因果集結(1)
魔戦大会2日目は正に‘激動’と言える。
準決勝1戦目。魔法学島に留学するラコウ人少女と、義瑠土先鋭の実力者である少女剣士の華々しい鍔競り合い……決着にはなんと、【聖剣】の発現という驚愕展開をもって観客らの度肝を抜く。
しかし真に波乱であったのは準決勝2戦目。
尾後勉が率いる大型魔導機体 V―三〇三号 の暴走は、アリーナに来場していた人々に恐怖と混乱をもたらす結果となった。
闘技場に飽き足らず、観戦席の安全を守る大障壁にまで及ぶダメージを一晩で修復できたのは、工員たちの不眠不休による作業があってこそ。
それでも今日の開場は、予定を大幅に過ぎた時刻となっている。
―― ついに黒騎士の戦いが見れるのかよッ!
―― 待ちきれないわねっ
だが当然の如く、闘技場アリーナは満員御礼。
歴史の授業を受けた人間なら、大多数が“時代錯誤だ”と感じる円形闘技場の観客席は観衆に埋め尽くされ、期待に膨らむ声援が未だ姿の無い英雄へと向けられた。
「さあ! 友好記念式典の目玉を飾る【魔戦大会】ッ、青春真っただ中の少年少女による熱い戦いの余韻が残る闘技場で! イチバン熱い期待が寄せられるエキシビジョンマッチが始まろうとしていまーす!」
司会進行役フレイヤのハリのある声が、声量を拡張され響き渡った。昨日の出来事を感じさせない堂々とした口上である。
戦技の解説はもちろんのこと、会場の熱気を煽るのが上手い彼女のことだ。このエキシビジョンマッチも大いに盛り上げてくれるだろう。
「……ついに……っ」
フレイヤの声は映像を通じて控室の銀伽藍にも届いている。少女は大舞台を前に、万感の思いを込めて剣を握りしめた。
だんだんと、だんだんと、実感と共に緊張がせり上がってくるのを感じる。
「やっと夢を叶える日が来たのよ……!」
昨夜の祝賀会の時点で黒騎士……鋼城勝也から‘相棒にならないか’という破格の誘いは受けている。急な言葉に返事を先延ばしにしてはいるが、まさしく今の状況は長年望んだ夢の只中。
――君を聖剣遣いとして、新たな魔導隊員に任命したいんだ
跳びあがらんばかりに喜ぶべきだ。
一も二も無く、黒騎士の提案に頷くべきのハズだ。
「(それなのに、どうして伽藍は迷う?……この気持ちは……そう、違和感……伽藍は鋼城さんを疑っているの? ……憧れの人なのに?)」
伽藍は、入場までに設けられた僅かな時間で自分の心と向き合う。
夢の為に努力を積み上げる人生だった。剣だけの人生だった。
でも、ある時から変わった気がする。
多くの人に出会い、剣以外の様々を学ぶようになった。友達も出来た。お陰で学園生活が華やいだ気がする。おそらく自分の、他人への見方が変わったからだ。
その友達と喧嘩して、仲直りして、聖剣を握ることになって、同じ聖剣を持つ人と心の内を分かち合って……。
全部が大切な記憶。剣以外には何も無い‘空っぽ’だと思っていた自分に、いつの間にか溢れていた物語。
なんてことは無い……違和感の正体はコレだ。
物語の始まりから終わりまでが、同じ男と隣り合わせの記憶。自分が剣以外の何かを手に入れた瞬間には、決まって同じ姿が傍にある。
昨日……というより今日も一緒に居た男の存在が、憧れの黒騎士への想いを塗りつぶす程に大きくなっているのだ。
認めたくない。癪だ。
なぜ鋼城さんよりも、あんな悪人みたいな、正体不明の、頑丈さだけが取り柄の男を思い出してしまうのか。
「(きっと……あの男の背中が、いつも伽藍の前にあるから。伽藍の一番大事な想い出に重なってしまうから)」
何度も心に湧いた“もしかしたら”。
頭の片隅に放った、見ないふりをしてきた“ほんとう”。
憧れの背中とは似つかない、暗く、時に涙をみせる弱弱しい姿に、あろうことか伽藍は――……幼いあの日と同じ“何か”を感じて……。
「銀の嬢ちゃんには珍しい百面相だな。見てて飽きねぇよ」
「ヴィトーラ……」
控室には聖剣のほか、もう一振りの剣がある。宝剣葦沙刃だ。携えるは見目麗しい女海賊、ヴィトーラ。
「しっかし安心したぜ。嬢ちゃんと並んで試合に出るなんざ夢にも思わなかったがな。まあ、勝負の白黒つけねぇまま、今日の黒騎士戦からつまみ出されるなんざ冗談でも面白くねぇ……このへんが落としどころか」
「伽藍はひとりで戦える」
「嬢ちゃんのチカラを疑っちゃいねぇ、1人でも十分ヤれるだろうよ。ただアタシにも欲しいモンがある。ほら、ホントは1人勝ちしたヤツが貰える話だったろ? 金に、英雄様のごひいきっつう便利なモンがよ。予定は狂ったが、アタシらは今日戦うだけで褒賞がもらえるらしい。太っ腹っ」
「海賊らしい理由ね。他人から奪って、まだ足りないの?」
「――……ああ、足りないね。金と力はどれだけあってもいいっ。ニホンでいい暮らししてた嬢ちゃんには分かんねぇよ……突然帰る場所無くして、飢えて汚れに塗れて、体壊して痩せてく母親を見てる事しか出来なかったガキの気分はな」
ヴィトーラの瞳には、いつもの彼女からは想像もできない程の擦り切れた色があった。母親の事を思い出しているのだろうか、葦沙刃を撫でる手が何もない空を彷徨う。
「必要なのは力なんだよ。欲しいモンを探しに行くにも、必要なのはまずソレだ。金集めに目を付けたのが賭け事だった。チカラを蓄えんのに選んだのが海賊稼業だった。使えるモンなら何だって使ってやる! ここまで来たんだ、もう止まるつもりはねぇよっ」
「……安心した」
「あん?」
「昨日みたいに気を抜く事はなさそう」
「っ、ちっ……痛ぇトコロを突きやがる。余裕かましやがって……仕方ねぇだろうが。聞いたハナシじゃ、昨日あの場所に【黒死卿】ノスフォロスが出張ったっていうしよぉ……命がありゃ勝ちだ勝ち」
口での趨勢が悪くなり、ヴィトーラは若干頬を赤らめて顔を背ける。男の背中で眠りこけていた失態には、流石に思うところがあるらしい。
伝説の吸血種による幻惑の類に抗えずとも、恥ではないとヴィトーラは主張する。
同時にヴィトーラには気になる事もあった。
「つうか、黒騎士の相手役はアタシらだけか?」
知っての通り、準決勝の2戦はどちらも試合の体を成さなかった。決勝戦も行えていない。
そのうえでエキシビジョンマッチを強行しているのだから、伽藍と自分以外から不公平が叫ばれるのでは? と、ヴィトーラ言いたいわけだ。
「リンカは今日退院したけど、本調子じゃないから観客席で応援してるって言ってた」
「七郎は?」
「あの、男は……」
なぜか言いよどむ伽藍に、ヴィトーラは首を傾げつつ考えに耽る。
「(昨日、アタシが気を失ってる間に何かあったのか……?)」
七郎は、少なくとも昨日は万全の様子だった。黒騎士とやらと因縁が深そうだった事を見るに、やはり“宝への鍵”を握るのはあの男で間違い無いように思う。
「(黒騎士は10年前の事件で英雄になったヤツだ。……七郎も、同じ場所にいた。あの戦士の咆哮だってもしかしたら――……辿るべき風は読めたぜ。ナーヴニルのヤツの眼が無ぇなら堂々と動ける。待ってろよ、すぐに――)」
―― お二方、時間です。入場の準備を
「っと出番か」
「わかった」
入場時間を知らせる職員の声に、剣持つ美少女二人は意識を切り替えて立ち上がる。
進む廊下の先に待つのは、切なる願いへの懸け橋。
少女2人は隣り合い、奇しくも同じ舞台で運命と再会することになる。
・
・
・
「日本っ、そしてウィレミニア両国の熱い視線が送られる今日この日ッ。エキシビジョンマッチを彩るのは2本の剣! ラコウに伝わる宝剣と、なんとなんとの【現在聖剣】っ――“烈剣姫”・銀伽藍と、ひと呼んで海の“悪徳嬢王”・ヴィトーラぁーー!!」
フレイヤの司会に合わせ、観衆のボルテージが上がっていく光景は壮観だ。
一般客との仕切りがあるとはいえ、同じく観客席に集まる金冠クラスも、興奮の余波を受けて期待を高めざるを得ない。
「ワタクシがあの場に立てないのは残念ですけれど、この悔しさはひと時忘れ……応援してますわよ銀さーーーんッッ!!」
「蝶、情緒w」
「イヤぁお蝶の気持ちはわかるよ、すごい熱気だもん。……だけど」
冷泉院蝶と朝顔いむりの隣で、漣駒子はリンカの顔色を伺う。
準決勝で唯一、敗退の扱いを受けるリンカ(尾後勉は論外)が落ち込んでやしないかと案じての事だ。
「いえ、いいんです駒子さん。私が言いたいことは、あの試合で全部言えましたから……それよりも気になるのは七郎様の事です! どうして七郎様のお名前があの場に無いのですかっ? 七郎様も、皆様に賞賛されるべき結果を残したのに……なのに……」
「V―三〇三号の件ですわね。リンカの言う通り、あの方もエキシビジョンマッチに相応しい実力をお持ちです。何か理由があっての事なのでしょうか……?」
「墨谷七郎かい? いや彼はあの場に来るかな? メリットが無ければ動かないだろうね。――だろう “明“ ?」
〔 ――10010011 肯定 〕
「そーかねー? おれっちだったら何差し置いても出場するぜ? 超有名になってよ、女はおれっちに群がってハーレム完成――って論亜じゃねぇか!? てかその魔法人形どーした!? ソイツどっかで見たような……」
「ふん、相変わらず類人猿以下の思考能力と言動だね由利光臣」
「論亜おひさー」
「え、えっと……」
「あ、リンカしゃんは知らないか。この子は論亜ウィズダム。あたしら金冠クラスのクラスメイトなんだけど、殆ど欠席しちゃってるレアキャラ」
「君達の学ぶ内容なんて僕は当の昔に理解している。僕の頭脳はもっと有意義な時間を求めているのさ」
「とまあこんな感じで、あんまし友達できないタイプってわけ。たまに教室に来たら来たで、なーんかコッチもあんまり教室に居ない‘しろちゃん’と鉢合わせることが多くって、よく言い合いしてんの」
「そういえば論亜さん、以前お返事いただいた魔法人形の術式理論、大変参考になりました。お礼申し上げますわ~~」
「当然だね。あの程度理解してもらわないと困る。――ああそれと、後ろの“明”については質問を受けつけない。コレは、僕が正当に墨谷七郎から譲り受けたんだ」
「七郎様のモノを、あなたが……」
「怖い顔をしても譲らないよリンカくん? “明“は、そもそも元から僕のモノといっていいっ」
「論亜、足震えてるけど」
「失礼だなぁ、目の錯覚だよ駒子くん」
馴染みの面子に、論亜ウィズダムと彼女を守るように立つ魔導機体を加えた賑やかな様子を、伽藍は闘技場から横目に見る。
「墨谷七郎……どうしてあの魔導機体をすんなり渡したのかしら? ……そういえば伽藍がリンカと戦った時、論亜が一緒に観客席で立っていた気がした……論亜と元から顔見知りだった……?」
「なんか気になる事でもあったか? ――あの魔法人形、七郎が操ってたヤツじゃねぇか。観客席に姿は見えねえが……」
魔導機体“明”が論亜ウィズダムの手に渡ったいきさつはまだ記憶に新しい。仮眠を摂る前の、ほんの数時間前の出来事だ。
伽藍は歓声の大音量のなか、少しだけ夜の記憶を遡る事にした。
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