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トリニティ・ガイスト:亡霊と少女と軍神の航跡  作者: ベルシア


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第一話:三者の出会い

初投稿になります。

ダラダラとやっていけたらと思います。

木星衛星カリスト。零下180度の静寂の中、人類の傲慢と狂気が地中で蠢いてていた。


 地表の氷を穿ち、地下深くへと根を張った連合軍極秘研究施設、通称【クレイドル】。そこはヴォルフ元帥が掲げる「人類の夜明け」を産むための鋼鉄の産室であり、倫理も慈悲も凍りついた地獄の最下層だった。


 「クソったれが!」


 施設内に響く警報音は、もはや意味をなしていなかった。喧騒と狂気が渦巻く中、カイン・ウォーカーは駆けていた。

赤色灯に染まる通路を、彼はほとんど反射だけで進む。天井の一部が崩落し、火花を散らすケーブルが蛇のように垂れ下がっていた。背後で何かが叫ぶ声がしたが、振り返る余裕はない。

――追ってくる。

それが人間でないことだけは、はっきりと分かっていた。


「……っ、ハァッ、ハァッ……!」

 

 右目の機械式義眼【ブラッド・ハウンド】が、崩落する天井や噴き出す冷却ガスを、そして背後から迫る殺人ドローンの群れを、それらから放たれる攻撃を冷酷なまでに鮮明な「死の弾道」として網膜に投影し続ける。


ピピッ!

《警告!》《前方注意!》《後方注意!》


 腕の中には、生体部品として調整されていた少女、アイリス。

軽すぎる。

人ひとりの重さではない。骨格を削られ、神経を組み替えられ、ただ“適合率”のために最適化された結果だった。

閉じた瞼の奥で、彼女の眼球が微かに震える。

――生きている。

それだけが、今のカインを突き動かしていた。

 「……これが、お前の言う『夜明け』か!?、ヴォルフッ!!」


 彼女を救い出した瞬間、カインは軍の英雄から、反逆者へと堕ちた。

――だが、後悔はなかった。


 『ザザッ――不合理だ…ザ――無駄な咆哮だな。カイン、残存生命活動可能時間は残り180秒だ。その少女を捨てれば、生存率は80%まで回復する。次の通路を左だ。』


 施設のモニターをジャックした黄金の単眼モノアイ)――戦術AI『アドミラル』が、通路のスピーカーから無機質な神託を下す。


「黙ってろ目ん玉! 俺は、この子を……見捨てるわけには…っ!こんな所で死なせるか……っ!」


 その時、ヴォルフが起動させた「施設放棄プログラム」が文字通り牙を剥いた。頭上と真下から超重装甲隔壁が、逃げ道を塞ぐように轟音を立て高速で閉じていく。


ザザッ 

『――カイン、警告する。ヴォルフ元帥が「施設放棄プログラム」を発動した。あと120秒で、この階層は――』


ズゥゥゥンッ!

ガッシャッン!!


 右目の義眼型情報端末がアラートを出すが間に合わなかった。


ピピッ!

《警告!》《頭上注意!》《足下注意!》


カインは咄嗟にアイリスを前方へ突き飛ばしたが、逃れられなかった自身の左腕が、無慈悲な重量の牙に食い押し潰された。


ゴキンッ!!

 「ぐ、ああああああああああああああああッ!!」


 鋼鉄の巨大な隔壁の顎の中で左肘から先がただの肉の塊へと成り果てていた。

メキメキと骨が砕ける音が、アドミラルの演算ノイズと右目の警告音に溶け込んだ。


ザザッ

『……脱出不能。カイン、選択しろ。ここで少女と共に宇宙の塵になるか、あるいは――ザザッ――を捨てて―ザザッ―』

モニター越しに黄金の(アドミラル)が問いかける。


ピピッ!

《警告!》 《左腕部異常検知!》《バイタルサイン急激低下!》


「ぐぅ……抜かせ…選択肢なんて、最初から一つしかねえんだよ……ッ!」

 

「……ヴォルフ……! お前の思い通りには……!」

 

カインは、残された右腕で【刀】崩兼元クズレカネモトを鞘から抜き放った。

 カインは軍服の袖を血に染める自身の左腕に、その黒く凍てつく刃を突き立てる。

 隔壁に繋がれた自分自身の――左腕に。

迷いはなかった。 

大きく刀を振り上げた。

ズバンッ!

一閃。


 鮮血が通路の冷たい床に滴り落ちる。

ブシュッ…ポタ…ポタ…


 更に激痛がカインの意識を真っ白に染め上げる。 

衝撃で、右眼の【ブラッド・ハウンド】が身体異常の警告を赤く点滅させた。


ピピッ!

《警告!》《左腕部欠損検知!》《心拍数異常!》 《脳波異常!》《出血量過多!》《応急処置推奨!》


「……が、あッ!!」


 喉を引き裂くはずだった悲鳴を、奥歯で噛み潰す。

カインは震える脚で踏みとどまり、崩兼元(クズレカネモト)を床に突き刺して身体を支え空いた右手で腰のポーチをひったくるように開けた。

指先が、血で滑る。

それでも掴み取ったのは、軍用の応急止血・鎮痛ナノマシン注射器。


躊躇はなかった。

残された左腕の“付け根”――

かつて腕だった場所に、それを突き立てる。

 プシュッ!

 注入されたナノマシンが、一瞬で血管を駆け巡り、激痛を麻痺させ、出血を強制的に凝固させる。意識を失うことさえ許されない、残酷なまでの覚醒。

 焼けるような痛みが、突然“冷却”される感覚。

神経が強制的に沈黙させられ、血液が逆流するかのように凝固していく。

意識は落ちない。

――落とさせない。

これは治療ではない。

「戦場に立たせ続けるための処置」だ。


「ぐぅ!?……はぁ……はぁ……」

ザザッ

『――ほう――生き延びるために本当に捨てるとは――面白い――』


 床に立てた刀を拾い上げ、付着した己の血を乱雑に拭うと鞘に収める。

 金属音が、やけに大きく響く

ふらつきながらも、アイリスを残った右腕で抱きかかえる。

彼女は軽い。

それが、まだ生きている証であり、同時に――この世界がどれほど彼女を削ってきたかの証でもあった。

カインは満身創痍になりながらも歩みを留めなかった。

振り返らない。

背後で施設が悲鳴を上げようと、爆炎が迫ろうと、もう“戻る場所”はない。

そして――

未完成の巨大宇宙戦艦【エーテル・ガイスト】へと彼らは転がり込んだ。

内部は暗い。

装甲は未塗装のまま剥き出しで、配線とフレームが臓腑のようにむき出しになっている。

本来なら、進宙すら許されない“棺桶”だ。

それでも。

 「……やれ……アドミラル! この鉄クズに、命を吹き込め!!」

カインが吠える。

 「 俺の命も、魂も、全部くれてやる! だからこの子を、連れて行ってくれッ!!」

 アイリスを抱き締める力が、わずかに強くなる。

「アドミラル……出せ……。この艦を、出せええええええ」

ッ!!」

数秒の沈黙。

やがて、艦内に灯が入った。

一本、また一本と、非常灯が赤から白へと切り替わっていく。

鼓動のような低い振動が、船体全体を震わせた。


 『承諾した。――契約成立だ、亡霊カイン。貴様の覚悟、少女の命……確かに、私が預かろう』


[―システムチェック―]


[―チェックリスト繰り上げ―]


[―機関始動用意―]


[――主機関『エーテル・コア』起動。エーテル、後部推進器へ――]


[―エーテルガイスト強制抜錨―]


 轟音と共にカリストの地表が裂け、壊れゆく研究施設から一隻の「黒い影」が、漆黒の宇宙に凍てつく海へと咆哮を上げて突き進む。


[重力圏離脱。潜伏モード(ステルス)起動]


 艦に宿る黄金の目の機械知性――【アドミラル】

生体部品として身体を改造された少女――【アイリス】

 そして左腕を失い、魂に消えない傷を刻んだ男――【カイン・ウォーカー】は、その日、英雄としての死を迎え、亡霊として産声を上げた。

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