第一話〜三姉妹と太っちょ警部〜
ここは警視庁本部施設の近くにある商店街。
その商店街にある殆どのお店にはシャッターが降りていた。
そんな中に一軒だけが“営業中”の看板を出しているお店がある。
『喫茶店 茶畑』
その喫茶店はレンガ調の造りをした外観で、シャッターが次々と降りている場所には、かなり目立っていた。
時刻は13:00を過ぎようとする頃。
ランチタイムは終了し、店の中から数名の常連客が出てくると、満足そうな顔をして「ごちそうさん♪」と言っていたので、味は悪くない様子だ。
そして、一番最後のお客さんが店を出ると、その後をピンク色のエプロンを着けた髪が長い丸顔の少女が“にこやか”な笑顔をして「ありがとうございました~♪またお越し下さいませ~♪」と言って深々と頭を下げに店先に出て来た。
彼女はお客さんが店から見えなくなるくらいまで頭を下げている。
これは、感謝の気持ちを御辞儀の長さに表した、彼女なりのサービス精神なのであったらしい。
暫く頭を下げていると、店の中から髪の毛を頭の後ろで一つ結んだポニーテールの少女が、ほうきとちりとりを持って出て来ると「ついでに掃除しといてよ」と言って、道具をグイッと押し渡すのだった。
「ち、ちょっと~、今日の掃除係りは“神奈子ちゃん”でしょ~?!」
髪が腰まで長い彼女は目を真ん丸く身開いて、ほうきとちりとりを拒絶するが断れない性格なのか“神奈子”という少女が強引な性格なのか知らないが、結局、髪の長い丸顔の少女は道具を受け取ってしまっていた。
「どーせ、外出てんだから“ついで”じゃん。私は店の中を掃除すんだから“彩花”は外を掃除してよ。一石二鳥!」
にっこり笑って“彩花”という少女を言いくるめ彼女はVサインをして立つ。
彼女の見た目は14歳~16歳くらいの容姿で、割と幼く見えるせいかVサインが、彩花には自然な姿に見えていた。
「は、はぁ…。」
そんな満足そうな神奈子を見て(私より、2歳年上には見えないよなぁ)と、少し蔑んだ目をしてVサインをする彼女を見ていたのだった。
Vサインをする彼女の名は“赤城 神奈子“
年の頃は自称17歳で身長は155センチとやや小柄な感じではあるが、性格が天真爛漫な所があるせいか存在感は大きい。
常に黒い髪の毛を頭の後ろで一つ結びの“ポニーテール”にしている。
少し日に焼けた褐色肌が“健康優良児”的な印象をもたらしているが、ガサツな性格を持つ彼女の一面も後押ししていた。
だが、笑うと綺麗に二本生え揃った彼女のチャームポイントであるの“八重歯が”見え、可愛く映るのでガサツな一面はパッと見ただけでは分からないので少しだけ得している。
神奈子は外掃除を彩花に押し付けると、赤いエプロンを取りながら店の中へと入って行った。
渋々、外掃除をやる羽目になった彼女は“桃沢 彩花“
見た目は神奈子の方が年下に見えるのだが、実は2歳年下の15歳という事らしい。
彼女は身長が160センチもあり、神奈子より背が高い事や口調以外の立ち振る舞いが普段から大人びているせいか、他人からは彼女の方が年上に見られる事が多い。
腰まで伸びた黒い髪の毛が“清楚な女子”というイメージを持たせているせいか、中年男性客には彼女のファンも多くお店の“アイドル”的な存在だった。
お店のドアを開け、神奈子が店内に戻ると8人は並んで座れる細く伸びたカウンターや、4人掛けの広さくらいに対応した四角いテーブルの上に椅子が全て逆さになって乗せられている事に気づく。
「ありゃ?“葵ちゃん”椅子上げてくれたの?」と、ニコニコしながら、神奈子はカウンターの中で食器を洗っている背の高いショートカットの女性に話しかけた。
すると彼女は、ぶっきらぼうな態度で「あんたが、モタモタしてると何時迄経っても店が閉まんないからね」と、少々嫌味を込めて返事を返す。
彼女は“蒼山 葵”
身長が170センチ以上ある事や、大人っぽい顔つきのせいか二十歳以上に見られる事も多いが、神奈子の一つ上で18歳年齢らしい。
ショートカットの見た目から想像するに、彼女の性格は男勝りで神奈子と彩花の“お姉さん”的な立場だ。
一応、このお店の店長も務めている為か、頭の回転は早く段取りが良いので、昼のランチタイムは彼女の指揮により、2人を動かしお店を切り盛りしている。
そんな3人が運営している“喫茶店 茶畑”のランチタイムは、従業員の手際の良さ、愛嬌の良さから多少なり味はイマイチでもいつも賑わっていた。
「さて、食器類も片付けたし、売上の確認でもしようかな」
青いエプロンを脱ぎ、一回背伸びをすると葵は、入口近くにあるレジを締めて本日の売上の確認をしようとすると、お店のドアが急に開いて鈴が勢い良くカランカランと鳴り響く。
店先を掃除している彩花が入って来たのかと思った葵だったが、ドアから入って来たのは彩花では無く割腹の良い身体付きの中年の男性だった。
「あ?勘太郎ちゃん!いらっしゃい♪」
店内を掃き掃除していた神奈子が、頭のポニーテールの尻尾を揺らしながら、店に入って来た男性に挨拶をする。
「えぇー、今からレジ締めようと思ったのに」
迷惑そうな顔でその男を見ると、男は「まぁ、そう言うな。いつもの頼むわ♪」と、悪びれる事無く葵に向かって声をかけ、男はカウンターに上げられた椅子を勝手に降ろして座り込む。
そして、先程、葵が綺麗に洗ったコップを手に取り水を汲むと、それを一気に飲み干した。
その慣れた行動から、彼がこの店を熟知するかなりの常連である事が分かる。
むすっとした顔で葵は、自分達の賄い食に用意していた“カレー”を小分けにして、スプーンと一緒に彼の前に出すと、彼は大きくカレーを掬い口の中に入れると、それを無言で食べまくるのだった。
「いつも思うんだけどさ?食べてる最中に“美味しい”とか言ったりしないの?」
カウンター越しに彼女は、毎度毎度、黙々とカレーを食べ続ける彼を不思議がっていた。
すると彼は「美味い訳じゃないんだが、この店の“蓮根カレー”は病みつきになる味だ♪」と、一言言ってカレーを完食した。
「何か複雑」とボソっと呟く。
そして、葵は彼に「んで?ただ、昼ご飯食べに来ただけじゃないんでしょ?」と話しかけると、彼は水をゴクゴク飲んで胸ポケットに入っている黒い手帳を出す。
すると勢いあまって、ポケットからもう一つ黒い手帳が床に落ちたので、それを神奈子が拾って男に手渡した。
「ちょっと、勘太郎ちゃん。警察手帳って大事な物じゃないの?毎回、落とすよね?」
呆れた感じで神奈子は話すと、彼はニコニコ笑いなが誤魔化していた。
彼は近くにある警視庁に部署を構える刑事部長“黒岩 勘太郎”
丸く突き出したお腹や脂ギッシュな顔からして、40代半ばの完全なる典型的な中年だ。
肩書きは『警察庁長官室付特別捜査班』の部長なのだが、部下は女性警察官が1人しか居ない小さな部署の責任者だった。
あまり聞き慣れない捜査部署。
彼の部署が担当して捜査する事件は主に“不可能犯罪”である。
今回もそういった事件の合間に、この店に立寄り昼食をとっているのだ。
「今回の事件で被害者は5人だ。しかも、最初の事件以外は全て不可能犯罪。そして、現場に落ちていた動物の毛のDNAや殺害方法が似ている事から、一連の事件は共通して今朝方亡くなった同一犯の犯行で間違いないだろう」ペラペラと手帳をめくりながら、葵に事件の情報を横流しする黒岩。
本来ならば、刑法に違反する内容だが実は葵達は彼の協力者であった為、情報共有しているのだ。
「でもさ?犯人は私達が“やっつけた”訳だし、これで事件は解決したんじゃない?」
床を適当に掃きながら、黒岩の話に割って入る神奈子。
すると葵は「掃除を適当にしない」と注意した。
「確かに君達“三姉妹”が犯人を倒してくれたおかげで、殺人事件は終わったかもしれんが、犯人の動機がわからない以上、終わったと断言出来ないな」
手帳を見ながら黒岩は神奈子を見つめると、彼女は葵を指差して「理由を聞く前に勢い余って倒しちゃったのは葵ちゃんだかんね!」と言うと、葵は「だって、あの外道がマジムカついたんだからしょーがないじゃん!」と、腹を立てながら反論していた。
「倒してしまったのは仕方ないが、まだ事件は終わって無い気がするんだよ」
黒岩は、そんな言葉を真剣な表情で呟く。
2人は「どうして、そう言えるの?」と興味津々に彼に聞くと、鼻息を鳴らして彼は「刑事の勘だ!」と自信満々に言い放つ。
それを、2人は呆れた顔で彼を見ていたのは言うまでもなかった。
黒岩は、今迄調べた事をデータに転送したいと言うと、葵はカウンター奥にある部屋に置いてあった、小型タブレットを持ち出して彼の持つUSBメモリーを繋ぐ。
そして、それが終わると「何か情報が分かったら連絡してくれ、俺も部署にある“スパコン”で再度調べ直すわ」と言って店を出たのだった。
「勘太郎ちゃ〜ん、また来てね〜♪」
店先を掃除する彩花は小走りで去って行く彼に手を振りながら見送ると、暫くして慌てて神奈子が店先に出てきた。
「勘太郎!お勘定!」
しかし、彼女が出てきた時には彼は既に居なく「勘太郎め、最初から食い逃げするつもりだったな?!」と、葵はボソりと呟いたのであった。