31話
林での戦いが終わったあと、屋敷へ戻る道は不思議なほど静かだった。
隊士たちは残党の確認へ散り、捕縛した者の処理も進んでいる。空はすっかり昼へ向かい始めていた。
昨夜から続いた騒動を考えれば、誰もが疲れているはずだった。
それでも足取りは軽い。
生きているからだ。
私は歩きながら、何度も夢の光景を思い出していた。
死体。
炎。
血。
泣き叫ぶ人々。
あの結末は、少なくとも今は見えない。
土方が隣を歩いている。
それだけで胸の奥が少しだけ落ち着く。
「考え込むな」
不意に声が落ちる。
「顔に出てる」
「……そんなに?」
「分かりやすい」
即答だった。
悔しい。
でも今さら否定する気もない。
「夢のこと考えてた」
正直に言う。
土方は少しだけ黙った。
「まだ何かあると思うか」
その問いに、すぐ答えられなかった。
夢は確かに変わっている。
でも完全に終わったと言い切れるほど、自信はなかった。
「……分からない」
結局そう答える。
「でも、前みたいな嫌な感じは減った」
それは本音だった。
土方は小さく頷く。
「なら十分だ」
短い返事。
でもそれ以上は聞かない。
無理に安心させようとも、否定しようともしない。
その距離感が心地よかった。
屋敷へ戻る途中、前方から隊士たちがやって来る。
こちらを見るなり、露骨に顔を見合わせた。
「副長」
「何だ」
「少しは隠した方が」
真顔で言われる。
土方が眉を寄せた。
「何をだ」
「全部です」
即答だった。
後ろで別の隊士が吹き出している。
私は顔を覆いたくなる。
「……やっぱり見えてるんだ」
「そりゃ見えます」
隊士が言う。
「副長、今まで誰にもあんな顔しませんでしたし」
「あんな顔?」
思わず聞き返す。
隊士は土方を見る。
そして少し考えたあと、こう言った。
「優しい顔です」
空気が止まる。
土方が無言になる。
隊士たちは逃げるように去っていった。
残された沈黙が気まずい。
「……優しい顔してるんだ」
小さく呟く。
土方が横目で見る。
「知らねぇ」
ぶっきらぼうな返事。
でも耳が少し赤い。
私は笑いそうになる。
屋敷へ戻ると、昼食の準備が進んでいた。
昨夜まで避難していた人々も少しずつ落ち着きを取り戻している。
女将がこちらを見るなり深々と頭を下げた。
「本当にありがとうございました」
震える声だった。
夢では、この人も死んでいた。
その事実を思い出し、胸が熱くなる。
「……よかった」
思わず漏れる。
女将は不思議そうな顔をしたが、何も聞かなかった。
昼食を終える頃には、ようやくまとまった休憩が取れることになった。
隊士たちも交代で仮眠を取るらしい。
「寝ろ」
土方が言う。
「眠くない」
即答する。
「嘘だな」
「嘘じゃない」
「目閉じそうになってたぞ」
図星だった。
昨夜からほとんど眠っていない。
体力より精神が先に限界へ近づいている。
「部屋行くぞ」
「一人で行ける」
「知ってる」
「じゃあ何で」
「送る」
またそれだった。
結局そのまま連れて行かれる。
部屋へ入ると、畳と布団が妙に懐かしく感じた。
土方は襖の近くへ座る。
出て行く気はないらしい。
「……帰らないの」
聞くと、土方は腕を組んだ。
「寝るまでいる」
「子ども扱い」
「信用がない」
失礼すぎる。
でも否定できない。
実際、一人なら考え込み続けて眠れない気がした。
布団へ横になる。
疲れているはずなのに、すぐには眠れない。
視線だけで土方を見る。
壁にもたれ、こちらを見守っている。
「……何」
気づかれてしまった。
「見てただけ」
「何で」
「好きだから」
言ってから、自分で固まる。
(何言った今)
疲れていると口が滑る。
土方も一瞬止まった。
やがて低く息を吐く。
「そういうのは反則だ」
珍しく困ったような顔だった。
それが少し嬉しい。
「……あんたは」
「何だ」
「好き?」
聞いてしまう。
部屋が静かになる。
土方はしばらく何も言わなかった。
やがて立ち上がる。
布団の横まで来る。
そしてしゃがみ込んだ。
距離が近い。
すぐ近くで目が合う。
「嫌いなら」
低い声。
「ここまでしねぇ」
その言葉だけで十分だった。
胸がいっぱいになる。
土方の手が伸びる。
髪を一度だけ撫でる。
優しく。
大事なものを扱うみたいに。
「寝ろ」
「……うん」
今度は素直に頷けた。
安心したのか、急に瞼が重くなる。
意識が落ちる直前。
土方の手が離れる気配と、静かな声だけが聞こえた。
「起きたら続きを話す」
その言葉を最後に、私は深い眠りへ落ちていった。
六日目の昼。
運命の夜まで、あと半日。
けれどもう、最初にこの世界へ来た時のような孤独はどこにもなかった。




