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先輩が大怪我をしたあの一件から一週間。
放課後俺たちはいつものように部活に行くためカバンを持って廊下を歩いていた。
職員室の前を通り過ぎようとしたとき、不意にガラガラッと職員室の扉が開き、中から担任が出てきた。
俺のクラスの担任は新任の女の人。
背は俺たちより全然低くて、顔1つ分くらいは違うだろう。背は低いもののすらっと伸びた手足。中学生とも見間違えるほどの童顔。陶器のような肌。そして何よりもその顔からは想像できないほどのグラマラスでダイナマイトなわがままボディ。
男の欲求を全て詰め込んだらこうなりましたって言って生まれてきたとしたら納得だ。
だが諸君、騙されてはならん。
彼女 桜木美琴 先生の真骨頂を。
我らが担任 河西美琴 先生は超がつくド天然だ。
稀に見る天然っぷりは学校内でも希少価値、絶滅危惧種認定すらされており、生徒、先生含めみんなで彼女を守っている。一部のおばさま先生達からは非常に疎まれているが、それも彼女が絶滅危惧種であることを裏付けるに他ならない。
始業式の日は日にちを間違え、翌日登校する生徒に向かってクラッカーを鳴らし入学おめでとうっ!と言いながら校門に立っていた。
遠足の日は遠足で行った京都で漬物ばかり買い込みバスの中が大変な匂いになり、漬物の気持ち体験ツアーになったのは言うまでもない。
このレベルが日常茶飯事で誰が天然じゃないと言うだろう、いやいない。
天然というよりただのバカじゃん、と思うか?いやいや、頭だけはいいんだって。帰国子女で東大卒業、英検、数検、漢検共に一級、書道も空手も段を持ち、スキルだけ見れば、向かう所敵なし…なのだが(´・ω・`;)
まあ要するに、だ。こんなスキルを持っているが、普通のことができない。本来なら学校教師などあり得ない彼女が、なぜ周りに受け入れられるか。
可愛いんだもん。
そう、可愛いは正義、可愛いこそが最強。それは全世界共通のようで。
まあそういうわけで、癒し担当であることは周知の事実であるわけで。
って、そうじゃなくてーー
「みこちゃんじゃーん!ばいばーい!」
「うっす」
「ばいばーい」
俺と藤谷は古澤のみこちゃん呼びにも特につっかかることなく通り過ぎようとした。
するとみこちゃんは
「はい、ばいばい!あっ!そうそう!九条くん!」
「え、なんすか?」
「今さっき病院から電話があってこの間ガードレールを突き破って意識不明だった人、意識戻ったって!特に大きな怪我もなく、意識だけなかった状態みたいで、検査しても何も問題がなかったから退院するそうよ。」
先輩のことが大きすぎてすっかり忘れていた。ガードレールを突き破っておいて大きな怪我もないとはなんたる強運の持ち主だろう。でも無事でよかったなぁ。
すっかり忘れていたことはまあ、おいておいて、素直に相手の無事を喜ぶ。
「そうだったんだ、ありがとう先生。俺ずっと気になってて、夜も眠れないほどだったんだ!」
あはっ!っと爽やかな笑顔を振りまく俺の隣にはジト目の2人。
まあいいさ。
「そうよねそうよね、心配よね!でもそういえば、その人、ガードレールを突き破った時の記憶がおかしいらしいのよね。自分の意思ではないというか、ガードレール向かって走っていることに対して違和感を感じなかったというか言ってるらしいの。そんなことありえるのかしらね…」
みこちゃん、急に何を言い出すのかと思ったら。
「記憶がまだ曖昧なだけなんじゃない?」
珍しく普通の発言をした古澤。
確かに。事故の後は記憶が曖昧になる話はドラマやアニメでよく見る。
「それもそうなんだけど、記憶が曖昧ってわけじゃないみたいなのよね。ガードレールに突っ込む記憶はしっかりあるみたいで、でもそれがまるで運命のように感じたというか…」
「ガードレールに突っ込む運命って嫌だなぁ…てかみこちゃん、なんでそんなに詳しいの?笑」
ごもっとも。
なぜそんな詳しく知ってるんだ?
まさかその事故した人の知り合い?
「詳しい理由?ああそれはねさっき電話かけて来た人、実は私大学で同期だったの。それでたまたまその人が入院していた病院がその同期の子の職場で電話の相手だったってわけ!もうびっくりしちゃって!」
うふふ!と言いながら楽しそうに話すみこちゃん。
そんなに楽しそうに話す内容でもないぞ!って、え、病院ってそんなにゆるゆるで大丈夫なの?!みこちゃんにそんなこと話して大丈夫な感じ?!ってツッコミを入れかけたけどめんどくさくなるのも嫌だったからスルーした。
「これじゃあ誰かに落ちるように命令されたみたいよね!」
みこちゃん、今なんて。
「さすがにそれはないわみこちゃん笑」
笑い合う藤谷とみこちゃん。
そうだそうだといって笑いたかった。
笑えなかった。
顔の筋肉が動かない。
まるで俺だけ時間が止まってしまったみたいに、周りの声が小さくなり、寒くなり、真っ暗になった。
俺は自転車ごと転んで痛かった。
それなりにスピードも出ていたから結構な勢いで。
転がってる俺を無視して相手はどんどん進んで行く。
くっそ、おい、なんで無視するんだよ。
せめて一声かけるか止まるくらいしろよ。
結局そいつはカーブに差し掛かるまで俺を振り返ることもなく。
俺は何箇所か擦りむいた体を起こし思った。
ーーお前も痛い目に合えばいい
呼吸が荒くなる。
酸素が足りない。
寒い、怖い、誰か助けて。
俺じゃない、俺は悪くない、そもそもそんなことありえない。
この前の古澤の言葉を引きずりすぎなのか?
おれが見えるのは予知だ。
俺の意思とは関係ない。
ーーじゃあなんで今まで嫌な予知を見たことがない?
ーーなんで俺の望みを叶えるような予知夢しか見てこなかった?
きっとそういうシステムなのだ。
そうに違いない。
自分の望んだ予知しか見ないし見えない。
ーーそんなわけあるか、そんな都合のいい話あるわけがない
いやいや、そもそも予知が見れる時点で都合も何もないって
ーー自転車のことも本城先輩も今までの予知もすべて俺の望みであった。
それがどうした。
ーー俺が望まなければ誰も怪我をしなかった
違う、違う、違う、違う、違う、違う
ーー本城先輩が血だらけになって、死なないが体は不自由になるのも、自転車の男がガードレールを突き破って落ちたくせに大きな怪我がなかったのも…
ちがう、あれは、おれじゃない、見えただけで
ーーいい加減気づけ、俺は予知を見ているんじゃない、
俺は、ーーーー
「…!おい、九条、固まってどうしたんだよ、みこちゃんも困ってんだろ。部活行こうぜ。」
藤谷に呼ばれてハッとする。
隣で古澤が心配そうに、でもどこか怯えたようにこちらを見る。
「悪い、みこちゃんもごめん、部活行こ。じゃあね、みこちゃん。」
普段通りを心がけたが俺にはもうあまり余裕がなかった。
絶叫しそうで泣き出しそうで、もうこの気持ちがわからない。
するとみこちゃんは、
「No、No気にしないで!部活頑張ってね!…あれ、九条くん痣、大丈夫?ほら、ここ、首んとこ。」
そういってみこちゃんは自分の首を指差す。
「大丈夫大丈夫、これ、痛くもなんともないんだ。んじゃ!」
これ以上詮索されぬよう足早にその場を去る。
部活中もおれはどこか上の空でそれを見かねた先輩がもう帰って休めと言った。
そんなにひどかっただろうか。
でも正直今はサッカーを思い切りやって何も考えたくなかった。が、仕方ない。
更衣室で俺が1人か帰る準備をしていると
ドアがあり古澤がやってきた。
「九条、やっぱりお前、ーー
この瞬間俺は今まで大きすぎる勘違いをしていたのではないかと思った。




