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終章 緋色の恋人



―終章 緋色の恋人



「あたし、警察に行こうと思うの」

落ち着きを取り戻した愛は、緋田にそう打ち明けた。

「もう詐欺はおしまい。今までの全部償ってくる」

刑法や民法上に結婚詐欺の明確な規定はない。それゆえ判断が難しいものだが、こちらに騙す意思があったことを言えばさして問題ないだろう。

「そう」

愛さんが決めたなら、と緋田は特に何も言わなかった。

すっかり辺りは暗くなり、夜の音がする。

2人は桜の木の根元に腰掛け、これまでのこと、これからのことを話していた。


「じゃ、俺も警察行くかな」

詐欺の他にも、フィッシングの際に作った偽のサイトが、著作権法や商標法を侵している。それに関しても、罰せられねばならないだろう。

「いいの?」

「なにが」

「だって、会社とか大丈夫なの?」

自分に付き合う必要はないのだと、愛は言った。

「別に無理して言ってるんじゃない。そうすべきだと思ったから」


あの会社のことなら、なおさら心配する必要などない。元からそう真面目に勤務してたわけじゃないし、と彼は笑った。

「章造さん、悲しむんじゃないの?」

「そんなのますますどうでも良いことだ」

どうでも良いのは興味がないからではなく、心の底から彼なら問題ないと思っているからこその『どうでも良い』。

こちらが心配せずとも上手くやるだろう。


「あ」

突然、愛が声を漏らす。

「何」

「流れ星、見えたかも」

お願い事はできなかったけれど、と悔しそうに笑った。

もし、流れ星が願いを叶えてくれるのなら、そのたった一つの願いは緋田のために使いたいと思う。


出会いも詐欺も、彼は全てを話してくれた。

その最後に、愛のことを好きだと結んで。

愛も彼に惹かれていて、昨日食事の席で好きだと言った気持ちに偽りはなかったのだと思う。

それでも偽物の恋人だから、『最後』を作らなきゃならない。

どうしようもなく葛藤して、苦しかった。


「愛さん、印鑑持ってる?」

愛が空を仰ぎながら考えごとをしていると、緋田が唐突に尋ねる。

「家にしかないわ」

ただでさえ軽装で来ているのである。印鑑なんて持っているわけがない。

「じゃあ、愛さんの家に行こう」

緋田は立ち上がり、愛の手を引く。

「え、何。どういうこと?」

引っ張られるままだった愛の問いに、緋田は立ち止まって振り返る。

「これ、書いちゃおう」

取り出したのは、無記入の婚姻届。

前に緋田に渡したものは、赤瀬里桜の名前が書かれているため使えない。

そのため、新しく書こうと言うのだ。


「あたしの家、狭いし汚いし古いし」

だから、一緒に行くのは嫌だと精一杯拒む。

「そんなの解ってるから良いよ」

「解ってるって何」

楽しそうに笑う緋田に愛は僅かに頬を膨らましたが、アパートまでの道案内をした。


「でも『赤瀬里桜』が本名じゃなくて良かった」

道すがら、本名だったらどうしようと思っていたと彼は呟く。

「どうして?」


「結婚したら、名前、同じになっちゃうでしょう?」




それから月日は流れて、さっぱり罪を償った二人は章造の元を訪れた。初めのうちは面食らった章造だが、祝福してくれた。

まだ届け出ていない婚姻届は、結婚式の当日に出しに行こうと決めている。

愛のアパートは既に引き払い、荷物はあのフィッティングルームに全て運び込まれていた。


「あ。ねえ、吏雄くん。今度、沙也加が遊びに来たいって言ってるんだけど良いかな」

施設にいた頃からの友達で、可愛い犬を一緒に連れて来るから会わせたいのだと言う。

「良いんじゃない?」

「もうすっかりおじいちゃんだけど、可愛いわんちゃんなんだよ」

きっと吏雄くんも仲良くなれるから、と愛は笑った。


愛の薬指には、いつか贈られた婚約指輪が輝いている。

朱原愛に贈る、新しいものをと緋田は提案したのだが、愛が譲らなかった。これは、これで、思い入れがあるのだ。


真っ赤な嘘の恋人だった二人は、本当の恋人になり、まもなく式を挙げる。


誰もが羨むほど幸せになると彼女は言った。


それなら君にその幸せを与える役を買って出ると彼は言った。


そうして二人はこれからを楽しく過ごしていくことだろう。


互いの小指を飾る、緋色の糸に導かれるようにして。





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