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猫又と俺の願いを縫う不思議な工房  作者: ありぽん


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52話 思い出を喰う水6

 小声でシロタマに聞く。


「いつ来たんだ? まだ匂いはしないって言うから、トイレにきたんだけど。シロタマは匂いは?」


『……いや』


「そうか。……影嗅は、遠くから匂いが分かるはずだろう? 結城さん達が俺たちを呼ぶと思うんだけど」


「気づかなかったんだ」


 振り返ると、いつの間にか俺たちの後ろに、結城さんと影嗅がいた。


「気づかなかったって、何かあったんですか?」


『あいつ現れた時、やっと匂いがした。いきなりその場に現れた』


「もしかしたら力を溜めた事で、影嗅と同じような能力を身につけた可能性がある。それで匂いを消してここに近づき、いきなり現れたように感じたのかもしれない」


「リンと白火は?」


「まだ外で隠れているはずだ。……と、来たぞ。今から俺は集中する」


 外を見れば、滴綿が歩き始めてた。歩き? こう普通に歩いて進んでいるというよりも、ずるずる足を上げずに、すり足で歩いているような、なんとも言えない進み方をしていた。そしてその姿は、結城さんに見せてもらった、ノートに記されていたものとほぼ同じだった。


 マネキンのような顔に、昔の農民が来ていたような洋服を、何枚かまとめて着ていて。体の周りに水を纏っており、その水が時々周りに散らばり地面を濡らす。ブツブツと何か言っていたが、遠すぎるのと、声が小さすぎるのとで分からなかった。


 また時々、クンクンと匂いを嗅ぐ仕草もしていた。陣に塗った、あのドロドロのワタの匂いを確かめているのかもしれない。あとは、もしかしたら工房のぬいぐるみに気づいていて、匂いを確認している可能性もある。


 ゆっくりと、しかし確実に前へ進む滴綿。その姿を、俺は固唾を飲んでじっと見つめていた。そして……。


 あと数歩で滴綿が捕縛陣の前に着く。これで陣に入れば、結城さんが陣を発動させ、滴綿を捕まえることができるんだ。本当にドキドキしたよ。このまま上手くいけと思ったし。だけど……。


 ここで思わぬ事態が起きた。それまで順調に進んでいた滴綿が、陣の前で止まってしまい、一向に進まなくなってしまったんだ。そしてグインと上半身だけ動かし、地面に顔を近づけると、今までで1番匂いを嗅ぎ始め、数分後……。


『我の力がぁぁぁ!! 取られた、取られた、誰かが取った!! 奪い取って、ここに塗りつけたあぁぁぁ!! これはダメなものだぁぁぁ!!』


 そう叫んだかと思うと、捕縛陣が描かれている場所に、水の槍の先のような物がいくつも出現。また、纏っていた水が、ボタボタと捕縛陣に地面に落ちると、地面が黒く変色してしまったんだ。


「はぁ、やられた。まさかここまでとは」


「結城さん?」


「陣を消された。あれだけの事ができるなんて、どれだけの思い出を犠牲を犠牲にして、力を溜めたのか。俺の考えが甘かった。些細な変化を感じ取れるほど、奴は強くなっていたんだ。ここに現れた時、誰も気づけなかったのも、やはり力を付けたからか。このままだと、大人しく陣には乗ってくれないだろうな」


「そんな、じゃあどうすれば」


「なに、何の抵抗もなく乗ってくれれば、楽だと思ってただけだ。仕方ないから外に出て、直接あいつを消すか、捕縛陣に無理やり乗せてその後消せば良い。時々あるんだよ、聞いていた強さと違う時が。その時も同じことをするから問題はない」


「気をつけてください。影嗅も気をつけて」


「ああ」


『任せろ』


「いいか、晴翔は絶対に外に出るな、ここにいるんだぞ。シロタマ、晴翔を守れ」


『言われなくても、当たり前だろう』


「フッ、そうだったな。よし、影嗅行くぞ」


 俺は何もできないことを分かっているから、何も言わすに結城さんと影嗅を見送る。勢いよく結城さん達は外へと出て行った。


 そして結城さん達が出て行くと、すぐにどこからともなく!隠れていたリンと白火が現れ、結城さん達の隣に並んだんだ。


 滴綿が体を起こし、結城さんたちをじっと見る。


「よう、陣を潰してくれてありがとよ。ついでと言っちゃなんだが、大人しく向こうまで歩いてくれるか? その方が消すのに楽なんだよ」


『……お前が取った、我の力を。我が見つけた、我の力だ。……返せ、返せ』


「俺がお前の力を取るはずないだろう。大体、取ったってのは、お前の方じゃないか? 人間やあやかしや動物の、大切なぬいぐるみと思い出を喰らいやがって」


『……我の物だ。あれは我の力だ。返せ、返せ』


「はぁぁぁ、話しが通じない奴だな。まぁ、どうせ消すから問題ないが。……さっきの攻撃は見たな? なるべく当たるんじゃないぞ。できればしっかりと消したいから、陣に誘い込んでくれ。無理だと判断したらすぐに報告。その時は直接消す」


『はっ!』


『リン、分かった!!』


『しっかり誘い込む!』


「よし、それじゃあ行くぞ!!」


 少し話した後、結城さんたちが動き、滴綿も動いた。


 いや、うん、俺が考えていたより、結城さんたちの動きは凄かったよ。あまり言いたくはないが滴綿も。


 この前の絡鞭の時は、リン達は家の中で攻撃していたから、その姿を見ていなかったし。出てきた絡鞭も、結城さんがすぐに消したから。強いとは思っていたけど、こう実感がなかったっていうか。


 だけど今度は、それぞれの攻撃をしっかりと見ることができて、その動きに驚いた。


 リンも白火も刀で攻撃をするんだけど、その動きが一切見えず。シロタマによると、時々滴綿の服が裂けたり、体にキズがついたりしているのは、リンたちの攻撃によるものらしい。


 そして影嗅は、自分の影を使い、もう1匹の影嗅を生み出し2匹で攻撃。また影を火のように使い、滴綿を攻撃する。


 そこに結城さんが、手を動かしながら何かをしていた。おそらく俺には分からない何かで、滴綿を攻撃しているんだろう。


 だけど、滴綿の方も負けていなかった。さっき陣を消した攻撃で、結城さんたち全員を同時に攻撃。挙句には、新しい攻撃まで繰り出してきた。


 水を細かな水滴にして、結城さんたちの方へ飛ばしてくる。それを何かの力で止めようとする結城さん。でも、全部は止めきれず。止めきれなかった数滴が、結城さんの洋服についた瞬間、その部分が、シュウゥゥゥと音を立てて溶けていった。


「絶対あれに触れるな!!」


 結城さんの言葉に、全員が滴綿から距離を取って、攻撃を始める。リン達は刀で風を起こし切る攻撃に切り替えた。


「って、わわ!?」

 

『晴翔! 下がれ!』


 あっちに集中していたら、いつの間にかあの水滴攻撃が、こっちにきていて。裏戸のドアに穴が開いたんだよ。それから窓にも穴が開いて。ドアには結界を張っていなかったからな。シロタマが急いで水滴攻撃を弾く。


「チッ、これは無理やり行くしかないか。これ以上は被害が広がるかもしれない。まったく、どれだけ力を取り込んだんだよ。シロタマ、そっちは任せるぞ!」


『分かっている!!』

 

 結城さんは無理やり消すことに決めたのか、水滴を弾くのをリン達に任せ、滴綿の方へ歩いて行こうとする。


 そう、この時、この場にいる全員が、自分のすべきことをしていて、だから誰も気づいていなかったんだ。俺も初めての激しい戦いに、目が離せなかったし。


『あれぇ? みんなおきてりゅ? しょれにばちばちちてる。みんにゃ、どちたの?』


 は突然、緊迫した空気にそぐわない声が聞こえたんだ。俺はこの声を知っていた。


「え? 氷菓丸?」


 全員が声がした方を見る。そこには、ぬいぐるみをギュッと抱いている氷菓丸の姿が。何で氷菓丸がここに?


 氷菓丸は、俺が氷菓丸ぬいぐるみを作ってあげたら、とっても喜んでくれて。仲間に見せてに行くと、昨日から出かけてたんだ。そして帰ってくるのは明日だったはずなんだけど……。何で予定より早く帰ってきたんだ? しかもこんな時に帰ってくるなんて!?


『……ぬいぐるみ、……力。今、力使った。新しい力必要。よこせ。よこせよこせ!!』


『わわ!? あぶにゃい!? にげりゅ!!』


 逃げようとする氷菓丸。氷菓丸とぬいぐるみに、水滴攻撃をしようとする滴綿。ついでに、結城さんたちにも攻撃し、結城さんたちはすぐに動けず。こちらにも水滴が飛んできて、シロタマも身動きが取れなくて……。


 ……俺は走り出していた。


『晴翔!? 晴翔!!』


「晴翔!? くそっ!!」


「氷菓丸!!」


『はりゅと!?』


 俺は水滴が来る前に、氷菓丸を抱え込んだ。そしてくるかもしれない痛みに備える。洋服のあの溶け方、もし肌につけば大変なことになるかもしれない。だけど氷菓丸を守らないと。


『晴翔!!』


 目を瞑ると、シロタマの声が聞こえた気がした。

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