指輪と足枷
「終わったよ」
暗夜の声に弾かれて、へそあたりにあるボタンの装飾をいじっていた輝夜は顔を上げた。壁の向こうから、暗夜の顔が覗いている。
「ああ、うん」
過剰な装飾のせいで重たい服に辟易しながら輝夜がぼろ屋の中へ入ると、暗夜がこちらへ握りこんだ手を差し出してきた。
「なに?」
きょとんとした顔でその手を取る。暗夜が指を開くと、手のひらが通るくらいの短いチェーンがつけられた青い雫型の石があった。
「ああ、魔導石。きみのは青なんだね」
輝夜は目を細めてそれを受け取って、月の光に翳すようにして空を仰いだ。
魔導石は、特殊な製法で作られた石だ。生き物の身体から発せられるエネルギーを利用して膨大なエネルギーを生み出し、石の中に溜め込むことができるらしい。
今、この世界に暮らす者たちの大半は、この魔導石を利用して魔導具を扱って生活している。暗夜が輝夜に差し出したのもそれだ。暗夜や輝夜のチョーカーのように、アクセサリーに加工して身につけているものが多い。
「僕、いつもポッケに入れてるから、そうして。ズボンの左に入れてる」
暗夜に言われるまま、輝夜はズボンの左ポケットにそれをしまい込んだ。
「ぼくのも渡さなきゃね。つけてあげるから後ろ向いて」
自分の首からリボンチョーカーを外して暗夜の首にかけようとして、ふと手を止める。
「ああ、そうだ。人間って、タグつけてないよね?」
「タグ? 知らない」
暗夜はそう言いながら振り向いて、輝夜が後ろから抱きついているような姿勢になっている事に気がついて顔をしかめた。輝夜の腕をすり抜けて一歩後ろへ退く。
「うん。ぼくのこれ」
輝夜は気にしたふうもなく、チョーカーの魔導石の下につけられたタグを掴んで暗夜に見せる。暗夜はチョーカーごとそれを受け取って、まじまじと見る。
「スベ、スベテノモ……モノ……」
タグに彫られた文字をたどたどしく読み上げる暗夜に苦笑いをこぼす。
「全ての者を守り、支える博愛。ぼくの祈りの言葉だよ」
「ふうん?」
「これ、国の所有物の証なんだ。それで、名前と生まれた日と、タグを与えた人が贈る祈りの言葉が彫られてるんだ」
輝夜の細い指先が、薄っぺらいタグをつまむ。暗夜の手に預けたチョーカーごとそれを取って、リボンを広げる。
「タグは見えるところに着けてないと食べられちゃうかもしれないから気をつけてね。絶対になくさないで。あと、食べられたあとにタグだけ捨てられちゃうとかもあるから、あんまりひとを信用しちゃだめだよ。ほら後ろ向いて」
輝夜が肩を叩いて促すと、暗夜は素直に後ろを向いた。自分に似て細い首筋にリボンを巻くと、くすぐったかったのか暗夜が背筋を伸ばした。不器用な手つきでリボンを結ぶ。
「いつもは朝にアドレイン――あ、前に話したよね? ぼくの従者の。アドが着けてくれるから、寝るときに外してテーブルの上に置いておいてね」
「仲いいんだね」
「うん? そうかも……?」
首を傾げてから、暗夜の両肩を掴んでこちらを向くように促した。
「小さい方もつけてあげる。左手出して」
暗夜が出した左手を掴まえて、自分の薬指から外した指輪を彼の薬指に通そうとして、輝夜は彼を見上げて笑った。
「エンゲージみたいだね」
そう言って、仰々しくひざまずいてから、再び暗夜の手をとる。
「ぼくの伴侶は国なんだ。ぼくの、壁の国」
暗夜の薬指に赤い石のついた指輪を通しながら、彼の目を見上げて微笑む。
「暗夜、ぼくのすてきな伴侶とその子どもたちをよろしく頼むよ。傷つけたら容赦しないからね」
暗夜は両のまぶたをおろして、輝夜に笑顔を返した。
「僕も輝夜につけてあげる」
暗夜が引いた椅子に輝夜が座ると、かがんだ暗夜は彼女の左脚を掴まえた。急に掴まれて驚いた輝夜の脚がびくりと震える。自分の膝に輝夜の素足を載せて、暗夜は笑った。
「きみのがエンゲージリングなら、僕のは……足枷みたいだね?」
暗夜が目を細めると、まつげに隠されて薄墨の虹彩が消えた。
「僕は盾の国なんか滅べばいいと思ってるけど、死んでほしくないやつも少しはいるんだ。そいつらだけは守ってあげてほしい」
「うん。約束するよ」
「あ、もし魔導石なくしたら、テトラに言って。僕の従者の、茶髪のデカいやつ。新しいの作ってくれるから」
「きみも仲いいじゃん」
「良くないよ。どうでもいい」
「ふうん?」
「なに、その顔。腹立つな」
暗夜が輝夜の頬をつまんだ。輝夜の顔がむにゅっとひしゃげる。眉を寄せた輝夜が暗夜の頬をつまみ返す。互いに頬を引き合って、数秒。ふたりは同時にその手を離した。
「ねえ、そろそろ帰らないと」
輝夜が言うと、暗夜は目を伏せた。
「ああ、そうだね。でも、今日くらいいいでしょ。お互いの情報を交換しようよ。バレないようにね」
「……そうだね。そうしようか」
それからふたりは夜通し語り合って、夜が明けてから、別れた。
――そうして魔王は、勇者になった。




