表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
トリニティ・ガイスト:亡霊と少女と軍神の航跡  作者: ベルシア


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
49/67

第43話:行き先

 オールドスパインアーカイブを出ると、自由港の音が戻ってきた。古い記録庫の中に沈んでいた静けさが、扉一枚で途切れる。

外では搬送ドローンが低く唸り、遠くの工房街から金属音が響いている。さっきまで棚の奥で眠っていた記録が、今はカインの右目の中に収まっていた。


旧外縁航路K-9。

ノクターン・デブリ帯。

無人艦。

三箱の部材。

グレイ・マートン。


 ばらばらだった線が、一つの暗い宙域へ向かっている。

アイリスはホバーバイクの後部座席に手を置いたまま、小さく聞いた。


「……戻ったら、どうするの?」


「まず整理する」


カインは短く答えた。


「すぐに突っ込む場所じゃない」


「でも、行くんだよね」


「見る必要はある」


カインはホバーバイクの制御を起こした。

機体が低く浮き、古い通路の床から離れる。


「ただし、準備してからだ」


アイリスは少しだけ頷いた。


「うん」


 ホバーバイクは、オールドスパインの古い区画を離れ、工房街の方へ滑り出した。

クロンワークスへ戻る頃には、工房前の部材はさらに増えていた。

B-17から抜かれた搬送フレーム。補助電源セル。

旧式隔壁材。耐熱配管。切り出された外装板。

使う物と売る物が、タグごとに分けられている。

自由港の工房らしく、作業は早い。

騒がしいが、乱れてはいない。

剥ぎ取られた部材はすでに“次に使う物”へ分解されつつあった。ミラはその脇で、端末を片手に搬入リストを確認していた。


「お帰りなさい」


「ああ」


カインはホバーバイクを止めて降りた。


「オールドスパインの結果は、アドミラルに流した」


『受領済み』


通信越しにアドミラルの声が重なる。


『旧外縁航路K-9、通称ノクターン・デブリ帯。無人艦、三箱、グレイ・マートンの記録が同宙域周辺に収束している』


ミラの表情がわずかに引き締まる。


「では、次は偵察ですね」


「そうなるか」


カインは答えた。


「ただし、艦本体では行かない」


『妥当』


アドミラルが即座に言う。


『本艦は現在、ドライドック六番で改修中。大型艦で接近すれば目立つ。監視網、罠、秘匿拠点のいずれであっても、警戒を与える可能性が高い』


「ならノクスだ」


その名を聞いて、ミラが頷いた。


「ノクスは現在、クロンワークス係留ドックにあります」


「外縁作業用の軽改修は可能です」


そこへ、工房の奥からクロンが出てきた。

肩に工具束を掛け、手には古い端末を持っている。


「また面倒な顔してるな」


「そう見えるか」


「見える」


クロンは即答した。


「で、今度は何をどうする?」


カインは少しだけ目を細める。


「込み入った話は聞かないんじゃなかったのか」


「詳しい話は聞かねえ」


クロンは肩をすくめる。


「だが、船をいじるなら別だ」


アイリスが少しだけ笑った。


「クロンさん、そこは本当にぶれないね」


「ぶれたら工房なんかやってられねえ」


クロンは係留ドック側へ顎をしゃくった。


「ノクスだろ」


「ああ」


カインは頷く。


「前にTOYBOX(トイ・ボックス)で買ったアンカーランチャーを付けたい」


「あれか」


クロンは少し考えたあと、端末を操作した。


「たしか、コフレの店で買った外部作業用のやつだったな」


「一基のつもりだったが」


カインが言うと、ミラが横から補足した。


「購入品を再確認しました」


「あのキットには本体一基、予備機一基、交換用巻き取りユニット、射出筒、アンカー爪、強化ワイヤーが含まれていました」


アイリスが瞬く。


「…え、二基分あったの?」


「正確には、予備機と交換パーツ入りです」


ミラは静かに言う。


「組み立てた場合、実用二基分として構成可能です」


クロンが鼻を鳴らした。


「コフレらしいな」


「客に壊される前提で売ってる」


「いい店だ」


「そういう評価でいいのかな……」


アイリスが小さく呟く。


クロンは端末を閉じた。


「二基付けるなら左右だな」


「片側だけだと、引っ張った時に姿勢が偏る」


「ただし、ちょいと重くなるぞ」


『ノクスの機動性低下は許容範囲内』


アドミラルが言う。


『二基搭載により、左右交互のアンカー射出、制動、姿勢固定、緊急旋回が可能になる』


ミラも続ける。


「中型船由来の補助フレームを基部に使えます」


「船体負荷を逃がす構造にすれば、ノクスの外装へ直接負担を掛けずに済みます」


クロンが頷いた。


「取り付けはうちでやる」


「射出制御、巻き取り負荷、緊急切断、姿勢制御との連携はそっちでやれ」


『了解』


アドミラルが返す。


『ノクスの自動姿勢制御にアンカー負荷予測を追加する』


クロンは工房の奥へ声を飛ばした。


「ノクスを上げろ」


「左右外部マウント確認」


「アンカーキットを出せ」


「補助フレームも二本じゃ足りねえ。四本持ってこい」


従業員たちが動き出す。

 クロンワークスの係留ドックで、ノクスは静かに停まっていた。

密輸船めいた小型船。エーテルガイストに比べれば、当然ながらずっと小さい。だが自由港の中を動き、外縁を覗き、戻ってくるにはちょうどいい。

その左右に、アンカーランチャーの部材が並べられていく。

射出筒。

巻き取りユニット。

強化ワイヤー。

アンカーフック。

交換用部品。

予備機から組み立てた二基目。


見た目は無骨だ。

だが、宇宙を走る小型船にはよく似合っていた。


クロンが船体を見ながら言う。


「右舷一基、左舷一基」


「同時射出はするな。たぶん船体がもたねえ」


『同時射出は禁止制御に組み込む』


アドミラルが答える。


「片方を撃って固定、もう片方は制動か逃げに使う」


クロンは続ける。


「アンカーは作業用兼命綱だ」


「撃ち込む場所を間違えたら、逆に死ぬぞ」


アイリスが少しだけ表情を硬くする。


「……命綱」


「そうだ」


クロンは工具を手に取りながら言った。


「デブリ帯なら尚更だ」


カインはそれを聞きながら、ノクスを見ていた。


左右の外装板が外され、内部フレームが露出する。B-17から抜いた補助フレームが合わせられ、仮止めされる。

射角確認。

巻き取り経路。

排熱。

緊急切断。

船体負荷の逃がし。


クロンワークスの従業員たちは、理由を聞かずに手を動かしている。それがありがたかった。


「どれくらいで動かせる」


カインが聞く。


「仮運用なら今日中」


クロンが答える。


「左右二基をきっちり合わせるなら明日まで欲しい」


「だが、明日の朝に出す程度なら間に合わせる」


「頼む」


「言われなくてもだ」


クロンは鼻を鳴らした。


ミラが端末を開く。


「表向きの仕事ですが、一件あります」


カインがそちらを見る。


「旧外縁航路K-9手前の漂流ビーコン確認任務です」


「バンカーボート経由の軽作業依頼」


「内容は、ビーコンの生存確認と座標再送信」


「回収は任意」


「危険度は中」


「報酬は低めですが、外縁へ出る名目としては自然です」


カインは表示を読む。

旧外縁航路K-9手前。

漂流ビーコン。

通信途絶した作業艇のものかもしれない。

確認だけなら小型船で十分。

深追い不要。


「都合が良すぎるな」


『同意する』


アドミラルが言う。


『だが、この種の依頼は常に存在する。ノクターン・デブリ帯周辺であれば、なおさらだ』


「罠か」


『可能性は排除できない』


「だが、名目にはなる」


『そうだ』


ミラが補足する。


「依頼を受ければ、ノクスが外縁宙域へ出る理由ができ怪しまれません」


「記録上はビーコン確認任務」


「実際には、ノクターン・デブリ帯外縁の反応調査」


アイリスが小さく聞いた。


「……誰が行くの?」


カインはすぐには答えなかった。

自分が行く。そう言うのは簡単だった。

だが、今は状況が悪い。

エーテルガイストはドライドックで改修中。

三箱は隔離解析区画で調査中。

ライナ副官との細い通信線も開いたばかりだ。

B-17由来部材の受け入れも進行中。

そして何より、もしノクスが外縁で何かあれば、エーテルガイスト側で即座に判断する者が必要になる。カインがノクスに乗れば、現場では強い。だが、拠点側の判断が遅れる。

それに、もう一つある。カインはまだ表向きには死んでいる。自由港の中ならともかく、外縁宙域で派手に動けば、ヴォルフに軍に拾われる危険がある。今はまだ、自分の生存を外へ広げる時ではない。


「俺は行かない」


カインは言った。


アイリスが顔を上げる。


「カインは……行かないの?」


「ああ」


「自由港に残る」


声は硬い。


「何かあった時、艦を動かす判断をする人間が要る」


「それに、奴らに気づかれる危険がある」


アイリスは少しだけ黙った。

その理由は分かっている。

けれど、納得するには少し時間が要る。

そんな顔だった。

ミラが静かに言う。


「ノクスは私が運用できます」


「操艦、通信、危険判断、撤退判断は私が担当します」


アドミラルも続けた。


『外縁ビーコン確認任務であれば、艦長が直接搭乗する必要性は低い』


アイリスは自分の胸元に手を置いた。


「……私も行く」


カインの視線が動く。


「アイリス」


アイリスは小さく、けれどはっきり言った。


「三箱を見た時、嫌な感じがした」


「…クレイドルに繋がるかもしれないものなら、私も知らないままでいたくない」


「それに、私なら何か感じるかもしれない」


「…見るために行く」


カインは黙っていた。

アイリスの言葉は無茶ではない。

三箱の混成補機コアを見た時、彼女は確かに反応した。ノクターン・デブリ帯に同じ系統のものがあるなら、アイリスの感覚が手掛かりになる可能性はある。だが、危険もある。


「条件がある」


カインは言った。


「深入りするな」


「ビーコン確認範囲を越えない」


「異常が出たら即帰投」


「ミラが撤退判断を出したら従え」


アイリスは真剣に頷いた。


「うん」


「約束する」


ミラも静かに頷く。


「アイリスさんには観測補助をお願いします」


「操艦判断と撤退判断は私が持ちます」


カインはミラを見る。


「守れるか」


「守ります」


ミラは即答した。


「危険度が想定を超える場合は即時撤退します」


『本艦側でも常時監視する』


アドミラルの声が重なる。


『通信途絶、推進系損傷、未知反応への接触、敵性個体確認のいずれかで救援判断へ移行する』


カインは少しだけ目を細めた。


「救援手段は」


アドミラルはわずかに間を置いた。


『限定的な手段はある』


「何だ」


『必要時に開示する』


カインの声が低くなる。


「またそれか」


『肯定する』


「何か隠しているな」


『否定しない』


アイリスが不安そうに二人を見る。


「提督……?」


『現時点で開示するより、必要時に運用する方が合理的と判断している』


「俺はそういう答えが嫌いだが」


カインが言う。


『記録しておこう』


短い沈黙が落ちた。

夕方前、ノクスの左右にアンカーランチャーが仮搭載された。

右舷と左舷。

二基の射出筒が外装に沿って固定されている。

巻き取りユニットは内側に半埋め込みで組まれ、B-17由来の補助フレームが船体負荷を逃がす構造になっていた。綺麗な改修ではない。だが、強い。

自由港の工房で生まれた、生き残るための形だった。クロンが船体を軽く叩いた。


「左右二基」


「片方は制動、片方は姿勢保持」


「両方撃って無理に曲がろうとするな。機体が悲鳴を上げる」


ミラが答える。


「了解しました」


『制御制限を設定済み』


アドミラルが言う。


『同時最大負荷射出は禁止。緊急時は自動切断』


「それでいい」


クロンはカインを見た。


「どこへ行くかは聞かねえ」


「だが、デブリの濃い場所なら、アンカーを過信するな」


「掴めば助かるとは限らねえ」


「掴んだせいで死ぬこともある」


「分かってる」


カインは答えた。


クロンは次にアイリスを見た。


「嬢ちゃん」


「はい」


「怖かったら戻れ」


「怖がるのは悪いことじゃねえ」


 アイリスは少し驚いた顔をしたあと、静かに頷いた。


「……はい」


 クロンはそれ以上何も言わなかった。

ミラが端末を操作する。


「バンカーボート経由、旧外縁航路K-9手前の漂流ビーコン確認任務」


「受注します」


短い認証音が鳴る。


「受注完了」


表示はあまりに淡々としていた。


表向きは軽い外縁仕事。

実際は、ノクターン・デブリ帯外縁の偵察。

まだ深部へ踏み込むわけではない。

ただ、その縁を確認するだけだ。

だがカインは知っている。

こちらが闇を覗く前に、闇の方がこちらを見ていることもある。


「明朝、ノクスを出す」


カインは言った。


「今日は最終確認だ」


『了解』


アドミラルが返す。

ノクスの左右に取り付けられたアンカーランチャーが、工房の白い作業灯を鈍く反射している。

それは武器というより、命綱に見えた。

明日、その命綱が何を繋ぎ止めるのか。

まだ誰にも分からなかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ