ミスルムの策
円卓には非常に重苦しい空気が流れている。
それもそのはず。島落としの魔王種を打倒せんと囲んだ席には、過去の後悔に呻く元英雄が1名、教え子の悲惨な結末に胸を痛めるエルフが1名、アウズンブラの生んだ黒牢の地獄っぷりに眉を顰めまくる星譚至天が3名、英雄の真実に頭痛を禁じ得ない軍人が数名、そして事件当事者から聞く兄の結末に愚痴る妹で出席確認完了。
知性を保つ前代未聞の星瞳獣を分析しようとしていたはずが、とんだことになったとメセルキュリアは、こぼれそうになった溜息を飲み込む。
「……ミスルム大公。ワタシ達ウィレミニア世界で“白旗”を倒すとする意向には従おう。だがどうする? ヤツらはあと数日で、山全体を覆う規模の術を完成させるんだ。ウィレミニア軍とギルドを大きく動かすには時が足りない」
「それは妾に考えがあります。兵力については確保できるかと。問題は霊園山の防衛を如何にして崩すかです」
「接近して観察してみない事には何とも言えませんね~。どちらにせよなるべく早く……あら~? うわぁ……」
空気を変える意味合いも込めたクレルトギスタの言葉は半端に止まる。それどころか、常にのんびりとした彼女にしては珍しい拒否感を、困り顔として露にする始末。
―― なあぁぁんでボクちんへの出迎えがないんだよおおお!?
―― 落ち着きめされよぉ猊下ぁ。この者どもは女神の威光を知らぬ愚か者達かとぉ
理由は明白。クレルトギスタの不快感は、ゲートより現れた一団に起因する。
10名程度の人数からなる集団は、皆等しく豪奢な白ローブを身にまとう顕示欲の塊。特に騒ぎ立てる先頭の痩せ男は、周囲の人間に輪をかけて多くの装飾を身に纏う。
「死刑だー! 死刑ぃーーっ」
唾を散らし、ソバカス顔で癇癪を起こすこの痩男こそ……
「ファガス・オーダ・セルデオン……なぜヤツがここに?」
ノルン神教教皇の位を戴く者であった。
「ミスルムはどこにいるーっ? ボクちんを呼びつけておいて歓迎が無いとは何事かー!?」
「……大公?」
「妾が呼び寄せたのです」
「ええぇ、なんで~~?」
【聖剣】と【王立図書館】の嫌悪とは裏腹に、【統の羅美針】はいたって冷静。あろうことか、あの醜悪の粋を呼び寄せたのは自身であると認めたのだ。
日本軍将校や、虚ろな顔を晒す鋼城でさえ、訝し気に顔を歪めざるを得ない。
「そこに居たかミスルムぅ!」
ファガスはミスルムの姿を見つけると、ドカドカと大股に法衣を乱しながら駆け寄ってくる。傍に仕える枢機卿ドイル・サプライも、老いた肥満体を揺らしながら追いすがった。
ファガスが円卓へ近づく程に、伸ばし放題の髪にこびり付く油脂の香りが鼻につく。体臭を誤魔化す香水をもってしても消し切れない不潔な臭いだ。
「これは、いったい如何なる仕儀ですかなミスルム公ぉ? 空飛ぶ島への招待かと思えばぁ、島は昨日、胡乱な輩によって海へ落とされたというではないかぁ」
「ようやくボクちんの妻になる栄誉がほしくなったかっ?? おっ、ニーナラギアールも共に来るのか! いいぞいいぞ! 今宵ボクちんが直々に首輪をハメてやるッ」
「ここは危険は無いのであろうなぁ? まったく……場合によっては“先の件”も白紙に戻して――」
しかし、真に汚しい臭気は、彼等の発するその言葉から香るのだ。
品性下劣。
まるで魂が腐っているが如し、傲慢と欲を煮詰めた醜悪によって、空間が濁る錯覚を周囲の人間に与える。
「……」
ニーナラギアールは、ついに別人のような無表情で円卓を後にし始めた。
無言で去る彼女を止める者はいない。当然だ。背を向けるニーナラギアールの尻を、嗜虐心一杯に凝視するファガスの表情を見れば、この後彼女が被る精神的苦痛が計り知れるというもの。
メセルキュリアなど呆れを通り越し殺気すら纏い始めている。
「そ、それで~、大公? 教皇……さまをお呼びした理由は~?」
「ええ、実はノルン神教に、今回の“白旗”殲滅に援助を請うたのです」
「なぜ!? コイツらに頼る必要は無いだろうミスルムっ? 」
信じられないことに、ミスルムはノルン神教の兵力を霊園山侵攻に使うつもりらしい。
首都大聖堂や一部の個人資産によって財力・兵力を賄うノルン神教は、ゲートによってすぐさま日本へ戦力を融通できるとの理屈がミスルムの言い分。
加えて――
「シルヴィアは元を辿ればノルン神教の信徒。かの罪人を追い詰めるに、縁ある者達であれば何かと都合が良いと思いませんか?」
「――本気で言っているのか、ミスルム? この下衆共が、シルヴィアを狂わせた諸悪の根源だと知って……」
「さて、それは妾のあずかり知らぬ事情です。輪廻を否定す“白旗”の術を、まずは未然に防ぐ事が第一」
10年前に起こったクーデターのいきさつを知るメセルキュリアとクレルトギスタは、ミスルムの非情な行動に唖然とするほか無い。
「なんだとおぉぉメセルキュリアああぁぁぁ!?!? 今すぐ死刑にしてやってもいいんだぞーーーっ!?」
「まあまあ猊下。ミスルムが願うはぁ、女神さまへ反逆す咎人の誅殺ぅ……これは何を置いても優先するべきかと。【聖剣】の無礼など後回しでよろしいぃ」
ほとんど無視されている事にすら気づかないファガスの叫びが耳障りに響く。
さらに、シルヴィアの名を聞いた枢機卿らの下卑た表情も、2人の拒否感に拍車をかけた。
“ 本当にコイツらを日本に迎え入れるのか?? ”
座る軍将校も、無言の抗議を目くばせでメセルキュリアに訴えるが、結局ミスルムが意見を覆すことは無い。
「まあいいであろぉ……ノルン神教はミスルムに協力するぅ。ゲートは自由に使わせてもらうぞぉ」
「速やかに準備を整えなさい。あまり時間は残されていないのです」
「ふん……シルヴィアの件が片付けば、公とノルン神教は再び“良い仲”に戻れるでしょうなぁ」
「さっさとゆくぞっドイルッ。ボクちんはもう飽きたっ」
「では、またいずれ。……そこなニホンの騎士は期待ハズレでしたなぁ。役立たずめ……」
最後にドイル・サプライを含む法衣の一団は、うなだれる鋼城に失望を吐き捨て去っていく。あとに残るのは呆気にとられるほどの不快感だけ。
「どういうつもりだミスルム!」
メセルキュリアは当然の権利としてミスルムに詰め寄る。
「ヤツらに兵を動かす口実を与えるのかッ? これ幸いに各所からムリヤリ金を巻き上げ始めるぞ!?」
「一時の事です。それに、妾とて本気でノルン神教の力を頼るわけでは無い。むしろその逆。彼らに残る力を上手く利用しつつ、消耗させるのですよ。この件が終われば……ノルン神教は完全に解体してしまいましょう」
「(うわぁ……彼らを盾にするつもりなんですね~。今のノルン神教の解体には賛成ですけど~……ちょっとな~)」
「所で、ヤツらノルン神教の力を当てにしないなら、主戦力は? 日本軍との連携は最小限にとどめるんだろう? 霊園山の防衛力を破る見込みがあるのかな」
ノルン神教の一団を視界にすら入れず、今後についての思案に耽っていた論亜だったが、ミスルムの余裕の源には興味があった。
だがミスルムは答えをはぐらかしたまま立ち上がる。
「妾は一度ウィレミニアへ戻ります。メセルキュリア殿は日本に残り、早急に進撃への準備を整えられよ。聖剣の分譲者も、まあ、役に立つならば連れて行くとよいでしょう」
「……それはワタシが判断する。が、出撃への準備は整えておこう。ニホンに居たまま出来る事など、たかが知れているがな」
「私もお手伝いしますよ~。……論亜ちゃんも行くの? 危ないよ~?」
「何をいまさら。この一大イベントは見逃せないね」
「では皆の者、妾達は”白旗”の殲滅がため行動を起こす。枢機卿らが何を企もうと、精々成せるは権威の誇示。シルヴィアと星瞳獣は必ず討ち果たすのだっ」
「これより【王立図書館】の名において~、初代魔導隊“墨谷七郎”を正式に魔王種として記録します~。彼はこの時を以て“死亡”と認定し、新たに星瞳獣としての識別名を記さなければなりません」
―― 彼の、魔王の名は……
こうして円卓は、白旗の打倒に向け一応の統率を見せたのだった。
「メセル君」
「伽藍の学友とはいえ、愛称を許した覚えはないのだがな」
「固い事はいいじゃないか」
「それで、何だ?」
「君の国って、最大宗教がアレなわけかい? 控えめに言って救いようが無いよ」
「……言うな」
『ブックマーク』と★★★★★評価は作者の励みになります。お気軽にぜひ!




