鰐頭人の方法
「それ、食べるんすよね」
「食べるのだ」
トエスが確認すると、鰐頭人は大きく頷く。
「生きたままが一番うまい」
うん。
と、トエスは心の中で頷く。
鰐頭人の食生活については、ひとまず置いておく。
なにしろ異族が相手なのだ。
人間の基準は通用しないものと、そう思っておいていい。
ただ、実際にその要求を実現しようとすると。
「かなり難しいっすね」
トエスはいった。
「いい方を変えると、お金がかかります」
「金か」
鰐頭人は目を剥いてそういった。
「予想はしていたが、そういう問題になるのか」
「そういう問題に、なりますねえ。
問題は大きく分けて二つ」
トエスは、そう説明する。
「そうした事業を、うちはこれまでにやっていませんから。
だから、新しくはじめるとすれば、基礎的な部分の試行錯誤、それにそれができる体制を維持することに、かなりの人手が取られます。
人手が取られるってことは、その仕事に従事する人たちを拘束して賃金を支払い続けなければならないってことで。
簡単にいうと、かなりお金がかかります。
これが、まず一点。
次に……」
野生動物を生け捕りにする手間、それを生かしたままここまで搬送する手間。
さらには、動物の種類によっては、搬送期間中に生かしておくためのノウハウまでこれから研究する必要が出てくるかも知れない。
端的にいって、そのことだけでかなりの人手が拘束されるわけで。
いいかえればそれは、
「金がかかる」
ということになる。
そうした、
「生け捕りにした動物を山地からここまで、運んで来る」
という体制を維持しようとしたら、そこでもまた、かなりのコストがかかるはずだった。
「お金がかかってもやれというのなら、今のうちならば実現できると思います。
ただ、その際にかかったお金を、鰐頭人の人たちだけで完済できるのか?
という、支払い能力の問題」
トエスは、説明を続けた。
「もちろんこれから、上の方に相談してみて、どうにかうまく処理出来ないものか、具体的な方法について検討はしてみますけど。
ただそれも、ざっと検討してみた結果、皆さんにその支払い能力がないとうちの上の方が判断すれば、おそらくは実際にうちが手がけることはないでしょう」
ただでさえ、今の洞窟衆は想定外の業務拡大が続いて処理能力が逼迫しているのだ。
この上、こんな事業にまで手を出している余裕があるとも思えなかった。
それでも、
「検討だけでもしてみる」
とトエスが明言するのは、トエスが予想もしないような解決策を知っている人間が洞窟衆の身内の中にいる可能性があったから、になる。
ただそれも、可能性からいえばかなり少なく、そう説明するトエスからして、
「おそらくは、断ることになるだろうな」
と、半ば確信をしている。
ただ、同じ断るという結果でも、事前にその事業をはじめるのが困難である理由を説明しておけば、鰐頭人のこちらに対する心証が違ってくる、とも、トエスは思っていた。
「そうか」
鰐頭人は、トエスの対応に対して特に驚いた様子も見せず、そのまま頷く。
「そういうことに、なるのだろうな」
「もちろん、なにかいい方法がないか、検討はしてみますが」
トエスは、そう続ける。
「結局は、お金の問題が一番になるかと思います」
諸々のコストをさげる工夫に関しては、トエスはそれほど心配していない。
ハザマなり他の誰かなり、洞窟衆の誰かしらが工夫を重ねてどうにかしれくれるだろう。
だがそれも、
「この案件が事業として成立する」
ということが前提になるわけだが。
この件に関して、一番ネックになっているのは、結局は鰐頭人たちの支払い能力の有無ということになる。
「その金は」
鰐頭人はトエスに確認をする。
「われらには、相場というものがうまく想像できんのだが、この周辺のヒト族を脅して大人しくさせる程度では割に合わないものか?」
「ざっと想像してみても、全然足りないと思います」
トエスは即答した。
「野生動物を生け捕りにするだけでも、かなりの人手が必要になりますし」
それに加えて、搬送するコストと、搬送中にそうした動物を生かしておくための飼育環境を維持するためのコストも必要となる。
トエスがざっと考えてみた限りでは、どう考えても足が出るのであった。
そうした詳細について、トエスは鰐頭人たちに対して、丁寧に説明をする。
「手間と人手か」
かなり丁寧に説明をすると、鰐頭人たちは顔を見合わせて頷き合う。
「そういうことならば、いくらかは負担を軽くすることが出来るかもしれん。
荷を詰む船、なに簡単な、筏のようなものでも構わん。
それに荷を積んでくれれば、後はわれらの手で運ぶとしよう」
「はあ」
トエスは曖昧に頷く。
「まあ、水上での運搬に関しては、それでもいいとして」
他の部分がなあ。
と、トエスは思う。
相談して、解消可能な問題なのかどうか、つまり、採算が合う方法があるのかどうか、洞窟衆の仲間うちで相談をしてみなければならない。
おそらくは、かかる費用を見積もった上で、それの数字を元にして、この鰐頭人が定量的に支払える範囲内の予算に収まっているのかどうか。
それを、検討することになるだろう。
「それからな」
鰐頭人は、そう続けた。
「仮定の問題として、聞いてくれ。
ヒト族がゴドワと呼ぶこの一帯、ここから海に至るまでの下流の水域をわれらが支配して、そこを通る船から一律の金子を徴するとすれば、それはかなりの金額になるのではないか?」
「おい!」
トエスがなにか反応をする前に、水賊衆のリウンが激昂する。
「なんてえことをいいやがる!
水の上は大昔から陸の権力が及ばない領域だ!」
「それは、ヒト族の理屈であるな」
しかし、鰐頭人は少しも動じる様子がない。
「お主らヒトの水賊衆も、場所によっては同じような真似をしているではないか。
われらが同じことをして悪いといわれる道理がわからぬ。
いや、そういわれたとしても、われらがそれを気にかけねばならぬ理由がない。
これまでわれらは、ヒト族が使う金子を集めるべき理由がなかったわけだが、ここに至ってはそうもいっておられんようだ」
「あー」
トエスは、忙しく頭を働かせた。
「ここから下流、海までの水域を取り仕切ることが出来ますか?」
「われらならば造作もないな」
鰐頭人は、即座に頷く。
「通行料を支払う意思を見せねば、その場でその船を転覆させればいいだけのこと」
「そういう方法ならば、確かに十分な資金は調達できそうっすね」
トエスも、頷く。
「おい!」
リウンが、今度はトエスの方に顔を向けて怒鳴る。
「洞窟衆は、水賊衆を敵に回すってのか!」
「大袈裟だなあ」
トエスは、そう答える。
「鰐頭の人たちは、洞窟衆の配下でもなんでもないっす。
その鰐頭の人たちが勝手にやることを、洞窟衆が掣肘するべき筋はないっすね。
それはあくまで、鰐頭の人たちと水賊衆との問題で」
この件、鰐頭人が周辺水域を事実上支配下におき、通行料を徴収する。
水賊衆にとっては、確かに痛手だろう。
しかし、そこまで大きな問題だとは、トエスは思っていなかった。
この水域を使用する水運業全般に、多少余分な支出が増えるというだけのことで。
それに、鰐頭人も指摘しているように、同じようなことは、人間の水賊衆も普通にやっている。
それと同じことを鰐頭人がやってはいけないと、禁止する理由がなかった。
洞窟衆としては、鰐頭人がどんな手を使って資金を調達しようとも、支払うべき物さえ支払ってくれればそれでなにも問題はない。
さらにいえば、ここで鰐頭人と良好な関係を構築しておけば、今後、森東地域でもなにかと動きやすいはずだった。
「水賊衆とやら」
鰐頭人は、リウンの方に顔を向けてそういった。
「船を使わねば水上を移動することにも不自由するヒト族の者が、水域でわれらに勝てると本気で思っておるのか?
ともに鎬を削るというのであれば、われらとしても忌避することなく受けて立つが」
水上の利権を賭けて戦うつもりならば、正面から受けて立つ。
つまりは、そういう宣言だった。
「これは、あれっすね」
トエスはいった。
「鰐頭の人たちが、人間社会の規則を理解した上で、それに乗っかって自分の利益を追いはじめたってことっすね」
それまで、人間社会への参入を見送っていた鰐頭人が、これを機会にプレーヤーとしてエントリーしてきた。
トエスからみれば、そういうことでしかない。
同じルールで動いている以上、鰐頭人の側が非難されるいわれはないのだ。
洞窟衆としては、相手が水賊衆であれ鰐頭人であれ、交渉が可能であれば交渉するし、対立が深まれば距離を置くか戦う。
それだけのことであり、どちらかを特別にひいきする理由もない。
冒険者ギルドでは、犬頭人でも普通に冒険者として登録が出来、報酬についても仕事の内容相応に、つまり人間と区別なく支払っている。
異族と人間とを待遇面で区別しない。
そういう気風が、洞窟衆には前提として存在する。
そうである以上、今後、鰐頭人がやろうとすることについても、洞窟衆としては口を挟む理由がなかった。




