監視者からの招待状(1)
人気の無い地下通路は、心もとない照明が点々とあるだけだ。鬱々としていて暗い。
霊園山異界の秘密通路にも似た無機質の構造は、まるで侵入者を阻むように入り組んでいる。
「まさしく迷路か」
俺が居るのは魔法学島の地下深く。ここが島である以上、もはや海底深くと言った方がいいか。
信じられないかもしれないが、この場所も政府と義瑠土が管轄するれっきとした設備。魔法学島の魔力循環を制御し、島の動力を各種点検するために造られた空間らしい。
いくつか設けられている非常用ハッチのひとつを探り当て、祝賀会から帰る足で侵入したはいいものの、あまりの広さに気が滅入る。
「(でも白旗を嗅ぎまわる人間がいるのはこの先だ。誰かが出した俺への調査指示は、必ずメールや書面を介してやり取りされている事はわかった。そのどれもが魔法学島中枢……一部許可された人間しか出入りできない区域からの発信)」
PCのアドレスや書面発行元を地道に調べ上げた”協力者”のお陰でようやく掴んだ尻尾だ。
「(サクっと引導を渡してやろう。そうしよう。電気系統を落として、カメラを切って、死体は影収納へ仕舞って終わりの簡単なお仕事)」
入手した魔法学島の設計データと照らし合わせ、白旗を監視する者が使うPCの位置を割り出したわけだが、当然魔法学島中枢へのエレベーターは使用不可能。
だからこの点検通路へ目をつけたわけだ。
ここが入り組んだ迷宮と化しているのは、一定箇所に留まらない魔力力場への干渉距離効率など、あくまで諸々の事情故の結果だ。関係者でさえ、地図がなければ脱出不可能なのだとか。
入り組みようから死角は多いので、通路に誰かいてもやり過ごすのは簡単そうだが……。
「地下から島全体を整備できるコンセプトらしいけど、だからってやりすぎじゃないかコレ? なあ璃音?」
返事が無い。静寂だけが場を支配する。
「――璃音?」
姿が見えない。途端に焦りを感じて息が引きつる。
「(……血が)」
視線を惑わせていると、通路の床に血の足跡がある事に気づいた。跡を追って直ぐそこの角を曲がれば、壁に持たれかかり血だまりを作る璃音がいる。
変わらず彼の体は、最後に見た瞬間を切り取ったかのようにそのままだ。命は既にこぼれたと言わんばかりの惨状である。
「……脅かさないでくれよ。何処へいったのかと」
「ボクの有様を見てまず言うことがソレかい?」
聞き慣れた声に安堵するが、違和感もある。どうしてか璃音の存在が薄く感じてならない。先ほどの祝賀会あたりから口数が少なくなってきた気がする。
「何を弱弱しい顔をしているんだい七郎? 情けない。この先で君は殺人を犯すつもりなんだろう。外道に墜ちたのなら割り切って堂々としたらどうかな」
「うん」
「……呆れたね。皮肉のつもりだったんだけど」
「みんなが還ってきてくれるなら、これくらい何度だってこなしてみせる」
「それで、ボク達が喜ぶとでも――……」
「でも璃音は手伝いに来てくれた。はははっ、10年前に戻ったみたいだっ。まさかリィンカーネーションの前に、こんな嬉しい事があるとは思わなかった。……約束したろう? みんなで朝日を見ると。生きて帰ると」
俺は鮮明に覚えてる。絶望に負けそうだった闇夜の下で、皆と感じた希望の光を。
虎郎と、愛魚ちゃんと、璃音が生きていた証だけは忘れるものか。
「ボクは死んだんだよ七郎」
「認めない。取り戻してみせる。やり直してみせる」
「ボクは君が作る幻だ」
信じない。璃音はここに居る。俺が忘れない限り、魂は世界のどこかに居てくれる。
そう信じたからこその10年間だ。
「引き返しなよ。勝也みたいに、嫌な記憶を捨てて前に進むといい。七郎を見捨てたことは、まあ、許容してやるつもりは無い。けど人間の生き方としては、勝也のほうがよっぽど健全だと思うね」
「もう遅い、10年前にやるべき事は選んだんだ。どんなに苦しくても、俺は真理愛の示す糸を掴む。シルヴィアと一緒にだ。……だから璃音、頼むよ……もう少しなんだ……もう少しだけ、昔みたいに一緒にやろう。まだ俺と、一緒に……」
……わかってる。この幸せな光景が長く続かないことは。
段々と璃音の声は遠くなってきている。今の俺に引き留めるチカラは無い。
でも望んだっていいだろう!? これが、俺が夢にまでみた時間なんだからッ。
「ふん、今の君に出来るとはおもえないけど……だけどボクは結局、君にとって都合のいい幻だ。役目を果たすまでは後ろで眺めてやるとも。すぐに足元を掬われるだろうけど」
できるさ。やり遂げてやる。その為に準備に準備を重ねてきた。
理論と素体は完成してる。あとは邪魔をする者を排除するだけだ。
「不安だね。実に不確かと言わざるを得ない。いま君が狙っている人物はね、君はまだしも、君の協力者が知恵を絞って遂げた情報封鎖を搔い潜ったんだ。そんな人間が杜撰な足跡を残すと思うのかい? これほど分かりやすい罠に吊られて、なおかつ追跡に気づかない今の君には、とてもとても……」
「追跡っ?」
―― っ、しまった
振り返れば、確かに通路の奥に気配がある。向こうも俺が感づいた事を察した様子だ。
注意が散漫だった。
……いやこの場合、璃音が幻だったとしたら璃音の功績=俺の功績としていいのでは。……つけられた時点でどっちにしてもミスか。
「誰だ」
邪魔者が俺の企みに気づいてよこした専門家かな。騒がれると面倒……――。
「何をしようとしているか暴いてやろうと思ったけど、残念。もともと隠れるなんて性に合わないやり方だった……だから直接聞く。どこへ行くの、墨谷七郎」
「……烈剣姫」
通路の奥から姿を現したのは、疑いの視線を送る銀伽藍であった。
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