第14話 先輩の破壊力
「Who done it? 『誰が犯人なのか』はミステリー小説の華ですよね?」
ですよね? と同意を求められても。今までは彼女に乗っかって話を合わせていたが基本僕はミステリーをそこまで読まない。しかし、これが彼女にとって貴重な……。貴重なのだろうか? 会話権の一回分だとすると無下にするのも憚られる。
几帳面な性格というのも考え物だ。僕の呪いと合わさり、最悪のコンビネーションを生み出している。
「まあ、そうかもな。そこを重視して読む読者も多いだろうし、ドラマでも、小さいころ、うちの母がよくやっていたな」
物心ついて間もないころ。まだ両親に疎まれていないときの話だ。僕の母が晩飯の後にやっていた探偵ドラマが好きだった。「この人怪しいでしょ!」と予想をして、当たれば鬼の首を取ったように喜び、外れてもそれはそれで楽しんでいる様子だった。
あの頃の僕は難しい推理などできずに、派手なアクションシーンだけを好んで見ていただけだったが。懐かしい。何故だろう、泣きそうになっている。そうなれば白鳥さんは僕の謎現象に興味を持ってさらなる追撃をしてくるだろう。鼻声になりそうになるのを咳込み無理やり誤魔化すことにしよう。
幸い、白鳥さんはミステリーのPRに夢中なようで気付かれることは無かった。
「見るからに怪しい動きをしているのはミスリードかな。とか。ここで作中の人物が言いそうにないことを言っている。つまり嘘をついているかもしれない、その嘘が犯行を隠すものだとしたら。そうやって不可能を消去して最後に出てきた選択肢が真実なんです」
ふふん。と胸を張る白鳥さんはとても可愛らしかった。思わず笑みがこぼれそうになってしまう。こんな趣味の話をする友人も初めてだったのかな、と思うと不思議な話である。こんなにもいい子で、容姿も整っていて、超のつく程のお嬢様だ。何故一人でいるのだろう。彼女にあてられて、なのかはわからないが、僕も彼女の持つ謎に魅力を感じてしまっているかもしれない。
「確かにそうかもしれないね。君はシャーロキアンなわけだ」
「ご存知でしたか。作品はお読みになったことが?」
「いや、読んでいないね。有名なのをドラマで見たことがあるくらいだ」
「あー……」
彼女は頬を掻きながら居心地の悪そうな表情をする。不思議に思い訊ねてみる。
「ドラマは邪道とかいうステレオタイプな人間なのか? なかなか面倒くさいタイプの推理オタクなんだな」
「いえ、ドラマだと“わかってしまう”ので」
そうか、この子の謎の洞察力は俳優の名演技さえ見抜いてしまうのか。規格外だな。
「では次にHow done it? どうやってやったか。殺人事件だとトリックに相当します。カラクリのような道具を使ったり、共に行動していた人とのアリバイだったり、ミステリーには巧妙に仕掛けが施されています。現実の事件だとあまり起きませんね」
「確かにそうだ、そんな趣向を凝らすくらいならば、誰もいない夜道で後ろから石で殴り殺したほうが成功率は高い。それでも現実的には人間関係から洗われるから完全犯罪は難しいだろうが」
しかも今の世の中には町中に監視カメラが設置されている。まったく無関係な人間を殺す。計画的無差別殺人なら可能だろうが、よっぽどのサイコパスでもない限り動機が無いだろう。
「私はもちろんその二つも好きなのですが、特別好きな物。Why『Why done it?』何故私はこの『何故やったのか』が好きなのでしょうか?」
「……」
柄にもなく真剣に考え込んでしまっている。ミステリーをこよなく愛する白鳥希子。この子は存在自体がミステリアスなのだ。何故か僕に付きまとい、何故か友人はゼロ。僕もミステリーの美しさに飲まれてしまっているのだろうか。それはいけない。良くない兆候だ。
「わかりますか?」
「想像できないな。大半の人は流し読みするところだろう。君が人間関係を重視しているからか?」
「まあ、それもあります。正解という事にしておきましょう。Why done it? は大抵の推理ものだと、明かされないか、もしくは追い詰められた犯人が語り出すか。そういった手法でしか表現されないことが多いです」
彼女は琥珀色の瞳を輝かせて両手を掲げ説明する。
「どうしてそうしたのか。これは、究極の謎なのです。犯行から推察出来るのは殺意の濃度まで。なぜ、そうしたのか。これは言わば犯人の人生なのです。これを解き明かすということは、犯行というひとつの欠片から、全てを知るに等しい。不可能にほど近い謎に迫るのは、恐ろしくもあり、しかしとてもエキサイティングです」
なんだ、結構単純な理由だった。他の二つだと簡単すぎるから、もっと難易度が高い謎をよこせといった気持ちなのか。どうしてこうまで「知」を追い求めるのか。僕の中の勝手なお嬢様像には全く当てはまらない。それだけ、狂信的なまでに真実に迫ろうとする彼女には何か理由があるのだろうか。……いけない。知ろうとしては、いけない。
「ミステリー。好きなんだね」
「正確にはミステリー小説、ですけどね」
人の好きな物の話を聞くのはなんと楽しくて、そして、なんと羨ましいのだろう。僕には出来ない事だから。僕はミステリー小説を好きになってはいけないな。彼女の大事なものを奪う結果になってしまう。
「お気に入りの一冊貸すので読んでみませんか?」
「いや、いい。興味はそんなにない」
実際読んでみたい。彼女をこれほどまでに虜にする『謎』の美しさを、僕も味わってみたい。好きの共有ができないってこんなにも悲しいものだったのか。彼女が貸してくれる小説も。僕と一緒に笑って話せる未来は来ないのだろう。
一つもらって、一つ失った気分だ。彼女の“好き”を知れたのが僕に与えられた事。そして、それに興味を持ってはいけない事が、僕が手放したもの。
「それじゃあ、阿礼さんの好きな物って何ですか?」
まただ。もう何度目だろう。この質問は何度聞いても辟易する。
「……戦争に渋滞。差別に排他。後はペットの糞尿かな」
「面白いです! とっても独特な趣味ですね」
やっぱりその顔。お見通しってわけかい。敵わないな。
「さあ、会話権は一回消費だ。僕は帰るからな」
「でも、私も同じバスに乗るんで、そこでもう一回会話権を行使しますね」
「……お好きにどうぞ」
本当に、困るよ。まったく。
■■■ 翌日
今日はバイトのシフトが入っている。祝日で店内が混み合うことが予想できたので、本城さんにも連絡しておいた。図らずとも三人のバイトが集結する日となってしまう。さて困った。どうやって嫌われよう。ただでさえ昨日の今日だ。未だ浮遊感が抜けていない。
考えても仕方がない。ただ、いままで通り不愛想に徹すればいい。取りあえず昨日作った会話券を8枚、白鳥さんに渡しに行かなくてはいけない。といってもお隣さんなのですぐだ。郵便ポストに入れておいたら気付くだろう。僕は白鳥さんに気付かれないようそうっと、入れた後、逃げるようにバイト先へと松葉づえをつきながら歩いていく。
□□□ 喫茶 「アプロ」
「あ、先輩。おはようございます。って。どうしたんすか? その足?」
「店長から聞いていないのか?」
「入院して休むってのは聞いてましたけど、そんな大ごとになっているとは」
ふむ。この喫茶店はどうも報連相が行き届いていないらしい。本城さんもいい子だと改めて思う。鼻つまみ者の僕に、優しくしてくれる。ついこのあいだ「嫌いだ」とまで明言した僕に。まだ女子高生ながら一人暮らしで、お金は自分で稼いでいるというのも敬服する。
「おー。阿礼君。おはよう。体調はどうかな?」
「良くも悪くもない、ですかね」
「そうか。白鳥君は一緒じゃないのか?」
「一緒? なんで先輩が希子ちゃんと一緒って話になるんすか店長」
本城さんは白鳥さんと面識があるのか? 確か僕が一昨日出勤した日に白鳥さんは初めて仕事をしたようだったが。
「本城さん。どうして白鳥さんの事知っているの?」
「だって私も面接に同席しましたもの、先輩バイトの目からも見てくれって店長に頼まれて」
本城さんはしたり顔で腰に手を当てている。はあ、成る程。場末の喫茶店だから起こる事態なのか。きっと本城さんとはいい友人になれるだろう。僕が率先して共通の女の敵にでもなれば一瞬だろう。
でも、今の僕にはそれが上手くできる気がしない。いつもだったらあれ程上手に立ち回れたのに。嫌われ者の面目躍如だろう、この場面は。
「いやね、彼女と阿礼君は同じアパートに住んでいるんだよ」
「店長! なんで知っているんですか?」
僕は情けない声を上げる。外堀を埋められたら、もうどうしようもない。極力隠していこうと思っていた矢先の出来事だ。
「……なんでって。よくよく見たら履歴書に書いてあるし」
それもそうだ。僕としたことが迂闊だった。しかし迂闊も何も僕にできることなどないではないか。偶然が重なってこういう事態になっているのだから。不可抗力である。
「あー、今の先輩が丸くなったのって、彼女ができたからっすか? わかりますよ。私も彼氏欲しいなあ……」
「ち、違……」
「でもそうだとしたらなんで一緒に出勤しないんですか? おてて繋いでここまで来ればいいじゃないすか」
だから、違うといっているじゃないか。頭の中がピンク色の恋愛脳め。そう考えていると玄関の鈴が鳴る。息を切らした白鳥さんが乱れる呼吸を整えつつ、僕に恨み言を言ってきた。
「なん……で。はぁ……。私の事、おいて……いくんですか」
だって別に、友達ってわけでも、恋仲ってわけでもない。筋違いの糾弾だ。
「あ! 希子ちゃんおっはよー」
「おはようございます、本城さん」
「百合香でいいって……にしても」
薄く笑う本城さん。その視線が僕の方を向く。
「両手に花ですね、先輩」
「そうだな、じゃあ僕は二本とも店長に献上しよう」
「つれないなあ……。私枯れ専じゃないんすけど」
「さりげなく僕の悪口を言ったね、本城君。時給が下がるかもしれないぞ」
「ナイスミドルって感じすよ、店長は!」
手首がねじ切れそうな手の平返しを見ていると、なんだか心が温まる。いままで僕は目を背け続けていたのだ。彼ら、彼女らの優しさに、人間性に。でも相も変わらず呪いはきっと有効だ。嫌われなくてはいけない。でも嫌われたくない。この暖かな場を僕の言葉一つで凍りつかせたくない。
「先輩……先輩か」
何やら白鳥さんがブツブツ呟いている。
「やっぱり私もそう呼んだ方が良いですかね? 阿礼先輩?」
ふぐぅ……。危ない。危うく昇天しかけた。本城さんからの先輩呼びには慣れていたのに、なんという破壊力だ。ヘビー級ボクサーのボディよりも効いたかもしれない。そんな人と戦ったことは無いけれど。
「とりあえず僕はキッチンで下準備に入るから、開店まで雑談しておいてくれ」
「あ、店長。待っ……速っ!」
何だこの店長は、僕たちの親睦の為に時間を作ってくれているのだろう。知れば知るほどいい人じゃないか。だからこそ僕は遠ざけていたのに。
「あ、阿礼さん。今日の分の会話券。これ凄いクオリティ高いですね。ラミネート加工までしてある。感心しちゃいます」
「会話券?」
本城さんが怪訝な表情をしている。うん。わかるよ。わかる。その気持ち。僕が君の立場だったらおんなじ反応をするだろうから。
「はい! 阿礼さんと週に10回まで会話する権利をもらったんです!」
言うな! 言うな! これだと僕の評判が。……何で僕は自分の評判を気にするようになったのだろう。これでいいじゃないか。変人、奇人。嫌われ者。パブリックエネミーの阿礼傑で。
「え? でも先輩、私とは普通に会話しているじゃないすか。こんなかわいい子相手に何してるんすか?」
正論だ。ごもっともだ。だがこれは僕が最大限譲歩してギリギリのところを責めた結果なんだ。
「僕は真剣なんだ!」
「ふざけているようにしかみえないっす!」
僕の弁明虚しく、本城さんはドン引きしていた。
皆様ここまで読んでいただき本当にありがとうございます。私事で誠に申し訳ないのですが、プロットの練りが甘かったのか、恋愛ものの作品に対する造詣に疎いためか、満足いく出来に仕上がりません。一旦この小説は休止させていただきまして、一度1から練り直させていただきます。
その間、私が同時進行で進めていたプロットで、ローファンタジーの物があるのですがそちらを連載していこうと思っています。
楽しみにしていただいた方には深くお詫びを申し上げます。今後またそちらのローファンタジーの作品の方でお付き合いいただければ嬉しいです。




