因果集結(2)
膝上長けのスカートをふわふわと膨らませながら、ニヤつく顔が階段から降りて来る。
顔を合わせれば口喧嘩になるので会いたくなかった。魔法学島の中で働いている事は知っていたが、こんなタイミングで会うことになるなんて……。
「こんな所とはゴアイサツだね伽藍くん? そもそも君を呼んだ覚えは全くもって無いのだが」
「伽藍だって、大事な試合の前に論亜の嫌味なんて聞きたく無い」
「明日のエキシビジョンマッチの事かい? イヤだね、すぐに剣を振り回す野蛮な人種は」
「オ、おおおぉぉ」
「御託は良いから、伽藍達をここに呼んだ理由を説明してっ。招いたっていうのはどういう事? まさか、さっきの妙な罠も論亜の仕業!?」
「だから君を招いたつもりは無いと、何度言葉にすれば分かるんだい? それに此処までのアトラクションもちょっとした歓迎の気持ちさ。ただ道を歩いてくるだけじゃつまらないだろう。主に僕が」
「見てたのっ!?」
「見れていないとも。後で魔導外殻の録画記録を回収して楽しむんだ。すでに完成した島の整備用通路に、対魔力保護済みのケーブルを新たに引くのは面倒でね。改造魔導外殻のカメラ機能で妥協したワケだ」
「ぉぉおお、ぐすっ」
「伽藍達はあなたの玩具じゃ――、ってなんで泣いてるのよ墨谷七郎ッ!」
いい加減声がうるさいっ。どうして急に泣き出すの!? 涙で床が水浸しなのよっ。
「いや、大の男が泣きわめくのを見ていると…………思いのほか興奮するね。踏んであげよう、ほらほら」
「うぐうううううっ」
「!? 論亜が妙な性癖に目覚める前に涙を引っ込めて、もうっほら、涙を拭く!」
制服の袖が涙でべちょべちょ――、熱ッ、熱湯!? ほんとに妙な男っ。
慰霊碑の時といい、今といい、墨谷七郎はこの島に来てから様子がおかしい。
まるで子供のような弱さを見せる時が多い気がする。せっかく見直し始めていたのに……別に悪いとは思わないけど……。
「俺帰る」
やっと立ち上がったと思いきや、今度は今にも死にそうな顔で“帰る”と言い出す七郎。
急に何なのよ!? 探し物はいいのっ?
「待ちたまえよ墨谷七郎。僕がこのまま‘ハイそうですか’って逃がすと思うのかい?」
「……え、ダメ?」
「なぜ僕の方がオカシな眼で見られるのか……霊園山の“墓守”……10年前に突如として現れた、霊園山義瑠土設立を支えた立役者。そして……――黒牢事件の生き証人」
論亜は一転、無表情で口だけを動かしながら墨谷七郎を視線に捉える。眼光には嘘を許さない、冷たい圧力があった。
「僕はね、魔法学島で最も優秀な技術者としての立場を得てから数年間、ずうぅぅぅっと探してるモノがある」
論亜は両腕を広げ、芝居じみた動きで体を回し始めた。墨谷七郎は、ただ笑顔を作りながら静かに論亜の言葉を聞いている。
「“ソレ“はねぇ、古い記録から偶然見つけたんだ。陸軍によって逢禍暮市から回収された正体不明の遺物。”ソレ“自体もあくまで手掛かりだけど、限りなく”答え”に近い手掛かりなんだよ。でもね、現物が軍に無いんだ。黒牢事件から何週間か後に紛失したらしい」
さっきまで泣いていた男は自分の指で涙を拭い、今度は何かを懐かしむように暗い瞳で微笑む。
「白鎧の騎士が奪っていったとか、真偽の定かでない聴取記録しか残っていないのも腹立たしい。行方を追うのに苦労したよ……だから同時並行で別のアプローチも進めてた。答えに辿り着く道筋はひとつじゃない」
「……答えって何? 回りくどい言い方はやめて」
「堪え性が無いなぁ伽藍くんは」
こっちも暇じゃない。論亜は放っておくと永遠に話し続けるから、このぐらいの態度でちょうどいい。
「――……兄だよ。僕は兄の消息を知りたい。そして“手掛かり”とは、間違いなく兄の作品である“魔導機体”の事!」
「それは……初耳ね。論亜に兄弟がいたなんて」
「君に話す必要性を微塵も感じなかったからね。実体の無い正しさなんてモノを追い求める頭の悪い君から、有意義な情報を引き出せる可能性はゼロだ」
「ぐ……いちいちイラつかせる……!」
「事実、僕の役に立つ情報なんて持ってないだろう? だけど彼は違う。僕はまず彼の履歴に興味を持った。兄が家を長く空け始めたのは魔法元年から。そして……ちょうど黒牢事件を期に、二度と帰ってくることは無くなった。物心付いた僕の記憶は確かだよ」
「そんな子供アナタだけよ」
「はは、流石」
「よしてくれ、褒められる話じゃない。他の人間の発達成長が遅すぎるだけさ。……話が逸れたね……兄は間違いなく、何某かの魔法関係職についていたと見るべきだ。魔法学島のいかなる記録からも兄の名を遡れないを見るに、何処にも記録を残せない機密性の高い役割に付いていたと考えるのが妥当。……10年前の黒牢に派遣されるほど頼りにされて……ね」
兄を語る論亜からは、嘘偽りのない尊敬や親愛の情を感じる。
少し意外だった。情などより論理や研究を優先しそうな彼女が、人並みの家族愛を持っていたなんて思わなかったから。
論亜は一呼吸置き話を続ける。
「僕の探す魔導機体は黒牢事件の跡地で発見された。見たことの無い魔導兵器の残骸と一緒に、塩の大地と化した逢禍暮市に埋没していたんだよ。記録を見た時に僕は思ったね、“コレは兄の作品だ。兄以外にあの場で造れる人間は居ない”って。兄は偶に家へ帰ってくる度、僕へ語っていた。これから発展させるべき魔法技術を。その仕組みを。機械科学と魔術式を融合させる美しさをッ。……最初に霊園山に注目したのは、失われた魔導機体を探す伝手が欲しかったからだ。調べれば調べるほど不自然な資金の流れがある霊園山だ……確実に国や義瑠土を介さない魔法由来品の不正売買ルートが存在する! そこでなら、消えた魔導機体を効率的に追える可能性が高い……だろう? 墨谷七郎くん?」
「ノーコメントで」
「ハッ! 迷宮財産を横領する人間がいることが答えのようなモノだよ! 伽藍くんも知ってのとおりさ。利益を得るには当然、売買に加担する取引先が必要だからねっ」
「……そういえばそうだったわね墨谷七郎」
「しかし霊園山の……正しくは霊園山を影で牛耳る者達の隠ぺいには隙が無かった。どうしても知りたい情報を得られない。この手の暗い組織としては異常な団結力だよ。唯一取引の痕跡から追えたのは、“白旗”という組織名と“死者蘇生”のキーワードぐらいかな。だから丁度よく焚きつけやすい人間を使って霊園山を揺さぶろうとしたけど、大狂行のトラブルがあって成果なし。試しに魔導隊に“白旗”を追わせてみても成果なし。……地蔵堂家に現れた“白い騎士“は非常に気になるけど、考察を進めるには情報が足りない……」
「ちょっと待ちなさい……! もしかしてライル・サプライと裕理さんの任務の事っ? 論亜、あなたの仕業だったのね!?」
「僕に魔導隊を指揮する権限は無いから、正確には魔導隊が動く様に仕向けただけさ。さっき言ったとおり、僕の目論見は上手く躱されたワケだけど、代わりに君……墨谷七郎があぶり出された。おそらく霊園山の中身を知る人物だからね、じっくりと観察させてもらったよ。そっちから魔法学島に来たときは笑いが止まらなかったとも!」
そう言って論亜は大声で笑いだす。でもすぐに笑顔を消すと、今度は怒っているような表情で墨谷七郎を凝視した。
これが今、論亜が本当に抱いている感情なのかもしれないと直感的に思う。
「でも待って?……魔導機体?……それってまさか……」
「……そうさ伽藍くん。流石に観察対象が、魔導機体そのものを隠し持っているとは予想しなかったよ……上手く隠していたつもりだろうけど、V―三〇三号相手に機体全身を観衆の目に晒したのは大きなミスだったね。もちろん僕も見ていたのさ!」
墨谷七郎は、執念の末に狂気すら香らせる論亜の笑顔にも動じない。何が楽しいのか、満足げに瞼を閉じて一度天井を仰ぐ。
まるで七郎が、誰かに話しかけているような錯覚を伽藍は得る。無論、天井から声など聞こえないが。
「墨谷七郎……君は10年前には既に不死者と戦う術を得ていた。魔法元年前後から魔法に携わっていなければ、霊園山で戦う君の戦績と釣り合わない。ちなみに“黒騎士”と何らかの因縁を持つのも確認済みだ……僕の言いたいことが分かるかな?」
「……探している兄さんが何の仕事をしていたのか、実は察してるんだろう?」
「おおよそは。体格に恵まれない兄が担っていたとは信じがたいけどね。さあ白状してもらおうかっ。君も黒牢に居た事はわかってる! 中で兄を見たかい? 魔戦大会で使った魔導機体は何処で手に入れた? 買ったのか? 盗んだのか? アレは兄が造ったモノで間違いないのか? 兄はっ――……」
よく動く口だと思った。論亜は遠慮なんて物とは無縁の存在、しかし質問にあまりの性急さを感じ口を挟もうと顔を上げ――……一筋の涙を見る。皮肉屋の少女に似合わない、あまりにも奇麗な一滴。
「……実は兄は……生きて……いたり、しないか? 何か知らないか? なあどうだい……なあ……」
段上の少女は決して媚びない。確たる推理を突きつけ上に立つ。
そんなプライドの高い彼女が、自分の感情を制御できないなど信じがたい光景であり、同時に少しだけ自分を恥じた。
論亜もまた黒牢によって家族を失った被害者であったのだ。彼女を唯の皮肉屋としてしか見ていなかった事に罪悪感が湧く。
「(この男は……いったい何を知って、何を語るのかしら)」
自然と意識は佇む男へ。彼はおもむろに自分の影に手をかざす。
「 “明” 」
優しい声色に反応して影が蠢き、中から見覚えのある機械の腕が現れる。
腕は、下に沈むカラダを持ち上げるように床へと伸び、頭部、胴体、脚と順々に浮上させる。
近くで見ると思ったより大きい。それに完全な人型だと思い込んでいたけど、足や頭の形が人間のフォルムからかけ離れていた。
「 ついにこの時が来た。所有権限移譲、設定されている登録順位どおりに 」
〔 論亜ウィズダム の成長予想声紋パターンを検知。これによりプライマリユーザーが変更されます。 最優先指令:プライマリユーザーの保護及び補助 〕
「な、なんだい、何をしているんだい?」
「コレを作った俺の親友はね、当然のようにこの状況も予想していたらしいんだ。プログラムを見た時は腹を抱えて笑ったよ、なにせ初めから俺より‘上’の所有権限が設定されてるんだから」
立ち上がった魔導機体が論亜に歩み寄って跪く。まるで、初めから決められていたかのような動作。
「親友……だってっ?」
〔 ――010101001110111……論亜ウィズダム への権限譲渡により 録音ファイルを一件アンロック。再生しますか?〕
「あ……ああ」
機械音声が流暢に流れ出す。想像以上の技術力に驚くしかない。
これを作った人は、間違いなく天才の部類なんだと理解させられる。
〔 ――…… :::::::::時間が無くてね。無駄な要素は省く。これを聞いているということは、ボクはもう死んでいるだろう……帰れなくてすまない。ボクの道行、ボクの才能を知る方法は、この”明“を紐解くことさ。ボクの妹なんだ、その程度出来るだろう? それとボクの友達が、ボクの代わりに君の元を訪れる……好きにするといい。以上録音終了:::::…. 〕
「開封できなかった録音ファイル……いつのまにこんな――っていうか“好きに”ってなんだ!?」
「っ……そうか……君は」
墨谷七郎が録音を聞いて苦笑する。しかしそれ以上は何も語らず、苦笑いのまま部屋の出口に背を向けた。
「ちょ、ちょっと、何処へ行くのよ」
「友達に“重荷を降ろせ”と言われててね……準備があるから今日はもう帰るよ」
「重荷?」
「ずっとわだかまっていた心残りを、いまひとつ降ろせた。明日またひとつ……」
一瞬、墨谷七郎と目が合う。彼の目に初めて、伽藍の姿が映った気がする。
「いや、ふたつか。……じゃあね、論亜ウィズダム。一息付けたら……」
―― 遊びに来る。璃音と約束したからね
それだけを言い残し、彼は今度こそドア向こうの闇に消えた。相変わらず気配を絶つのが上手い。
「そうか……そうなのかい……」
論亜は、なんだか憑き物が落ちたみたいに呆然として、跪く“明”とやらを撫でていた。
・
・
・
これが数時間前、まだ日が昇る前の記憶。
墨谷七郎とのやり取りについて、論亜に聞きたいことは山ほどあったけど、声を掛けられる雰囲気じゃ無かったから、挨拶もせずに部屋を後にして帰路に着いた。
観客席の論亜は意外に元気そうで、やっぱり問いただしておけばよかったと後悔がよぎった。
「門をくぐり挑戦者を迎え撃つのは、誰もが知る英雄! 黄色い歓声を一身に受け止めるカレ! “黒騎士”の登場だーーッッ」
フレイヤの実況で記憶の海から意識を返す。
アナウンスの声に合わせ、また闘技場の歓声と熱気が増した感覚は錯覚じゃないと思う。
開いた登場口に、黒の鎧が姿を現す。騎士は、開会日と同じように鷲の顔を持つ魔獣の背の上。歓声に誘われ鋼城さんが手を振れば、またさらに観客が色めき立った。
ヴィトーラも息を呑むのが分かる。馬上の騎士姿がとても様になっているから仕方ない。
『――烈剣姫、銀伽藍。オレの相棒になる覚悟は決まったかい?』
見上げる位置の鋼城さんに昨夜の返事を求められる。正直、まだ考えが纏まらない。
「 黒騎士ッ、ひとつ聞くぜ! 」
『 ん? ああ、海岸で戦っていた……ヴィトーラといったか。なんだろうか』
しかし伽藍が声を絞り出す前に、ヴィトーラの大声が被さる。彼女は剣を引き抜いて鬼気迫る圧を発していた。
「アタシらに褒美をくれるハナシは嘘じゃねぇだろうな」
『そのことか。賞金については後で追って知らせる。今は烈剣姫と話す事があるんだ、遠慮してくれ』
「賞金? 違ぇ、アンタに依頼を出せるって件だ。ここまで見世物になってやったんだ、アタシの願いは必ず聞いてもらうぜ?」
意外なことに、ヴィトーラの興味は金よりも黒騎士への優先依頼権にある様子。
これには伽藍も驚き、鎧兜の下で黒騎士も怪訝に表情となる。
『オレに依頼だと?』
「ああ、そうだ。耳かっぽじってよく聞けよ。アタシの要求はなぁ……テメェが無遠慮に跨る鷲獅子の解放だ!」
ヴィトーラの手に力が籠る。今の今まで押さえていた怒気が、魔力となって女海賊の全身から噴き出した。
彼女の気迫は闘技場専用カメラによりアリーナのスクリーンへ映し出され、観客の多くが息を呑む。
『この魔物の、解放だって!?』
「魔物だぁ!? 口の利き方に気を付けろッ。ソイツにはなぁ、歴とした名がある! テメェなんかが気軽に乗っていいモンじゃねぇっ。跨っていいのは、たったひとりだ! ――スキルークッ、死んだ目ぇしてねぇで思い出せ!」
―― Gyゥイィィィ……ッ
『な、あ!?』
ヴィトーラの声に反応したのか、突然黒騎士の乗る魔物が暴れ出す!
生気を吹き返す瞳で背の騎士を振り落とし、しかしヴィトーラとは真逆の方向へ走り出した。
巨大な肉食獣を思わせる四肢が躍動し、風のように後方の出入り口へ駆けていく。
「おいッ、スキルー……ク……」
まず目に入ったのは、くすんだ色の布だった。布で巻き包まれる、何か長く大きな物を持ち運ぶのは1人の男。
「オイ冗談だろっ……」
「嘘でしょ……?」
『 は? 』
自分1人で、少女2人に実力差を見せつける……エキシビジョンマッチの舞台が、微笑ましくも油断できない構図であると事前に聞かされていた鋼城勝也も、闇から浮き出す人影に驚愕させられることになった。
―― グルぅ、ウ♪
駆けだした鷲獅子は現れた男に嘴を擦りつけ、男もそれに応える。
次に目を引くのは男の着込む装備だ。
黒で統一されていた装備の彩色は、鋼城の鎧とは異なり多くの戦闘跡により色落ちが激しい。胴当てを含む装備部品も大きく傷つき、ともすればみすぼらしく見えてしまうだろう。
しかし無数の傷は反対に、歴戦の凄みも滲ませる。
そして、その人物の片脇に抱えられたヘルメット状の防具は、正面顔部分の5割が削れるように破損しており大変痛々しい。
鷲獅子をゲート奥へ下がらせた男の目線は、誰を見るともなく正面へ。
暗夜のように真っ暗な瞳孔が揺れずに見開かれる。
『す、みた……に――……』
唖然と停止した心から我に返る鋼城は、無意識に掠れた声を絞り出す。
それは呼びかけなのか、ただの独白なのか。
鋼城自身もどちらか理解できない声に、墨谷七郎の反応は無い。迷わず準備位置である黒騎士の隣へ、若干の距離を空けて並んだのだった。
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