0 ツミ、と呼ぶ声
ツミ、と呼ぶ声がする。
昔、僕の事をそう呼ぶのはたった一人だった。多くの人は僕を苗字で呼んだ。オオヤマ、と。たった一人彼女だけは最初からそれが当然とでもいうかのように、ツミと呼んだのだ。
『ツミ。突然いなくなってごめんなさい。色々と私はえらそうなことを言ったけれど、でも実際には臆病で、軟弱なところが沢山残ってるの。面と向かっては恥ずかしくて言えなかったけれどね』
その言葉を僕は百回以上は聞いた。繰り返し繰り返し、頭の中に記録されたファイルからリピート再生してARウィンドウで視聴したし、それ以前に記憶のなかで幾度も想起した。
声の主は少女だった。みなぎる生気と意志の力が充溢したような強い瞳をした少女。それでいて、全身からどこか虚ろな危うさも感じ取れる、不思議な少女。
彼女はそのメッセージ映像にも視聴制限をかけていた。可変現実処理を全てカットしないと再生できないような制限だ。映った映像はだから旧現実そのもので、彼女の姿も旧現実での姿だった。なにかの奇跡みたいに真っ直ぐな髪を左右に分けて垂らし、その間から覗いた綺麗な額がどこか幼さを感じさせる。細くしなやかな手足と、繊細な首もとの骨格や肉つきが薄手の白いシャツによって強調されていた。
『多分、私よりずっとツミのほうが強いんだと思う。私はね、色々考えた上で、やっぱりはじめから考えていた方法を取ろうと思うんだ』
彼女はどこか、そこそこに広い部屋にいた。食料品店の倉庫のような、無機質で天井の高い空間だ。その中心にポツリと座った彼女をカメラは正面から写している。
彼女の周囲には金属の光が群れていた。鈍い銀色の群れがきらきらと光を反射している。
よく見ればその輝きは全て、円筒形の金属缶によるものだった。艶のある銀の上に、なにか派手なプリントが施された缶。それが、無数に並んでいた。
少女がその金属缶を振り返り、それからふっと力の抜けた笑みを浮かべた。笑みというより他にない、しかしどこまでも空漠とした笑みらしくない笑み。
『1000ケース分の、Sゼロ』
小さな唇が詠うように告げる。
『これ、ぜんぶ飲むまで。私が私でなくなるまで』
それを私のとりあえずの人生の期限にしようと思うんだ、と彼女は映像の中から宣言して見せた。




