識り記す者(1)
散り、混ざり、溶け合い、もはや自我と言える仕切り持たぬ怨霊の魂。
当然、過去を証明する記憶も定かではなかった。
在るのは血反吐を吐くほどに切ない、子を返せとせがむ激情。呪い。
つなぎ合わせた指先の億万が、脳神経シナプスに似た構造となり、妄執の坩堝から記憶を偽装する。
それが、ぴたりと重なった。今だ強く抵抗する女の魂に、ぴたりと。
この苦しみを分かちあえる救いだと思った。世界は、同じ無限の苦しみを知るべきなのだ。
わたくしが苦しいのだから、お前も苦しめばいい。
わたくしが憎いのだから、お前も憎めばいい。
わたくしはあなた。
あなたはわたくし。
浄土は救いに非ず。ただ、求むるのみ。
決して手の届かぬ、かつて抱いた温もりを――。
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「もームリもームリ! 無駄っス、無理っス、無意味ッス! これ以上戦かわせるんなら義瑠土訴えてやるッスーー! 出るとこ出てやるーーッツ」
「おまえ、最初の勢いはどーしたんだよ……」
「センパイだって見たでしょー!? いっくら燃やしても、斬っても、呪符で魔力散らしても無限に湧いて出てくるんスもんーーっ。これじゃ負け確じゃないスかヤダーー!」
指令室に、櫻井桜の弱気にしては元気な声が響く。辻京弥も含め、彼等は呪いの不死性に攻め手を欠き、撤退を余儀なくされていた。
「しっかし何だってんだ? これからもうひと暴れしようって時に、またココに逆戻りさせやがって……手の怪物が溢れてくるまで猶予は無ぇんだぞ」
「メセルキュリア様の指示みたいですが……伽藍ちゃんは何か?」
「伽藍もまだ詳しく聞いてない。でも、迷宮攻略に必要な人が揃ったって――」
テント張りの部屋には他に銀伽藍、リンカ、ヴィトーラも待機している。
灯塚裕理は麓で攻撃魔法部隊の指揮を執っており不在。特に伽藍は、未だ山内で火を避けて戦い続けている藤堂領への心配が尽きない。
結庚町からでも“一輪挿し”の絶技の余波が垣間見えることから、五体満足で無事ではあるのだろうが……。
「揃ったな」
そこへ【聖剣】メセルキュリアが確かな足取りで戻る。
「アタシらに話ってのはいったい何だよ、聖剣サマ。まさかあのバケモノの倒し方が都合よく分かったってんじゃねぇだろうし……」
「いいや、アレの倒し方がわかった」
「は? 冗談キツイぜ。なら何だって今まで――」
ヴィトーラはメセルキュリアよりもたらされる知らせに徒労感を感じ、不機嫌に足を組みなおし圧を強める。
「遅くなっちゃったのは、申し訳なく思っていますー。でも代わりに、対抗策は見つけたのでー」
「半分は僕の功績だろう? 忘れてもらっては困る」
〔 安全確保確認 〕
対し苛立つ女海賊に応えたのは、やや緊張感の無い間延びした声であった。続いて抗議する別の少女の声も。
「論亜ウィズダム――なんでここにっ?」
「やあ伽藍くん、惨めに敗走したようだね。ま、予想できた事だけど」
「こりゃまた、大物が来たな……【王立図書館】クレルトギスタ=ファルクス」
テントの布を開き現れたのは、愛用の丸縁メガネをかけたクレルトギスタと、魔法学園の制服を着た論亜ウィズダムであった。おまけに自律魔導機体“明”も論亜を守るように付き従っている。
「やあまた逢ったねリンカくん。それにしても、ラコウ人というのは興味深い肌色をしている。僕も両親の血の影響で色素の濃い肌色なのは自覚しているけど、君のは光を全て吸い込んでしまうような色彩だ。いやなに、希少価値を褒めているんだよ。気を悪くしないでくれたまえ」
「は、はあ……」
急に現れ、矢継ぎ早に言葉を紡ぐ論亜にリンカは困惑するばかり。
かわってヴィトーラを見たクレルトギスタは、間延びした声と共に首を傾げる。
「あれー? 本当にあなたが“悪徳嬢王”だったんですかー」
「ん? どっかで会ったか?」
「エキシビジョンマッチの前日の夜会で、きもちよーく男の人の背中で寝てるのを……」
「――ッ!? やめろ忘れろッ」
ヴィトーラは瞬時に沸騰する顔を、赤と茶がキレイに混じる髪で隠す様に背けた。
「……友好を深めるのもいいが、今は迷宮への対処が先だぞクレルトギスタ」
緊張感の無い空気がメセルキュリアによって引き締まる。今の所人的被害は無いが、眼前の迷宮より呪いが溢れ出さんとしているのだ。予断を許す状況では無い。
「時に、ゴルドスはどうした?……あの男なら、戦いとみるや駆けつけてくると思っていたのだがな」
「それがー……ギルドから帝海都での待機を命じられたみたいなんです。たぶんですけど、ノルン神教からの圧力があったみたいでー」
「ふん、彼等の考えそうなことだ。おそらく帝海都に居座る司教が、我が身を可愛さに暴走したか。身を守る護衛代わりにしたつもりだろう……首都に魔物が迫る状況になってからでは無意味だろうに」
「怒ってましたよーゴルドスさん」
「ちょっといい、メセル?」
「どうした伽藍」
「あらーこうして直接話すのは初めてですね。たしか、銀……伽藍ちゃんー?」
白星級冒険者“憧れのゴルドス”の不在を惜しむ星譚至天2人の会話に伽藍が割って入る。
「式典の開会式で名前は知っていたけど、図書館?っていう肩書の人が戦えるの? ここは今凄く危険。研究とか分析の為に来た人なら、もう少し下がらせた方が……」
「だーいじょぶですよー。これでも黒牢事件の時は解決に一役買ったんですからー」
「ワタシからも星譚至天としての実力は保障しよう。伽藍の心配も分からないでは無いがな……」
「えー? どういう意味ですかー?」
「この迷宮は、それだけ計り知れない状況に陥っている。湧き出す魔物はワタシも見たことが無い。ここに来るまで、精神への干渉を感じなかったか?」
「びしびし感じましたしー、至る所に魔力汚染がありましたー。アレはウィレミニア世界のモノでなく、ニホン固有の呪詛の類ですねー。すっごく興味深い。でも道中は、この土地を知っている方に案内してもらったのでスムーズでしたよー?」
「案内? あ、もしかして、墨谷七郎が従えていた“明”とかいう……」
伽藍は思い当たるふしがあり論亜へ視線を向ける。
「違うが?」
しかし論亜はあっさりと否定した。
「案内をしたのは獣牙種だよ。なんでも霊園山で戦った経験があるとか言ってたね。ほら、ちょっと来てくれたまえ」
―― ン?
論亜がテントのすぐ外へ呼びかければ、非情に大柄な影が顔を覗かせる。その顔は、日本人にとって区別の付けづらい獣顔であるも、伽藍には心当たりのある懐かしい顔だ。
「ナンダ? 今からアヤノの元へ手伝イに行かなけれバ……」
「! ガドラン!」
「よぉ、無事だったかガドランっ」
「オオ、久しイナ銀伽藍っ。ソレに、キョウヤとサクラも一緒だっタカ。心配シタゾ」
クレルトギスタと論亜を防衛線まで案内したのは、いつか大狂行に巻き込まれた獣牙種の青年ガドランであった。
以前よりも毛並みの艶が増し、男盛りの力強い風貌は健在。まさに戦士として恥じない佇まいである。
「――オイ、まさか……」
「ムゥ?……この匂い――」
そしてこの場には、伽藍や辻京弥よりもガドランを古くから知る者がひとり。
互いに目を見開き、ほぼ同時のタイミングで片足を大地に打ち鳴らす。
「NUGud///::SIiLiiN!?」
「GADORANッ!」
ヴィトーラ……いや、獣牙種氏族の長、セギンの娘たるシーリーンの願いは、思いもよらぬ場で成就を迎えることになった。
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