最前線の企画会議
「外交要員は、まだ来ないのですか?」
スセリセスが、誰にということもなく確認をした。
「それなりの人数を投入しているはずなんだけどね」
トエスが即答をする。
「ただ、折衝を必要とする場所が多過ぎるのと、洞窟衆なんてよそ者がのこのこ乗り出していってもなかなかこっちの言葉に耳を貸してくれないんで、あんまり成果はないみたい」
「今の時点では、洞窟衆の名前はそんなに取り沙汰されていませんしね」
スセリセスはその言葉に頷いた。
「他の場所ならばともかく、この森東地域では新参の、得体の知れない勢力でしかないわけで」
そんな洞窟衆が調停役に乗り出したとしても、最初からそこまで信用されるわけもない。
結局、そうした折衝事業も、乗り出していった人員がその土地の人々に信頼関係を築くところからはじめなければならないわけであり、当然のことながら、相応の時間を必要とする。
出向いていっていくらもしないうちに結果が出る、みたいな安直な展開は望むべくもない。
ただ、今の時点で洞窟衆がそうした紛争地域に出向いて、必死になって火消しを行おうとしている。
その事実は、自然と衆目に晒されるはずであり、こうした努力もまた、将来の展望を考えると、決して無駄にはならないはずだ。
ただ、そうした交渉は関係者の合意を取るのがなかなか難しく、そうした成果が出てくるのはかなり先になるはずでもあったが。
「堅実ではあるが、動きが遅すぎるな」
ネレンティアス皇女は、そう呟く。
「北部がいつまでも落ち着かないと、こちらとしても警戒のために余計な人手を割かねばならん。
そうした交渉をうまくまとめるためには、こちらでの洞窟衆の名をあげる方がいいのか」
「名をあげる、ですか」
スセリセスはいった。
「具体的には、なにをすれば?」
「武力と財力を見せつけるのがいいな」
ネレンティアス皇女はいった。
「いがみ合っている連中を片っ端から締めあげるのは効率が悪い。
そういうことならば、その中で一番悪質で手のつけられない勢力を選んで完全に沈黙させる、というのはどうだ?」
「示威行動も兼ねて、ですか」
スセリセスはいった。
「現実的なことを考えると、今の時点で出来るのはそんなことくらいでしょうね」
今の洞窟衆は、将来的な展望を睨んでこの森東地域のただ中に細長い補給線だけを先に構築している、そんな状況といえた。
しかもその長大な補給線は、ほとんどの部分が外部勢力の土地の中に剥き出しのままになっているわけで、これを長期間保守するのは実はかなり難しい。
その長大な補給線の全域を自前の戦力で守ろうとするととんでもない人手と予算が必要になるはずで、だから当然自然と周囲の勢力とも仲良くする、いわゆる協調路線を選ぶしかなかった。
後はこの状態が維持できているうちにここ森東地域での味方を増やし、地道に足元を固めてくしかない。
そのためには、外交や商業など、使える手段はなんでも使う必要があった。
手段を選り好みなどしている余裕など、どこにもないのだ。
「広いですからねえ、森東地域」
スセリセスはため息混じりにそういった。
「広いよねえ、森東地域」
トエスも、そう続ける。
「広すぎて一気に片付けることも出来ないから、順番に、手が届くところから手を着けていくしかないっしょ」
資金や人手などの資源が圧倒的に不足している状態なのだ。
「特に兵士、それも優秀な兵士は完全に数が足りていないな」
ネレンティアス皇女は、そう断じた。
「訓練の行き届いた兵士が、これほど欲しい状況も難しい」
「これから訓練をして、地道に使える人数を増やしていくしかないでしょうね」
スセリセスは、そういう。
「冒険者ギルド経由で外から集めて来るのにも、限界があるでしょうし」
「人数もだが、輸送能力にも限りがあるからな」
ネレンティアス皇女はそういって頷いた。
「こちらで志望者を募って訓練する方が確実だし、おそらくは安くあがるはずだ」
「でも、流通網の整備の方にも人数が要るからなあ」
トエスは、そんなことをいい出した。
「人の取り合いにならなければいいけど」
「最後には、どの仕事も人数が不足するはずだ」
ネレンティアス皇女はそう断言した。
「であれば、本人の志望を第一に考慮するのがよかろうよ」
「なんだかいろいろ面倒なもんだなあ」
ヴァンクレスが、そんなことをいい出した。
「誰かをぶっ潰せばそれだけで解決する。
そんな仕事はないのか?」
「うーん、と」
トエスは持参した書類をめくって、軽く顔を顰めた。
「潰してもどこからも文句が出てこない、それどころか大勢の人に喜ばれるって人は、いないこともないんですが」
「ほう」
ネレンティアス皇女はそんな声をあげる。
「そんな便利な、わかりやすい悪者が居るのか。
普通は、多少なりとも加減をして敵ばかりを作らぬように心がけそうなものだが」
「ここからだとかなり離れた場所になりますが、山地との境目に近い場所に陣取っているケトウスという部族が、かなり強引なことをして嫌われています。
魔法兵や騎兵を含む、それなりに練度の高い兵隊を引き連れているので、こちらの地元民では容易に対抗出来ないようで。
この連中はそれをいいことに近くの村を襲っては大勢の人を攫い、そのまま山地に売り飛ばしているとか」
「絵に描いたような匪賊ではないか」
ネレンティアス皇女はそういって関心を示した。
「その部族を潰すだけでも、洞窟衆の名声は高まるのではないか」
「いくつか難点がありまして」
トエスは、そう続けた。
「洞窟衆が進出した地域からそのケトウス族が暴れている場所までは、かなりの距離が空いているということ。
無論、実際にその部族を退治しに行こうとするのならば、かなりの軍勢を動かす必要が出てくるわけで、その進行途中にある土地の人たちに通行の許可を取りつけるのは、かなりの手間になります。
次に、仮にそのケトウス族を無事に始末できたとしても、あまり利益にはならないということ。
ぶっちゃけ、費用的には、完全に足が出ると予想されています」
「大軍を動かすのには、大金が必要になりますからね」
スセリセスは、ため息混じりにそういった。
「手間ばかりがかかる上、赤字になることがわかりきっている。
これまで洞窟衆が静観していたのも無理はない相手だと思います」
「練度が高い部族民、か」
ヴァンクレスはそう呟いた。
「今の山地なら、そんな連中も仕事には事欠かないだろうに」
「やつらにはやつらの事情があるのだろうよ」
ネレンティアス皇女はいった。
「軍事力だけでは片がつかない問題など、この世にはいくらでもある。
その部族民とやらも、なにごとかやらかして山地から弾き出された口ではないのか?」
「相手の事情はよくわかりませんけど」
トエスは、そう続けた。
「このケトウス族を倒すか追い出すかすれば、それまで被害にあっていた地域の住民からは信頼されるでしょうね。
同時に、同じような非道を行っている勢力を牽制することにもなるかと」
「赤字だし、リスクも大きいけど、効率的に名を売ることが出来る相手ということですか」
スセリセスは、そういって頷いた。
「すぐに形のある利益に繋がるわけではありませんが、長い目で見れば十分な見返りが望めると思うのですけど」
「このまま、守りに徹しているよりはマシか」
ネレンティアス皇女はいった。
「どの道、港町を押さえる件については、情報収集その他の前準備のためにしばらく時間が要るわけだしな。
その待ち時間を利用して、さっさと片付けておくのも方法ではあるな」
「そうですか」
トエスは、素っ気ない口調でそういった。
「それでは一応、企画書は提出しておきます。
ただ、お金がかかる割には得るところがほとんどない案件なので、本部も許可が降りるかどうか微妙だとは思いますけど」
大軍を、それも、ヴァンクレスの騎兵部隊のように、歴戦の兵隊を大勢動かすとなると、かなりの予算を見込まねばならない。
今回のこれがそれだけの出費に見合うだけの案件かというと、トエスにはどうしてもそうは思えなかった。
「そいつらが暴れている場所には、冒険者ギルドの連中は居ないのか?」
ヴァンクレスが、トエスに訊ねた。
「支店は、その近くまでは行っていないですね」
トエスは即答した。
「別件でそちら方面に足を伸ばした冒険者から、そのケトウス族の所業なども自然と集まって来るわけですけど」
「じゃあ、被害に遭っている場所に人をやって、そいつらから依頼を受けた形を整えておくといい」
ヴァンクレスはそういった。
「どの道、事前にそちらに探りを入れることにはなるんだろうからな。
そのついでに」
「なるほどぉ」
トエスは感心した。
「現地からの依頼を冒険者ギルドが受けて、その仕事をこちらが遂行するという形にするわけですか」
「ここいらの、しかもそんな部族に荒らされた土地の連中だ。
報酬も、そんなにたんまりと用意出来るもんでもないだろう」
ヴァンクレスは、そう続ける。
「困っている貧乏人の懇願に負ける形で、おれたちが動く。
そういうことにしておいた方が、なにかと聞こえがいい」
「宣伝効果のことを考えると、そうしておいた方がよさそうですね」
トエスは、そういって頷いた。
「その線で、本部に企画書を出しておきます」




