第18話 次に呼ぶべきは誰だ
会議区画の机の上には、いつの間にか三種類の地図が並べられていた。
一つは新宿外縁線周辺の詳細図。
一つは首都圏全体の防衛区分布図。
もう一つは、榊原玲奈が敵の進行ログと撃破記録を重ねて作った、いわば“敵AIの癖マップ”だった。
そこへさらに、天城恒一の頭の中にしかない異世界最強パーティーの戦力表が乗る。
異世界の仲間たちの能力。
終末日本の戦場環境。
学習するAIロボット。
限られた召喚回数。
その全部を重ね合わせて、「次に誰を呼ぶべきか」を決める。
それはもう、感情だけでは選べない話だった。
「じゃあ整理するわよ」
榊原玲奈がホワイトボード代わりのパネルへ、乱暴な字で大きく五本線を引いた。
そこへ上から順に名前を書く。
セレフィア
リュミエル
ミレーネ
カレン
ノクス
「順番に説明して」
玲奈がペンを恒一へ向けた。
「できるだけ具体的に。戦術上の利点、欠点、向いてる戦場、性格上の問題点まで」
「最後の必要か?」
「かなり大事」
玲奈は即答した。
「戦場で使える能力が高くても、意思疎通で事故ったら意味ないでしょ」
「それはまあ……」
真田一佐も静かに頷く。
木村三曹は「性格上の問題点って言い方ひどいな」と呟いたが、誰も否定しなかった。
セレフィア本人だけは少し複雑そうな顔をしたあと、諦めたように椅子へ腰かけた。
彼女は今、恒一のすぐ左隣にいる。
会議が始まる前、自然な顔でそこへ座ろうとしたので、雫が「うわ、本当に取るんだその位置」と小さく漏らし、玲奈が面白そうに眉を上げていた。
「まずセレフィア」
玲奈が言う。
「今ここにいるけど、一応おさらいとして」
「前衛特化」
恒一が答える。
「近接戦闘力、突破力、単体大型処理、護衛能力、前線維持。あと現場判断が早い」
「褒めていますね」
セレフィアが少しだけ機嫌を直す。
「事実だからな」
「性格上の問題点は?」
玲奈が聞く。
「頑固」
恒一が即答。
「コーイチ」
「あと融通が利かない時がある」
「コーイチ」
「でも味方の統率には向いてる」
「最後の一言で帳消しにはなりませんよ」
「充分褒めてるだろ」
「褒めている途中で刺してくるのをやめてください」
木村三曹が小さく笑い、雫も口元を押さえる。
だが真田一佐は真面目にメモを取っていた。
「次」
玲奈がペンを動かす。
「リュミエル」
「後衛型大魔導士」
恒一は少しだけ考えながら言葉を選ぶ。
「広域殲滅。術式解析。索敵。敵術式の逆探知。陣地構築。複数戦線支援。頭脳役としても最優先級」
「魔法オタクです」
セレフィアが即座に補足した。
「そこ強調する必要あるか?」
「極めて重要です」
「何で」
「放っておくと、戦場の危険物にも理屈を知りたがって近づきます」
セレフィアは真顔だった。
「……博士と気が合いそう」
雫がぼそっと言う。
「やめて」
恒一と木村三曹が同時に言った。
玲奈はむしろ嬉しそうだ。
「いいじゃない。話が早そう」
「絶対に意気投合するから駄目だ」
恒一が顔をしかめる。
「技術班が爆発する」
「そこまで?」
雫が少し引いたように聞く。
「理論が噛み合った時のリュミエルは、周りが見えなくなる」
恒一が答える。
「で、博士も多分同類だ」
「失礼ね」
玲奈が口を尖らせる。
「私はちゃんと周り見てるわよ」
「敵残骸に顔突っ込んでた人が言う?」
「必要だったの!」
真田一佐が咳払いを一つする。
「戦術面では」
「今の新宿外縁線に最も欲しい追加戦力です」
恒一ははっきり言った。
「敵が学習してるなら、こっちにも“考える火力”が必要だ。リュミエルはそこに一番噛み合う」
「広域殲滅もできる?」
「できます」
セレフィアが代わりに答える。
「彼女が本気で空を落とすと、戦場の景色が変わります」
「さらっと怖いこと言ったな」
木村三曹が呻く。
玲奈はそのまま三つ目の名前へ線を引く。
「ミレーネ」
「回復・結界・聖属性補助」
恒一が答える。
「兵の継戦能力を一気に上げられる。負傷者の生存率、拠点防衛、対汚染、対精神干渉。どれも強い」
「癒やし担当に見えて、怒るとかなり怖いです」
セレフィアが静かに言う。
「それは何となく分かる」
雫が頷く。
「聖女ってそういう人多そう」
「どういうイメージだ」
恒一が突っ込む。
「優しい人ほど、怒ると怖いみたいな」
「まあ、間違ってない」
「でしょうね」
玲奈も頷く。
「終末戦争との相性は?」
真田一佐が問う。
「拠点防衛と長期戦ならかなり高い」
恒一は即答した。
「特に防衛区単位で考えるなら、ミレーネがいるだけで死者数はかなり変わる」
「……魅力的だな」
一佐が低く言う。
「でも、今の課題は“敵の学習速度に追いつくこと”よ」
玲奈がペン先で机を叩く。
「守りを厚くするより先に、相手の一手先を取る頭脳と広域制圧が欲しい」
「だな」
恒一も頷いた。
「次、カレン」
玲奈が言う。
「獣人影狩り」
恒一は少しだけ笑う。
「索敵、潜入、夜戦、暗殺。あと匂いで敵味方をかなり精密に識別できる」
「匂い?」
木村三曹が怪訝な顔をする。
「終末東京で?」
「かなり有効だと思います」
セレフィアが言った。
「カレンの感覚は常軌を逸していますので」
「褒めてるのかそれ」
「最大級に」
「そうか……」
雫が少し前のめりになる。
「それって、敵の潜入型とか見抜ける?」
「たぶんかなり高確率で」
恒一が答える。
「人間そっくりの擬装機がいても、あいつなら気づく可能性が高い」
「じゃあかなり重要じゃん」
「重要」
恒一は認めた。
「ただし、局地戦向きだ。広域制圧や拠点維持の軸にはしづらい」
「あと」
セレフィアが少しだけ言いにくそうに付け足す。
「コーイチへの距離が近いです」
「そこ戦術に関係ある?」
玲奈がニヤつく。
「若干」
「ないだろ!」
恒一が即座に否定する。
「あります」
セレフィアは真顔だった。
「作戦行動中に主さまへまとわりつきたがる傾向は、無視できません」
「主さま?」
雫が反応する。
「待って、その呼び方何」
「あいつはそう呼ぶ」
「濃いなあ……」
木村三曹が素で言った。
玲奈は最後の名前を指した。
「で、ノクス」
会議区画の空気がほんの少し変わる。
名前だけでそうなるのは、恒一の説明のせいかもしれなかった。
「魔王姫」
恒一が言う。
「呪術、精神干渉、支配系への対抗、敵中枢攪乱。正面火力もあるけど、本領は“嫌なところを突く”タイプ」
「言い方」
雫が苦笑する。
「でも分かりやすい」
玲奈も頷いた。
「AI相手だとどう?」
「まだ未知数だ」
恒一は正直に言う。
「ただ、敵指揮ネットワークみたいなものがあるなら、ノクスは面白いと思う」
「“面白い”じゃなくて“厄介”では?」
真田一佐が確認する。
「両方です」
恒一が答えた。
「敵にとっては最悪だろうな」
「性格上の問題点」
玲奈が促す。
「独占欲」
「はい出ました」
雫がすかさず言う。
「異世界ヒロイン全員、何かしら重いな?」
「重くない仲間なんていたっけ?」
恒一がセレフィアを見る。
「……」
「何で目を逸らす」
「会議ですから」
「誤魔化した!」
木村三曹がついに吹き出し、真田一佐に睨まれて咳払いで誤魔化した。
ひととおり説明が終わると、会議区画には短い沈黙が落ちた。
誰もが頭の中で並べている。
この終末日本に必要な戦力。
今いるセレフィア。
足りないもの。
次に呼ぶべき一人。
最初に口を開いたのは真田一佐だった。
「戦術的に言えば、第一候補はリュミエルだな」
「同意見」
玲奈が即答する。
「広域殲滅、解析、敵の学習への対抗。今ほしい要素が一番多い」
「俺もそう思う」
恒一が頷く。
「防衛線を保つだけじゃなく、敵の構造そのものを理解しないといけない」
「セレフィア殿」
一佐が視線を向ける。
「異論は?」
「……ありません」
少しだけ間を置いてから、セレフィアは答えた。
そのわずかな“間”を、雫は見逃さなかったらしい。
こっそり恒一へ寄ってきて、小声で囁く。
「ちょっとだけ嫌そう」
「そりゃまあな」
「やっぱり」
「でも必要性は理解してる」
「偉い」
「偉いというか、あいつはそういうやつだ」
セレフィアはその小声にも気づいているのか、気づいていないのか、表情は崩さない。
だが恒一には分かった。ほんの少しだけ唇が固い。
第一に呼ばれたのが自分であることには満足していたのだろう。そこへ「次は理性的に言ってリュミエル」と皆が当然のように決めるのだから、面白いわけがない。
それでも異議を唱えないのが、セレフィアの強さだった。
「ただし」
玲奈が指を立てる。
「問題は成功率」
「今の素材じゃ足りないか」
恒一が聞く。
「足りない」
玲奈は即答した。
「リュミエルを呼ぶだけなら理論上いける。でも“安定して”“確実に”となると、媒介が弱い」
「やっぱりそこか」
恒一は机上に置かれた青い共鳴結晶と、敵コア断片を見た。
「今ある未知結晶は、第一召喚の時点でかなり使った。次はもっと強い“針”がいる」
真田一佐が低く言う。
「高純度個体のコアか」
「そう」
玲奈は頷く。
「大型か、少なくとも高位中型。そこから取れる中核結晶が必要」
「つまり、回収任務ありき」
木村三曹が苦い顔をした。
「また夜の廃都に出るのか」
「出るしかないわね」
玲奈は平然としている。
「敵が待ってくれるなら別だけど」
「待たねえだろうなあ……」
雫が天井を見上げてため息をついた。
だがそこで、セレフィアが静かに口を開いた。
「リュミエルを呼ぶべきです」
きっぱりした声だった。
「今のこの世界に必要なのは、私では届かない範囲を制御できる者。そしてコーイチの術式を補佐できる者です」
「……」
「嫌ではありますが」
彼女は正直に言う。
「勝つためなら、最善を選びます」
その言葉に、会議区画が少し静まる。
玲奈が珍しく、からかいではない調子で言った。
「偉いわね」
「当然です」
セレフィアは即答する。
「私は騎士ですから」
「あと正妻だし?」
雫がつい口を滑らせる。
「……三崎雫」
「はい」
「今それを言いますか」
「ごめん」
「ですが、訂正はしません」
「しないんだ!」
雫が半分笑い、半分呆れる。
その騒ぎの中、玲奈の端末がまた短く鳴った。
「ん?」
彼女が眉をひそめる。
「まだ何かあるのか」
恒一が聞く。
「敵大型のコア深部ログ、追加走査」
玲奈は画面を見て、表情を変えた。
「……やっぱり」
「何だ」
真田一佐が促す。
「こいつ、通常機よりさらに高純度の未知結晶を使ってる」
「それが媒介になる?」
「なる可能性が高い」
玲奈は答える。
「でも量が足りない。もう一個、同格かそれ以上のコアが要る」
木村三曹が呻いた。
「必要素材が敵の中にしかねえの、ほんと終わってるな」
「でも分かりやすいでしょ」
玲奈は妙に楽しそうだ。
「取りに行けばいいんだから」
「博士のその前向きさ、時々怖い」
「褒め言葉ね」
真田一佐は机を一度叩き、全員の視線を戻した。
「方針は決まった」
低い声で言う。
「第二召喚候補はリュミエル。必要条件は高純度コアの回収。そして、そのための小規模精鋭作戦を組む」
「了解」
恒一が頷く。
「夜に出るなら、俺とセレフィアは確定だな」
「木村をつける」
一佐がすぐに言う。
「現代戦の動きと無線連携が必要だ」
「それは賛成」
玲奈が言う。
「あと雫」
「えっ」
雫が目を丸くする。
「私?」
「土地勘」
玲奈が即答する。
「夜の廃都で最短ルートを選べるのは強い」
「いやでも」
「危険なのは承知だ」
真田一佐が言う。
「だが今の防衛区で、条件に合う人材はそう多くない」
「……」
雫は少し黙って、それから息を吐いた。
「分かった。やる」
「軽く言うなよ」
恒一が言う。
「怖いよ普通に」
「怖いに決まってるでしょ」
雫はむっとした顔で返す。
「でも、必要なんだよね?」
「……まあ」
「だったらやるしかないじゃん」
その言葉に、会議区画の空気が少しだけ引き締まった。
終末世界の人間は、そういう風に覚悟を決めるらしい。
嫌でも、怖くても、必要ならやる。
恒一はそれを、ここへ来て何度も見てきた。
「じゃあ」
玲奈が端末を抱え直す。
「次は高位個体の狩り。素材回収。それが済めば、リュミエル召喚に入れる」
「敵が学ぶより先に、だな」
恒一が言う。
「そう」
玲奈は頷く。
「時間との勝負よ」
セレフィアはその横で、静かに聖剣の柄へ手を置いた。
不満がゼロではない。
だがそれ以上に、戦うための理性が勝っている。
「リュミエルなら」
彼女は少しだけ複雑な顔で言った。
「この世界を見た瞬間、まず文句を言うでしょう」
「目に浮かぶな」
恒一が苦笑する。
「でもその次には、絶対に本気になる」
「なら十分です」
セレフィアは短く頷いた。
こうして、次に呼ぶべき一人は決まった。
異世界最強パーティー第二の召喚候補。
エルフの大魔導士リュミエル。
だが、その前に必要なのは――敵の腹を裂いて、呼ぶための“鍵”を奪うことだった




