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翌日、学校に行くとクラスの奴らが口々に噂しているのが聞こえた。
「3年の本城先輩っているじゃん、ヤンキーの!」
「あー、まゆこも聞いた?あれでしょ?」
俺は無意識にこの会話の続きに集中していた。
ーー神経ダメになって寝たきりなんだってーー
どこかでこの答えがわかっていた気がする、が、この答えであってほしくないと願っている自分もいた。
「聞いた聞いたー!まじ可哀想だよね。」
「その先輩って女癖めちゃめちゃ悪いって評判の先輩?」
「それそれ!初めて聞いた時絶対嘘だと思ったけど、職員会議で話してるの聞いちゃったって言う子いるからさーーー」
ー死なない程度に体の自由がなくなればいいー
そんなフレーズが頭から離れなかった。
高校なんて、誰々が付き合っただの、テストはここから出るだの、○○先生と△△先生ができてるだの、そんな十中八九嘘の噂の巣窟だ。
いつも俺はそんな噂話を聞くたびに、そんな噂話に振り回されるのはおバカさんだと思い相手にしない。
今回だってそれでいいじゃないか。
職員会議って言われるとドキッとするが、噂話が一人歩きしてそういうオプションをくっつけるのはよくあること。
気にするな。
いつもそうしているだろう?
いつも通りいつも通り、これは噂。
どうせ1週間くらい経てばみんなこの話を忘れ、先輩も登校しているさ。
ーーできない、いつも通りができない
何度自分に言い聞かせても、いくら考えても信じないという選択肢が見つからない。
あ という文字を見て、これは あ じゃない。と信じるようなものだと思った。
無理だ。
そうこうしていると、
「よぉっ、はよ。」
急に背中を叩かれた。
近づいてくる気配にも気がつかなくて叫び声をあげかけた。
「っ!おお、藤谷、はよ。」
そう言って藤谷に笑顔を向ける。
ちゃんと俺は笑えているだろうか。
「それより聞いたか?本城先輩、後遺症で寝たきりらしいじゃん…やべえよな…でも命に問題はないんだろ?九条の言ってた通りだな!」
そうか、藤谷も聞いたのか。
口角が下がる。
「らしいな、俺も女子たちが喋ってるのが聞こえてさっき知ったよ。死なないってのは昼休み先生から聞いた。」
「それって俺に死なない宣言してからだろ?だからお前が当てたようなもんじゃん。見ただけで致命傷かわかるのか?医者になれるんじゃね?」
「致命傷かどうか見分ける医者ってなんだよ、はーい、あなた致命傷ですねー、さよならー、あなた致命傷じゃないですねー、頑張ってくださーいってか?どんな医者だよ…。それより寝たきりって話、噂だろ?どうせ嘘だろ。」
嘘だと言って欲しい。
藤谷との会話だと思えない緊張を感じる。
「それがよお、あながち嘘じゃねえんだって!さっき下駄箱で本城先輩と一緒のクラスの明智先輩に会ったんだけど、お前と古澤、昨日部活休んだだろ?んでそれが本城先輩つながりって知ってた明智先輩が教えてくれたんだよ。明智先輩の家と本城先輩の家近いらしくて、部活帰りに家の前通ったら明智先輩のクラスの担任と教頭が本城先輩の親と玄関で話してたみたいで、うっかり本城先輩の話が聞こえちまったらしいんだ。明智先輩は俺にしか言ってないようだったけど、噂ってやっぱり回るの早いな…」
聞くんじゃなかった。
賭けに出るんじゃなかった。
わかってたはずだ。
なんで確信を得るようなことをしたんだろうか。
本城先輩は死んでいないが、体の自由を奪われた。
アキちゃんのように。
いつの間にか古澤も登校していたが、藤谷もさすがに古澤にこの話をしに行くことはなかった。
俺はこの日なぜか初めて自分自身のことを恐れた。そして首元にいつの日か出来た痣は確実に濃くなっていた。