意識の底へ
涼やかに、それでいて重みのある声でなぞられた、先代聖剣遣いとの記憶。
メセルキュリアの語りには愛情と、どうしても隠し切れない悲しみが滲んでいた。
「カロリーナ=レイルムーン……。100年前、彼女は城を出発し二度と帰ることは無かった……もちろん今となっては生きていないだろう。だがワタシは、未だカロねぇさまが世界のどこかに居る気がするんだ。……ふふ……きっと、お別れを言えなかったからだろうな」
「……そう、なの。それが、メセルの前の聖剣遣い」
「聖剣は運命神の御業。人には理解しえない領域も多い……適合者の意志が無ければ、刀身はただの剣。逆に言えば、ワタシの意思さえあれば、剣はワタシの手に無くとも魔力を発する。コレを利用して聖剣を城の防衛魔術のエネルギー源にしたり…………魔力を辿って、ねぇさまの聖剣を探せないかと考えた事もあったが……」
「でも見つからなかったのね」
「やはり100年前の時点で、ということだろう。もしねぇさまを害した存在が分かれば、必ずワタシの聖剣で仇を討つ! あいにく機会は100年巡ってこなかったがなっ」
冗談半分にメセルキュリアは笑う。仇が存在したとしても、長い時が代わりに仇の命を奪っているだろうと理解しているのだ。
「やるせない……運命の女神が、聖剣から答えてくれればいいのに」
「それこそ望めないな。……長々と話し込んでしまった、すまない」
「いい。メセルが……というより、ウィレミニアが【現在聖剣】を重要視する理由がわかった気がする。まさしく世界を魔王から救った剣……そんなモノが、伽藍の手に……」
「運命が伽藍を必要とした故に聖剣は現れた。選ばれた自分を信じ、正しいと思うことに使うがいい。運命神もそれを望むだろう」
「正しい――こと。伽藍にとって正しい事は、強い剣士であること。正義には強さが必要。……伽藍は、今よりもっと強くならなくちゃいけない。誰にも負けないくらい、強く……」
「…………そうか。強くなるために、適合者だからこそ出来る事もあるぞ。聖剣は魔力の無限装置だけでなく、己の魂を写す鏡として扱える」
「どういうこと?」
「自分の心が何を望むかを明瞭にして、自身の魂を縛る枷を自分自身で取り除く。わかりやすく言えば聖剣との同調を強め、より自由に無尽蔵の魔力を扱えるようになる。こちらの言葉でチューニング? といったか……伝わるか? ともかく、実際に体験した方が早いな……」
メセルキュリアは自身の聖剣を膝に乗せ、伽藍にも鞘から刀身を抜く様に促す。
伽藍は先ほどの話をいまいち理解しきれないが、疑わず見たままに倣うことにした。
「ワタシが伽藍の聖剣を“分譲”だと感じることが出来たのも、長い時間を掛け聖剣と一体になればこそだ。試してみよう。【現在聖剣】が2本存在するなど初めてだが……源は同じだ。これを利用すれば、ワタシが伽藍を導けるかもしれない」
互いの聖剣を重ね手を添える。刀身が内包する暗い宙に白の輝きが瞬き、さらに美しい白は、極彩色の光を2人の手のひらの中に彩らせていく。
「メセル――これっ」
「いいぞ、集中しろ」
伽藍は誰に言われるでもなく眼を閉じる。瞼の裏の暗闇が徐々に光を得て、浮遊感すら感じるほどだ。
―― せやからッ、剣を離すんじゃないで!
「(……あ、この声……)」
―― 剣を手放すっちゅうんは死んだも同じやッ。悪党に負けてのう!
―― ごめんなさい、おとうさん
聞こえてきた声は幼い日に聞いた父の声。
映し出された光景は、未熟な時分の修練の苦痛。
―― お前は銀の正義を継ぐんやッ。それだけがお前の生きる意味やさかい!
じゃなけりゃ去ねっ。器に成れんお前に価値はないんや!
―― ごめんなさい。ごめんなさい。
「(記憶……そうよ、これは昔の……伽藍はあの頃とは違う。強くなった)」
この光景が現実でないなら、此処は間違いなく聖剣が見せる世界なんだろう。
自分の記憶、魂の中身だ。
「(底の知れない、大きな魔力を感じる。実父の向こうが伽藍の行くべき場所)」
言葉が無くとも直感で分かる。記憶の実父の奥に在る光が、聖剣の……!
―― 手の皮が破れたからなんだっ、剣を握れぃーーッ
「う……うぅ……!」
わかっているのに、足がすくんで動かない。いつの間にか自分の手が、泣きながら剣を振るう幼い自分に重なる。
「伽藍、気をしっかり持て」
「メ、セル……?」
気づけば、記憶に居ないはずのメセルキュリアが隣に膝を着いている。
少しだけ冷静さを取り戻してみたものの、実父の影に近づく勇気がどうしても出ない。踏み出せない。
「大丈夫だ、息を吸え。……これ以上、心に負担を掛けるのは避けるべきだ。ワタシの手を取れ、意識を戻す」
「う、うん」
たぶん“導く”とはこういう意味だったんだろう。正直、居てくれてすごく嬉しい。
メセルの頼りがいのある手を握る。すると意識が上へと引っ張られ、記憶の光景が霞んでいく。
痛みの記憶に蓋をする安心感を得たのも束の間、重い瞼を開く直前、再び映像が頭に直接滑り込む。
“ねぇさま、どこに行ってしまったの? 生きているんでしょ?”
これは伽藍じゃない。違う誰か。知らない部屋。知らない星空。
開け放たれた窓からの夜風もリアルに感じる。
“ ? な、なに……!? ”
絨毯がひかれた1人きりの部屋の中、何もない空間に極彩色の光が突如渦巻く。だんだんと光は、剣の形を帯びてきて。
“ ――いやっ……そんな……じゃあカロねぇさまは、ホントに…… ”
銀の髪を握りながら、記憶の少女は悲しみに震える。光るソレが何かを彼女は理解したのだ。
【聖剣】は世界にひとり。自分が、次に“選ばれた”人間なのだと。
“ カロねぇさまは……世界を守った。自分を犠牲にしてでも立派に…… ”
泣き叫びたいほどの悲しみがあったろうに。それでも少女は憧れの姿を胸に抱き、次代の聖剣遣いとしての覚悟を決める。
“ ねぇさまが守った世界を、わたしが……今度は……ワタシがっ……!!”
剣の枠組みには、無限の魔力が作る宙だけがあった。
……………………。
「大丈夫か伽藍っ?」
「――」
だんだんと意識が戻る。顔に当たる柔らかい感触と、上から覗き込むメセルの顔が、混乱した頭を落ち着かせた。それどころか、感じたことの無い懐かしさある。
ああ、これって……――。
「……んむぅ、おかあさん……」
「ん?」
「…………あ」
大きな胸に顔を埋めてしまった所で我に返る。伽藍はいま、とんでもなく恥ずかしい事を……!?
「母親というのは、こんな気持ちか……泣きたいのなら、まだワタシの胸で泣いていいんだぞ? んー?」
「~~!? ち、違っ! 離してッ。伽藍は泣いてない! こ、この涙は、そう最後の、伽藍のじゃない記憶のせいっ」
気を失った間、メセルに抱かれていたらしい。飛び起きるように距離を取り顔を隠す。
こんな、弱みを見せるみたいな……っ。
おそるおそるメセルの顔を伺うと、彼女はいたって真面目な顔。
「すまない……伽藍の記憶に、ワタシも触れてしまった。そうか、アレがお前の原点であり、“枷”だな」
「枷……」
「聖剣を扱うのに大事なのは、心から願う事。あの記憶は、伽藍が自分自身で願うことを否定する枷。アレを乗り越えた先で、聖剣は真の力で応えるだろう。なに、時間はある。ゆっくりと向き合えばいいさ」
「……メセルもそうだった? 聖剣を扱う為に自分の心と向き合って……カロリーナの死を乗り越えた。初めて聖剣を手にした夜から、向き合い続けて……」
「……見ていたか……そうだ、おそらく伽藍が最後に見たのはワタシの記憶。聖剣がワタシに継がれた日の光景だ。互いに、恥ずかしい部分を晒してしまったな。秘密にしてくれ」
「伽藍が泣いたのを、誰にも言わないでくれたら」
「交渉成立だ。……ふふ、寂しくなったらまた抱いてやってもいいぞ。存外悪くない気分だった」
「~~もうっ! そろそろ会場に戻る!」
「ああ、待て。手を繋いでやる」
「子ども扱いしないでっ」
からかうメセルを後ろに庭を歩く。恥をかいたのに、それでも振り返ってメセルを待ってしまうのは、記憶の中で感じた寂しさがそうさせるのだ。
「(いつか、聖剣の真の力を引き出して見せる。実父に認められて、誰にも負けない剣士になる! ……なぜか遠く感じる願いだけど、メセルが居てくれるなら大丈夫な気がする)」
伽藍は、友とはまた違う頼もしい味方を得た気持ちになり、軽やかにホテルの明かりへ歩いていくのだった。
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