度は、マヌダルク・ニョルトト姫が発言をした。
「ただ、そのどれもが規模として見ると小さく、今、ブビビラ村とゴドワに集まっている洞窟衆の勢力だけでも容易く、最小限の犠牲で制圧可能なものと推測されます。
そうした地元勢が強硬な態度を取るかどうかは、占領後のこちらの方針にもよるのではないでしょうか?」
「そうした要素も考慮済み、ですか」
ハザマは、感想を述べる。
「軍事的に占領したとしても、その後、占領地に恩恵を与えるように動けば本気で反乱を考える者も少ない、と」
多分、この会議を招集した時点で、この二人は状況を分析して先に結論を出していたんだろうな、と、ハザマは推測する。
それはそれで、余計な手間が省けるし、ハザマとしても歓迎したいところだった。
「とにかく今は、そのケトウス族とかいう連中の始末よりも、海へ経由する動線を確保するのを優先するのが先。
そういうことなんですね?」
ハザマは、そう確認する。
「ガダイドは、あくまでグフナラマス公爵家の占領地になるわけですし、それに、地理的に見てもゴドワ下流から遠すぎます」
メキャムリム姫はそう指摘をする。
「洞窟衆が自由に使える港を先に確保しておく方が、今後の補給状況などを考慮すると優先するべきであるかと」
「それに、ゴドワの下流に位置する港町は、彼の地ではありがちなことに、複数の有力者が協力して施設を維持している寄合所帯です」
マヌダルク姫は、そう指摘をする。
「ごく短期間で制圧することが出来れば、おそらく相手が抵抗をする間もなくこちらの手に入るはずです。
それに、占領後の交渉についても、こちらに任せていただければ問題は起こらないものと判断しています」
「ブビビラ村とゴドワに居る連中をかき集めて投入すれば、大抵の場所は制圧可能でしょうけどね」
ハザマも、その連中の顔ぶれを思い返しながらそういった。
「占領後も、安泰に出来るものですか?」
「その問題は起きないと予想します」
マヌダルク姫は断言した。
「占領した後は、地元勢力が抵抗することを考える暇もないくらいに、忙しくなるはずですから。
起重機の設置などにより荷下ろし作業の効率化することを考慮しても、その四つの港だけでは捌ききれない量の荷物が恒常的に動くはずです。
そうなれば当然、港の方にも人件費その他のお金が流れていくはずですし、占領以前よりも豊かな状態になればそれを不満に思う者はほとんどいないはずです」
「軍事力で制圧をして、その後に金で頬を叩いてこちらの思い通りに動かす、と」
ハザマは、思案顔で頷いた。
「八割方は、それで納得をするでしょうね。
ただ、そうした利害や理屈だけでは割り切れない人間も多少は出てくるはずだからなあ。
抵抗勢力が出てこない、という予断を前提にして動かない。
それくらいの用心はしておくべきでしょうね」
人間というのは、時に合理的ではない、感情で動く生物だからな。
と、ハザマは思う。
洞窟衆に占領されたおかげで、その港町が経済的に豊かになる。
そうなれば、大多数の人間はその占領を歓迎するだろう。
が、そうした利害ではなく、占領されたという事実そのものを屈辱と感じ、洞窟衆への抵抗運動を展開する連中もいずれは出てくるのではないか。
いや、出てくるものと想定し、しかるべき準備を整えておく方が現実的な選択であるように、ハザマは思えた。
「それは、そうでしょうね」
メキャムリム姫は、ハザマの言葉に頷く。
「先方の方々にも、プライドはあるでしょうし。
いきなりやって来たよそ者があれこれ勝手に仕切りだしたら、面白く思わない方はそれなりに出てくるはずです。
ただ、今回の件においては、その不満分子も最小限に抑えることが出来るとは予想していますが」
「警戒を持続するのにも、相応に人手を取られるからなあ」
ハザマはいった。
「あんまり急激に占領地を増やすのも、いろいろと難しい面が出てくると思うんですが」
むしろ、ヴァンクレスらの現地組は、どうも先を急ぎすぎる傾向がある。
その現地組を制御するこちらとしては、あまり急ぎすぎて足元がおろそかにならないよう、慎重に状況を判断してリスクを軽減するべきなのではないか。
と、ハザマはそう思った。
なにしろ、森東地域は広大で、先は長いからなあ。
「急ぎすぎると足元が危うくなる。
一般論としては、その通りだと思いますが」
マヌダルク姫が発言する。
「今回の場合、自前で使用出来る港を早めに押さえるのは、どちらかというと避けられない工程になるかと。
山地側からと海側、南北に繋がる流通路を確保出来る状況と出来ない状況では、物資の搬送事情がまるで違って来ますから」
「戦略的に考えると、むしろ必須ってわけか」
ハザマは、思案顔になる。
「そんなにたくさんの物資を、森東地域に運び込む必要がある、と」
「その荷物もほとんどは、食糧になるはずですが」
メキャムリム姫は、そう補足した。
「今の森東地域は、山地から流入して来た者たちの分も考慮すると、圧倒的に食糧が足りていません。
そのことが紛争の理由にもなっているわけですし、とにかく可能な限り多くの食糧を運び込んで行き渡らせることを優先して動きませんと、混乱状態が長引くだけです」
「軍事的にどこかの土地を占領すれば、それに抵抗をする人間も必ず出て来ます。
それは、その通りだと思うのですが」
マヌダルク姫はいった。
「ただ、長期的に考えると、洞窟衆がそうした土地を占領したおかげで、森東地域の混乱が結果として短縮される。
そうした成果が目に見えるようになれば、そうした抵抗運動も自然と小さくなるものと予想されます」
「ただ、森東地域も広いからなあ」
ハザマは、そう指摘をした。
「港町に居るような連中が、山地側の混乱を自分たちのことのように感じるかどうかは、かなり微妙だと思うんですが。
いや、あくまで今の時点では、ということですが」
これまでにハザマの手元にあがってきた報告によると、どうも海側の住人たちはそうした山地側の混乱について、完全に他人事と受け止めている傾向が強いらしかった。
森東地域、という名称はあくまでハザマたちが便宜上、つけた名称でしかなく、その地域の住人全員が、統一された帰属意識を持っているわけではない。
仮に、森東地域全体の住人たちの間で一体感を持つような事態があるとすれば。
と、ハザマは、そう予想する。
それは、むしろこれからのことになるのではないか。
山地から部族民たちの流入と、洞窟衆の進出。
さらに、グフナラマス公爵家やベズデア連合の侵略。
こうした、外来勢力からの浸食を受けた後、そうした勢力に対抗するために、地域的な連帯意識を強く意識しはじめる。
そういう流れは、大いにありそうに思えた。
そうした地域的なアイデンティティの問題は、対外的な比較対象が身近に出てこないと、かえって強く意識する機会がないからなあ。
ハザマとしては、それまで弱小勢力がせめぎ合い続けている森東地域の中から、そうした勢力を糾合する者が出てくれた方がかえって都合がいいと、そう考えている。
意見がある程度統一されていた方が、それだけ交渉をする回数も減らせるからだ。
「それら港町をこの時点で占領するのが一番手っ取り早い、ということは理解しました」
少し考えてから、ハザマはそういった。
「具体的な作戦案の考案とかそれの実行については、現地組の裁量に任せておいた方がいいでしょう。
おれたちとしては、占領後のフォローを最優先にするため、今のうちから準備をしておきたいと思います」
「物資のことをおっしゃっているのなら」
メキャムリム姫は即答した。
「むしろ、森東側で受けきれない物資が大量に各所で滞っているような状況なので、現状のままでも問題はないのですが」
「いや、流通方面の問題については、メキャムリム姫様の裁量にお任せします」
ハザマはそういった。
「ここでいう準備というのは、占領後、その港町間で意見のやり取りを出来やすい環境をこちらで準備するとか、そういうことで。
通信網の敷設を急ぐのは当然として、その港町の有力者同士を引き合わせて、出来れば職能ギルドなども統合するように、こちらで働きかけることはできませんかね?」
このうちの後半部分を、ハザマはマヌダルク姫に顔を向けて問いかけている。
「地元住民の、横の強がりを強くするように働きかけるわけですか?」
マヌダルク姫は、思案顔をしてそう応じた。
「短期間に四つも港町を占領してしまえば、今後はその港町間で意見を調整しながら作業をする機会も多くなるはずですしね」
ハザマは、そういう。
「それに、現地の洞窟衆が本格的に動きはじめると、物価や賃金なども上昇しはじめるはずです。
そうなると、少し離れた土地でも同じ仕事をするのなら同じ水準の賃金を支払う。
そういう取り決めを事前にしておかないと、おそらくは働く人間がより高い賃金を求めて一カ所に集まるような事態も起きてくるわけで。
そうなったら、こちらも困ります」
洞窟衆が本格的に動き出した地域では、物価や賃金が上昇する。
これは、根拠のない推測などではなく、これまでにもたびたび観測されてきた傾向であった。
そうした事態に備えて、現地人同士で対策を立てさせておく。
そのように仕向ける、というのが、ハザマの構想になる。
「つまり、現地の人々に対して、これから起こるであろう変化をあえて知らせて、それに対策を取らせるわけですね」
マヌダルク姫は、その場でハザマのそうした意図を即座に理解していた。
「そうしますと、場合によっては地元勢力が糾合して、洞窟衆に対抗しようとする場面も出てくるかと思いますが」
「むしろ、そうなった方が都合がいいですね」
ハザマは、真面目な表情で頷いた。
「連中がおれたちの干渉などはねのけ、それでやっていけるほど強さを持つことが出来たとしたら。
それこそ、上々の成果というべきではないですか」




