剛槍乱舞
互いの得物が横薙ぎに振るわれぶつかり合う。火花が衝撃に乗って視界を焼き、揺れる頭を気合で目覚めさせる。
「(なんつー力だ!? アタシの全力が押し負けやがったッ。痺れが脳天まで駆け上がりやがるっ!)」
後ろに弾き飛ばされた体に喝を入れ、足に力を込めて場外にならないよう踏ん張った。
七郎は少しも後ろに下がらず構えてやがる。
「(伸ばした柄に入ったヒビは魔力と岩で補強すれば問題ねぇが、葦沙刃の刃が少し欠けやがった。こっちは直せねぇぞ!)」
刃に一瞬意識を向けた時だ。影が目の前を埋め尽くす。
それは一足で距離を詰めて槍を振り下ろそうとする七郎の影だった。
「――チィ!」
間一髪で避けたはいいが、代わりにアタシが立ってた地面は無残な事になってる。
陥没、飛び散る瓦礫、容赦の無い破壊跡の全部がアタシの背筋を凍らせた。
「(とんでもねぇ練度の身体強化だなオイッ、ホントにニホン人かよっ? 前に殺り合った銀飾級冒険者が霞んで見えやがるっ)」
「HaHaッ」
「獣牙種みてぇな馬鹿力で暴れやがって! だが負けらんねぇ、ゼッテェ槍の出所吐かせてやる! 出し惜しみは無しだッッ」
目いっぱいの魔力をカラダに満たし、より速度を上げた槍の猛攻を迎え撃つ。
鋼同士をぶつけ合い散る、魔力の欠片が混じる花火が、凄まじい勢いで闘技場中に咲いていった。
・
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≪うわうわうわっ、もー目で追えないんですけどー!?≫
障壁で囲われる闘技場は破壊と闘争に支配される空間となっていた。闘技場の目的に沿ってはいるが、それにしても戦いのレベルが常軌を逸している。
初代魔導隊の鎧とスリットドレスの影が地と宙を問わず駆け巡り、2人の姿がブレず見えるのは互いの槍がしなりながら衝突する瞬間だけ。
「逆巻け“葦沙刃”ッ、散れ“燦炎燐”―― 【火葬輪轢】ッ! 」
だが数十秒つづいた物理の殴り合いに転機が訪れる。ヴィトーラが七郎と距離が空いた隙に魔法を繰り出したのだ。
≪宝剣魔力のつむじ風と高威力の火魔法っ≫
ニーナラギアールの解説どおりの、海で幾多の敵船を沈めてきた海賊自慢の砲撃が繰り出される。
業火と熱を小さな鱗状に凝縮する【燦炎燐】の魔法が、指向性を持った回転風力に取り込まれ超燃焼を生む。さながら殺意を持った生まれた火災竜巻。
炎の直線暴風は狙いを違えず七郎ごと石畳を焼き砕いた。
≪金冠クラスと戦った時に見せた2属性魔法の併用行使! 複数の属性魔法を操れる者は非常に限られるが……ヒトの身で、いったいどれだけの努力を……≫
≪それにしてもやりすぎじゃなーいッ? 墨谷さんが死んじゃう死んじゃう!?≫
≪直撃したように見えたが……鋼城、何をしてるのっ? 七郎を助けてやれッ。お前達は、かつて私をも降す連携を見せていたじゃないかっ!≫
ニーナラギアールが声を荒げるのも無理はない。闘技場内で繰り広げられる闘争は、ついに墨谷七郎を炎と粉塵の地獄に沈めた。驚嘆に値する戦いであるが、同時に槍を交える2人を眺めるだけの黒騎士と烈剣姫の消極性を浮き彫りにしている。
「クソ……クソ、クソ……オレが動きに追い付けないだとっ? 速すぎる……これが、今の墨谷の全力なのか?」
「……鋼城さん、あなた……く、今はそれよりも……ヴィトーラッ! 墨谷七郎とは伽藍が戦う! あなたの目的は報酬でしょうっ? あの槍が何なのかは知らないけど、ここで戦う理由は無いッ。でも伽藍は違う! この舞台は伽藍がずっと求めてきた瞬間なのよっ。そこどいてっ」
「 うるせえ !! 外野は引っ込んでなッッ」
「なっ、外野っ? このっ――」
「七郎ぉっ! こんな程度でくたばってねぇだろぉがッ、さっさと立ちやがれッ」
ヴィトーラは伽藍の言葉を退け魔法の破壊跡を見つめる。そこには炎の陽炎と煙が広がるばかり。
「槍の出所を吐く気がねぇんだな!? ならテメェをボロ雑巾にして攫ってからゆっくり聞いてやる」
動きが無いと見るや、ヴィトーラの表情が激怒を超え冷徹の様に変わる。彼女の怒りが頂点に達し、ほの暗い憎しみにまで昇華されようとしているのだ。
怒りと戦いの興奮に酔う女海賊は、ついに荒々しい紫電を纏い始める。
「 ――地息吹くを言祝ぐ精霊よ、隆えるは驕り正す怒りとならん、天翼へ捧ぐ頂を連ねんッ 」
≪獣人の祈祷師が好んで使う土属性魔法……ッ 3属性目!? ≫
ニーナや観客らの見下ろす先では、戦いにより荒れる石畳が水面の如く波打つ様が見えた。烈剣姫はかろうじて剣を構え、ヴィトーラに遅れを取るものかと気丈に立つが、黒騎士などはバランスを崩し膝を着く始末だ。
「 【断崖――……ッ? 」
そしてついにヴィトーラが、大地を剣山と隆起させる大魔法を放たんとした矢先。
「(悪魔みてぇな牙が、火の中で――)」
得も言われぬ悪寒が彼女を襲う。見たのだ、魔法の残り火とは比べ物にならない獄炎の先ぶれを。全身が泡立ち、熱を浴びながら血の気が引く。
「伽藍だって戦えるッ、伽藍の剣はこの日の為にッ」
「 下がれっ!! アタシから離れんなよッ」
ヴィトーラは危機を伝える本能に従い、繰り出さんとする魔法の意図を差し替えた。
敵を砕く面攻撃から、圧倒的質量を盾とする重防御へと術の上書を急ぐ。
「 【 断崖轟槍 羅城璧 】ッッ 」
―― 滅火命却 中火
断崖轟槍……黒牢で幾度も魔を退けた岩石の怒涛。羅城璧の名が示す通り、防壁となるべく高く積まれた大質量は、生成と同時に白熱した熱波に晒される事になる。
「なっ、これ、は――(霊園山で魔犬を焼いた、あの光っ!?)」
「ぐ、おおおぉっ、壁から顔出すんじゃねぇぞっっ」
「こ、鋼城さんは」
「心配ねぇっ、離れたトコで腰抜かしてらぁ! 嬢ちゃんが憧れる男にしちゃぁ役者が足りねぇんじゃねぇかっっ?」
予想もしなかった高熱攻撃に、ヴィトーラは壁に魔力を注ぎ続けて耐える。魔力でカラダを覆ってなお感じる灼熱は壁の両脇を埋める炎によるものだ。
「 っ 炎の勢いが、強くなってきてやがるッ」
体感数秒を数時間に引き延ばす熱の圧力が着実に強くなっている。だが熱源は岩壁のせいで伺い知ることが出来ない。
「――ヴィトーラッ、上のモニター!」
「あん!? いま集中してんだっ、気ぃ抜くと壁が崩れるッ」
「……歩いてきてる」
「――っ……この火力を維持しながら、平然としやがって……上等だよ」
視界の限られる少女達が俯瞰の目としたのは、闘技場を映す観客席上の巨大モニターであった。炎を恐れる人々の瞳と魔力防護カメラが捉える角度は同じ。
映っていたのは黒一色に染まる鎧姿。“黒騎士”よりも造りの旧い、簡素歴戦の鎧姿だ。
かの黒影は炎を前後に一歩一歩と前に歩んでいる。槍を片腕で背に構え、業炎をヘルメットの大裂目から吐き出して岩の防壁へ迫ってきているのだ。
――初代魔導隊ヤベーー!!??
――ママーっ、あの火をゴーってしてる人が黒騎士?
――黒騎士何やってんだよっ、何もしてないじゃん!
大障壁の外に広がるどよめきは、徐々に英雄への不信を囁き始める。
それは魔法への理解や経験を多く得る金冠クラスの生徒も同様であった。
「おいおいおい、アレならおれっちのほうがまだ活躍できたろーぜ。黒騎士ってマジで魔導隊の主力なんか?」
「てか墨谷さんのアレも身体強化で出来んのっ? 火の魔法じゃなくて? もうゴ〇ラじゃん」
「魔道具を使った炎という線も捨てきれないよ、いむり君。この“明”を解読できれば、前の所有者の情報を含め僕の知りたいことを探れるんだろうけど……プロテクトが完璧すぎるんだ、悔しい事にね」
「七郎様ーー! がんばってくださーーい!」
「いやいやアレ以上がんばったらヴィトーラさんと銀さん黒コゲになっちゃうって……」
≪墨谷選手は初日にも火魔法を使ってたけど、今日のはレベルが違うー! 岩溶けてきてないっ?≫
≪彼らは身体強化にしか適性がないはずだ……はず、なのに……あの炎の中を走る雷は……そんな、まさか≫
そして解説席では100年以上を生きるエルフが腰を浮かせ、吐き出され続ける炎を見下ろす。頭をよぎる可能性が本人の意思に反して現実味を帯びていくのだ。
「ニーナ……それは【血盟契約】を破った代償か。カラダを巡る魔力の流れが滅茶苦茶だ。向こう数年、魔法をまともに行使できまい」
「――メセル」
興奮のまま実況を続けるフレイヤは気づかないが、実況席にはニーナに続く新たな乱入者の姿があった。
特別観覧室から降りたメセルキュリアである。
しかし清廉な美しさを誇る戦乙女も、佳境を迎える試合に注目を奪われ、彼女の登場に声をあげる者はいない。
「代償を負う前に契約解除してしまえば良かったんだ。世界樹の森でならその程度の解呪は可能だろう?」
「私は……勝手に森を飛び出したから。入る資格は無いと門前払いされるのがオチよ」
2人は声をマイクに拾わせず、互いの横顔を合わせて闘技場の炎を凝視する。
「わかっているなニーナ」
「……ん」
「あれは星瞳炎雷だぞ。比べ物にならない程弱いが、“黒騎士”とやらの技も同じものだ」
「……うん」
「100年前にワタシ達は見たはずだ。アウズンブラの炎雷を」
「でも私の生徒よ」
「彼らは黒牢の中……ヤツの腹の中にいたと聞く。ワタシは、もし彼が獣と成り果てているなら――狩らねばならん」
「今の私に止めるチカラはないわ。……これが罰なのかしらね。あの子達を死地に追いやって、何も出来なかった私への。見てるだけは……酷く苦しい」
それ以上2人に会話は無かった。メセルはただニーナの肩を慰めるように撫で、戦いの行く末を見守るべく立ち尽くす。
岩陰で炎から身を隠すヴィトーラと銀伽藍には知る由もない姿だ。
「すごい魔力――ッ これだけの火魔法を使い続ける魔力なんて、あの人から感じた事ないのにっ」
「どんなイカサマか知らねぇが、手をこまねいてりゃジリ貧なのは確かだな。――決めるしかねぇ、手を貸せ嬢ちゃん」
「な、なんで伽藍が」
「なら降参するか? 憧れとやらに情けねぇ姿晒していいのかよ?」
「~~! い、いいわよノッてあげる。ただしあの人の前に立つのは伽藍!」
「今だやれ! 聖剣のチカラを見せてみろっ」
「岩ごと貫く――【 聖剣 抜刀 】」
まさにいま、炎に呑まれんとした壁の影から極彩色の光が溢れる。伽藍は覚悟を決めて集中し、やや覚束ないまでも聖剣の名に恥じない魔力収束を成し遂げた。
「ハアッ!!」
吐く息と共に一閃。
烈剣姫の握る刀から力そのものである魔力が加速し、破壊を目的とした光の激流が放たれる!
聖剣攻撃は【断崖轟槍】で造られた壁を砕き、迫りくる豪炎を半ばまで切り裂く。丁度炎の勢いと聖剣の魔力が拮抗する形となった。
「(これで状況を押し返せる! あとは伽藍が――)」
「サンキュー嬢ちゃんッ、後は任せな!」
「――なっ、ヴィトーラッ!?」
伽藍は驚きの声をあげる。なんとヴィトーラは、砕ける岩壁を足場とし既に上空へと駆けていたのだ。
ここにきてようやく、伽藍は自分が利用されたのだという状況を飲み込む。
「(火魔法の対処だけ押し付けられたーっ!?)」
「さあっいくぜ七郎! 白黒つけてやらぁッ」
落下しながら偃月刀を振り下ろすヴィトーラ、対し滅火命却を止め、刃を受け止めんと槍を掲げる墨谷七郎。
両雄の戦いは、得物同士が打ち合う轟音を以て再開された。
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