4 歌で魔物を鎮めます
「魔物の群れ、か」
一世一代の告白をしようとしていたアービドは、不機嫌であった。しかし、衛兵の報告を聞き、その気持ちは一切振り払われる。なんと、この平和だったヤシュムに魔物の群れが向かっているというのだ。――それも数百。
彼がまず考えたのはクラリスと民の安全だ。アービドは、急ぎ民たちを神殿にある地下壕に避難させるよう命じた。本来であれば衛兵たちが道を切り開き、安全な場所へ誘導した方が良いのだろうが、どうやらその時間もないらしい。
一旦、民たちを避難させ、魔物の数を減らすことにしたのだ。
アービドは、衛兵と話し合ったのち、クラリスが居る場所へと駆けた。目が合うと、彼女の瞳が心配げに揺れている。アービドは、安心させるよう、できるだけ柔らかい声色で告げた。
「クラリス様。どうやらこちらに、魔物の群れが向かってきているようです。私どもが対処しますので、暫くは地下壕にお隠れになって頂けますか」
「魔物の群れ……。アービドさんたちは、大丈夫なのですか?」
「ご心配召されるな。見事、勝鬨を上げて見せましょう」
彼は戦えるのだろうか? とクラリスが心配げにアービドを見遣る。
それを見透かして、アービドが苦笑した。
「これでも、少しは戦えるのですよ。さあ、私がお送りいたします、お早く」
大樹の空ろにある神殿に、地下壕はある。
建って間もないヤシュム故に、造りは少々粗野だ。だが機能としては働いていて、既に幾人かの避難民が身を縮めて恐怖に耐えていた。そこにクラリスとアービトが到着すると、民たちは目を輝かせ、平伏する。
「許す。皆、心配をかけてすまない。私たちが道を切り開く間、ここでクラリス様をお守りしてくれるか」
「勿論で御座います、王よ。命にかけても、お守りいたします」
クラリスに、飢え死にの運命から救ってもらった、母娘が前に出て声を上げた。その瞳は決意に満ちていて、アービドは幾らか心を穏やかにする。
「任せたぞ」
それだけ言うと、アービドは戦場へと急ぎ足で向かっていった。
地下壕には、クラリスと民たちが残される。ぽつんとしていると、先ほどの母娘が声を震わせつつ、話しかけてきた。
「クラリス様。出来るだけ、奥に向かいましょう」
「……いいえ」
「え?」
それまで、俯いていたクラリスだが、ふと顔を上げる。桜色の睫毛に縁取られた、美しい翡翠の瞳は、暗闇でもその色がわかる。母娘はクラリスの美しい顔に暫く魅入った。
「アービドさんと、皆が心配です」
「し、しかし。私は王に御身をお守りすると誓いました」
「魔物が来れないように、したら良いんですよね」
「クラリス様……?」
そうだ、魔物が攻め容れられないよう、植物でこの国を覆ったらいい。クラリスはそう考えた。かなりの力技だが、効果はあるだろう。クラリスは踵を返し、地下壕を後にした。
「女神様っ」
民たちは、自らを犠牲にして皆を守ろうとする女神様の姿に感動し、涙を流す。また、本人の知らぬところで、クラリスの株が上がってしまったのであった。
外へ出ると、金属がぶつかり合う音があちらこちらで聞こえてくる。
夜なので、皆の姿が見えにくい。そのため、国を覆う範囲の見極めが難しかった。クラリスは考えた。見つけられないのなら、見つけてもらえばいい。
(なんかこう……大きな目立つものが欲しい)
ふわっとした願いだったが、その思いを込めてクラリスは目を閉じ、夜空に歌い始める。すると、地面からまっすぐ空へ向かって一本の木が伸び始めた。成長の速度は凄まじく、バキバキと音が鳴り、地面を割っていく。
瞬く間に、ヤシュムの中心に、森から頭一つ突き抜けた大木が出現した。アービドを含め衛兵たちは、その音と巨大なシルエットを目にし、クラリスに何かがあったのだろうと急ぎ神殿の近くへと向かった。
「クラリス様!」
遠くでアービドが叫ぶのが聴こえる。
良かった、とクラリスは息を吐く。その時、爆風と共に、何かが地面へと降り立った。彼女は砂埃から身を守り、目を腕全体で覆う。
(まずい、空からの敵の事を考えてなかった)
そう、クラリスの願いはかなった。しかし奇しくも、大きな目立つ大木は敵からも同じように映ったのだ。だが、怯えて震える時間はない。彼女はぎゅっと目を瞑って、国を木で覆うために再び歌い始める。
(どうか、みんなが助かる様に)
戦場に、清く高らかな声が響き渡った。
魔物たちに荒らされたヤシュムは、まるで地獄の様。なのに、彼女の歌声一つで、聴いている者はここが楽園かと錯覚する。
彼女の目の前に降り立ったのは、ブラックグリフォンと呼ばれる強い力を持つ魔物だ。
馬や牛を数頭掴んで空を飛ぶという、黄金色の鋭い爪が光る。雄々しい翼で羽ばたけば、その風は数キロ先まで届くという言い伝えもある。気高く獰猛な性格で、決して人には飼いならされない。
魔族を束ねる王ですら手を焼く、恐ろしい幻獣だ。
そんなブラックグリフォンがあのか弱い女神様の目の前に居る。アービド達は顔を青ざめさせた。
「クラリス様! お逃げください」
必死な声が響き渡る。
その時である、ブラックグリフォンが身を震わせ、クラリスに前足の膝を付いて見せた。この間、クラリスは目を閉じているため状況は把握できていない。
「なっ……。あの誇り高い幻獣が、頭を垂れた!?」
「何ということだ」
ざわざわと周りが驚嘆の声を漏らす。
クラリスは必死に歌い続けている。すると、頭を垂れているブラックグリフォンの黒い羽が、パリパリと音を立て純白の色へと染まっていく。まるで、生まれ変わる様に。
クラリスの背後から夜が明けて、後光がさした。
――その様は、神話の一頁。
気が付くと、ブラックグリフォンだけではない、他の凶暴な魔物たちも動きを止め、クラリスの歌声に聴き入ってるようだった。あまりに神聖な光景に、衛兵たちは言葉を失う。
「そうか、魔物たちは大樹から生まれる。緑を司るクラリス様は、彼らの母と言っても過言ではない」
アービドが呟いた。
グリフォンは、魔族たちの住む場所、魔界の瘴気に充てられていたのだろう。それを、クラリスの歌声が浄化したのだ。
「戦いではなく、その慈愛によって場を収めるとは……。我らが花よ」
「我らが花!」
女神様、我らが花! と声が上がっていく。クラリスは、そろそろと目を開いた。艶やかな睫毛が伏せられて、気だるげな半眼が威厳を放つ。本人は怖かったため、いつもより険しい顔になってるだけである。しかし、民たちを平伏させるには十分で、クラリスの目の前には、頭を垂れる雄々しいグリフォンと、同じようにしている多くの民たちの姿。
(えっと……。うん)
何だか良く分からないけど、上手くいったらしい。
困ったように笑うと、大きな歓声がヤシュムに広がった。地下壕に居た避難民たちも、膝をつき涙を流してクラリスに感謝している。
グルル、と甘えた声を出し、ブラックグリフォンならぬ、ホワイトグリフォンがクラリスに擦り寄った。
撫でてやると、気持ちよさそうにグリフォンが目を細める。
ともあれ、こうして、ヤシュムの窮地は救われたのだった。




