表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

3/10

3 王国が出来ました

 どうやら、聞いておかねばならない事を聞き逃していたらしい。

 しかし、アービドは跪いて神妙な面持ちで目を伏せている。クラリスが「さっきの話なんでしたっけ?」と、とても伺える雰囲気ではない。故に、取り敢えず当たり障りのない返答を返す。


「私は、ただ力を貸すだけです。貴方が導くのが良いかと」

「っ、貴女は」


 すると、アービドが急に立ち上がったかと思えば、両手を壁に付きクラリスを挟んだ。――俗に言う壁ドンである。


(これは、一体どういう状況なの?)

「貴女様には、欲というものがないのですか……っ。神ゆえに、何もいらぬと? そんな貴女様を見ていると、縋りつき羽を捥いで差し上げたくなる。私だけが、求めてばかりだ」

「ええと」

「いっそ、穢れてくだされば――。この渇いた心は潤うのでしょうか」

「落ち着いて」


 どうやら彼の地雷を踏んでしまったらしい。

 クラリスの上気した頬に汗が流れると同時に、アービドの瞳から涙が伝った。

 

(ひええ)


 クラリスには今まで婚約者など居なかったし、同じくらいの男性への耐性がない。しかも、泣かせてしまって頭の中はパニック状態だ。


「よ……よしよし?」


 相手は成人男性である。しかし、クラリスは幼い子を宥めるようにしてアービドの頭を優しくなでた。彼女にも言い分はある。悲しむ瞳が、かつて母を亡くした自分の姿と重なったのだ。2人の間には気まずい沈黙が流れた。


「クラリス様……」


 アービドは撫でる手をそっと自らの手で取り、頬に寄せた。

 

「貴女様の御心を推し量るなど、愚かな真似をいたしました。お許しいただけますか」

「(よく分からないけど)ええ、勿論ですよ」

「有難き幸せ。王として、永久にクラリス様をお守りいたします」


 満足げに微笑むアービドを余所に、クラリスは今を切り抜けられてよかった、と息をついたのだった。

 



 エルファラの森は、1つの国が建つにおいて十分な広さへと拡がっていた。

 クラリスとアービドの力によって、王国から流れ着いた難民の家も確保でき、森は実質、国と名乗っても良い程の規模だ。

 不安を抱える民たちを安心させるため、アービドはこの地を『ヤシュム』と名付け、国を興した。

 ヤシュムとは『翡翠』、クラリスの瞳の色である。

 


 ――やがて、大陸に大干ばつが訪れた。

 その渇きは、フローリア領地をも襲った。重税を敷いたフローリア伯爵家やエルファラの王室は、民たちの反乱に遭いその栄華に幕を下ろした。

 

 そんなさ中、大干ばつの影響を全く受けることのなかった国が存在した。


 白亜の神殿の前に広がる露地。

 1人の女性が高台に居て、多くの民たちが彼女を仰ぎ見ていた。


 彼女、クラリスは祈り手を作り、歌いだす。

 広場の地面から、美しい草花が生え、その場に彩をもたらした。実る果実に、最近逃れてやって来た飢える難民たちは、どよめき奇跡を讃える。

 その民衆の中から、彼女に向って大きな声がかけられた。


「く、クラリス! 私よ! 一緒に育ったでしょう。どうか、助けて」


 クラリスが半眼で声がした方を向く。


(お姉さまがた……)


 そこには、かつてクラリスを虐げていたフローリア家の娘たちが居た。2人しかいないという事は、彼女らの両親は断罪されたらしい。

 姉妹達は下卑た笑みを浮かべ、クラリスの足元まで寄って来る。


「ねっ、家族なのだから。貴女の力でどうにかして頂戴」

「……」


 クラリスは何も言わず、踵を返した。

 彼女が一言命令すれば、姉妹達の命はない。だが、そうすることを望まなかったのだ。

 

(そもそも、私にはそんな権限ないし……)






 夜。

 噴水を囲んだヤシュムの植物園。

 青い蝶が月光を浴び、ひらひらと舞った。

 夜の寒さにクラリスが身震いすると、肩に暖かい布が掛けられる。


「アービドさん」


 夜でも分かるルビーの瞳が輝き、声に応えて優しく細められた。


「クラリス様。お隣を宜しいでしょうか?」

「ええ、どうぞ」


 浮かない顔をしたクラリスを見て、アービドがくすりと笑った。


「私は、今まで貴女様にばかりご負担をお掛けしてしまっておりましたね。お力を振るわれず済むよう、今後努めてまいります」

「いいえ、そんなこと」


 そんなことはない。クラリスは心からそう思った。アービドは何もかも彼女の世話をしてくれて来たのだから。


「貴女様にかかる火の粉は、すべて払って差し上げたい。……クラリス様」


 アービドがクラリスに跪く。

 その時であった。


「アービド様! お休み中のところ失礼いたします。急ぎ、お伝えしたいことが御座います!」

「!」


 名前を呼ばれた彼が、手に持っている何かを後ろに隠す動作をして、素早く立ち上がった。気づかないクラリスは、アービドに不安げに問いかける。


「一体何事でしょう?」


 それに応えて、アービドが優しく微笑んだ。クラリスの傍に居ると霞んでしまうが、彼の笑みは、はっとする美しさがある。日よけの白い布から伺う褐色の肌に、クラリスは目を奪われた。彼の形のいい唇が動く。


「ご安心くださいませ。何があったとしても、私が、必ずや御身をお守りいたします」


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ