表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/3


非常に崖っぷちな状態な気がする。


プロポーズされて3年。

恋人とも言いにくい状態で3年。

好きだけど、ちょっと待って欲しい。ってなんだそれ。

訳も言わずに3年待たせて、もてあそんでいるのかと責められても仕方ない。

……愛想つかされても仕方ない。



なんでこんなに名前が長いんだ。

「にけぺよ」ってなんだ。「ごぎけのま」ってなんだ。

サシの顔と全然似合わないじゃないか!!

無駄にだらだら長くて意味わかんない羅列で。

こんな名前ばかり。

こんな世界大っ嫌いだ!

こんな変な名前、大っ嫌いだ!!


私はドアに寄りかかって、ずるずるとしゃがみ込んでうずくまった。


ちがう。

悪いのは全部私。


さんざん、サシを傷つけてるじゃないか。


私は涙がにじんだ目をぐいっと乱暴に拭うと、今日聞き取れたサシの名前を、家のいたるところに貼ってある途中までしかないサシの名前のところに書き加えた。


***


それから私は頑張った。


暗記の基本。

語呂で覚える。


私はテスト勉強で培った暗記法を思い出し、毎晩サシの名前と向き合い語呂を考えた。

そしてついに一週間たったころ、私は悟った。


無理だ……。

語呂なんて出来ない……。


なんだ?「ニケペヨ湯に背を雨ピグの具の毛、プールでぱーっとぴぞ、死え「あっ」ぞ、ごきけのま」って。


一週間も無駄な時間を費やしたことを忸怩たる思いで後悔しつつ、次の方法を試した。



「Hey!Yo!Yo!(Yo!Yo!) ニケペヨHey!ユセアメYo!ぴぐのっぐっけぷっぱーYay!ぴっぞーしーえーあー!ぞー!GO KI KE NO MA!! イェイ!!」


イケる!

これなら楽しく覚えられそうだ。


私はノリに乗って、横揺れしつつ腕を振り上げ歌いあげる。


「Yo!Yo!プザヘーザ!プザヘーザ!ファッボイフェーザ!チェキラッチョー!!」


勢いよくポーズを決め、振り返ったら玄関にカニさんがいた。


「…………………」

「…………………」


「あの……最近テシが思いつめた感じしてたから…ちょっと心配になって……」

「………………」


「あーー…、大丈夫そう…かな…?」


うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!!!!



***


久しぶりに望郷の念にかられ、枕を濡らした夜だった。


次の日の昼にカニさんと会うのが辛かったが、死にたい顔をしていた私を見て、昨夜の奇行を聞くでもイジってくるでもなく、何事もなかったように振る舞うカニさんは、素晴らしい女性だと思う。


よく考えなくても、名前をラップで覚えてもサシを呼ぶときに「ニケペヨHey!ユセアメYo!」とか呼ぶわけにいかないじゃん…。私のばか…。


結局、ひたすら声にだして読みながら書いて覚える方法をとった。


念仏のように、家中に貼ってあるサシの名前を唱えながら家事をして、夜になったら日本語で書いて書いて書きまくった。


これ、本当にあってるのかな?

だんだん不安になってくる。

耳コピだし。

もう一度くらい確認したいけど、あの子に聞くわけにいかないし。

でも、もう時間がない気がする。

サシが帰ってきたら、たくさん待たせてしまったけれどサシのことが好きだって伝えて、サシの名前を呼びたい。

正直カニさんみたいに、愛する人の名前をはにかみながら愛おしそうに呼べる気がしないのだけれども。

だって、変だよ。この名前。

いつかは、この「ニケペヨユセアメピグノグケプパピゾシエアゾゴギケノマ」って名前もサシの名前って感じがして、愛しく特別に感じるんだろうか。



決戦の日はあっという間にきた。


サシの名前がゲシュタルト崩壊してしまって、もう一度くらいあの子に名前を呼んでもらって確認してからにしようかなぁ、なんて後ろ向きになっていた晩。

玄関を静かにノックする音がして、またカニさんかなぁと思いながら玄関をあけたら、ちょっとやつれたサシが立っていた。


「サシ!!おかえりなさい!!!」


「……ただいま。遅い時間だから、明日にしようと思ったんだけど…。

……会いたくて」


不意打ちの言葉に、私の顔は一気に茹で上がる。


「あの…っ、中…入って」


玄関で立ち話もなんだから…と中に誘う。

家中のサシの名前の張り紙がチラリと頭をよぎったけれど、日本語だし、わからないからいいか、とあまり深く考えないようにした。


サシは逡巡したように、視線を漂わしていたが、身をかがめるように室内に入っていった。


サシが家の中に入るのは久しぶりだと思いながら、疲れている彼のためにとっておきのハーブティーを淹れる。

ソファなんて大層なものはうちにはないので、ダイニングテーブルの椅子かベッドをすすめると、そわそわしたように椅子に座った。


「……実は王都に帰ってこないかと言われてるんだ。」


顔の前で手を組んで、視線をそらしながらサシが呟いた。


私は頭をガツンと殴られた気がした。


サシは元々腕利きの王都に拠点を置くハンターだった。

この村に拠点を置いたのだって、渡客でこの世界のことがわからない私を心配してくれたからだ。

王都のほうが仕事もたくさんあるだろうし、仲間もたくさんいる。


綺麗な女の人もたくさんいるだろうし、今まで付き合ったことのある人もいるだろうし。


私がモタモタしていたせいだ…。


サシが、同情からでも、庇護欲からでも、なんだっていいから、私と結婚して欲しいっていってくれてる間に応えていたら、こんな風に離れることもなかったかもしれない。


「以前…、お前を守りたいと言った。守らせてほしいとも。

…でも、お前はもう、俺に守られなくたってちゃんとやっていける。

たった3年なのに。よくやったよ。

頑張ったな…」


サシが切なそうに、眩しそうに私を見ながら静かに語る。


私は胸がキリキリと痛みながら、焦燥に駆られた。


この流れはまずい。

サシが行っちゃう。

行かないでって言ってもダメな気がする。

遅かった。私は間に合わなかった。


……なんて泣いて諦めるもんか。


ぎゅっと目をつぶり、にじんだ涙を追い出す。

手をぎゅっと爪が刺さるくらい握りこんで、震える恐怖を追い出す。


どんなにみっともなくたって、卑怯だって、サシがいなくなっちゃうよりいい。


当たって砕けろ!


やるだけやれ!!


竜巻にだって負けなかったんだ!!


「私、サシのことが好きだよ」


今さらだって、わかってて口に出すのは恥ずかしいし、こわい。


「サシが王都に行くなら、私も行く」


渡客ってバレたら、捕まって今みたいな自由な生活なんて出来ないかもしれない。


「計算なら得意だから、どこかで仕事を得ることもできる」


3年間、勉強してこの世界のことも分かってきた。


「サシの言う通り、私はもう大丈夫」


大きく息を吸う。


「だから」


くっそー。サシめ。

なんでこのタイミングで王都のこと言うんだ。

これじゃ、まるでいなくなるから途端に惜しくなって引き留める女みたいじゃないか。


「私と結婚してください」


満を持して、サシの名前を万感の想いを込めて呼ぶ───


「………」


さ、最初の一文字って何だっけ????


あんなに一生懸命覚えたのに、頭が真っ白になってしまった。

なんでこんな時に。

サシの視線を感じながら、目を泳がせると名前の張り紙があった。


「ニケペヨユセアメピグノグケプパピゾシエアゾゴギケノマさん」






ん?間違えた??


あまりにも反応がなかったので、密かに焦る。

ヤバい。違ったかな。棒読みだったし。


もう一度、張り紙を見て心の中で唱えていると、急にサシにぎゅううううっと抱きしめられた。


「すまない。試すようなことを言って。

シホが俺のこと、好意を持ってくれているのは分かっていたけど、イサさんが来てもシホは気にしないどころか、来るのを待っているようだったし。

まさか、自立するまで待ってて欲しいという意味だったなんて思ってもなくて…なんか、俺、情けないな…」


バレてるぅぅぅ。

そりゃ、バレますよね。待ってるって。

そして、なんだか私、急にいいヤツになってませんか?

頑張る主人公みたいな。


いや、頑張ったけどさ。


ちょっとサシとの認識の違いに、冷や汗がとまらない。


「俺は王都には行かない。ずっとここで一緒に暮らそう。

愛してる、シホ・テンノウジタニ。」


優しいキスが降りてきて、ま、いっかぁぁ。と私は目を閉じた。



まさか、結婚式で名前を呼び合うことになっているとは、この時の幸せに酔っている私は思いもよらなかった…。








最後まで読んで頂き、ありがとうございました!

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ