幕間 とある放浪鍛冶師
時系列修正のため上げ直しました。2019/07/16
鍛冶は放浪してやるものじゃない。鍛冶場はどこかに腰を据えて作るものだ。だから私のような氏素性の知れないものが突然やって来ても、どこの鍛冶場も場所を貸してはくれない。それでも根気よく探し、掛け合う。時たま快く貸してくれる所もあるのだが、全てに断られたら潔くあきらめる。そして別の街へと向かう。我ながら効率の悪いそんな生き方を続けてきた。
神聖暦八紀220年、久しぶりに王都にやって来た私は以前鍛冶場を貸してくれた職人宅を訪ねたが追い返されてしまった。どうやら私のことなど知らない、別の鍛冶師に取って代わられたようなのだ。仕方ない、前に来たのはずいぶん前だ。今回も鉱物を売ってねぐらだけ確保し、鍛冶場を回って掛け合う。そうなると思っていた。
「鍛冶場のある物件を探すならギルドに行って左手のカウンターで聞いた方が早いですよ」
子どもの声がした。
振り返ると誰も居なかった。
「ここですよー」
「ああ」
下を見下ろすと身なりのいい子供がいた。
「仕事を探しているならあそこで紹介してもらえますし、鍛冶屋を自分で開くなら腕次第で融資も受けられます。ぼくが保証人になりましょうか?」
私は子供に話しかけられることがあまりないから混乱した。
というより、子供が話す内容とは思えず、不気味に思った。
でも、からかっているようには見えなかった。
「いや、一時仕事が受けられるだけでいいんだが」
「なら、心当たりがあります」
数日後、私は大きな施設の一角にある立派な鍛冶場を貸し与えられていた。お礼に彼が持っていたくたびれた剣を整備してやるとよろこんでくれた。広い空間にたくさんの炉があり、道具も揃っている。時たまそれらを使うものがやってくるが皆若い。ここは鍛冶師見習いの修練場なのだろうか。
そんな、願っても無い環境で作業をしていたら客が来た。
三人組で、エルフと人族の少年と人族の中年。冒険者だ。
どこから聞きつけてきたのだろうか。私は金を取ると伝えたがそれでいいというので仕事を受けた。
「彼の希望の弓と矢を造れる者を探していてな。これなんだができるだろうか?」
エルフの女が紙をよこした。見ると緻密に設計された巨大な可変式の弓矢と長い鉄の矢の図が載っていた。矢も弓も何か工夫があるようだ。
「無理ならそう言ったいいぜ。ここの魔工技師全員さじを投げた代物だからよ」
「いや、そんな〜!! おれの銀級昇格祝いにくれるって言ってたじゃないですか〜」
「設計をあいつに任せたのがだめなんだよ。何をするにも非常識でないと気が済まねぇのかって言いたくなるぜ」
「やはり難しいだろうか?」
「明日取りに来い。料金は出来高払いでいい」
「「「え?」」」
「他には?」
三人は何とも言えない顔で注文をして明日また来ると帰った。
――――翌日
「ウソだろ……マジで作ったのか一日で……」
「うわすっげぇ! ちょっと試していいっすか!!」
「私が修練場を借りて来よう」
エルフと少年が出て行った。残った中年の男が私をジロジロ見てくる。どこの生まれかとか、どこで鍛冶を習ったのかなど質問攻めにされた。ちゃんと答えたのに「どこだそれは?」と不満げだ。というか弓の出来栄えは見なくていいのだろうか。
「……あん。ちょっと待て……あんたまさか……いやそういうことか、苦労するな。いいと思うぜ、逆境を跳ねのけていい仕事するってのはまさに職人って感じでよ!」
何か気を使われている気がするが、何を言っているのだろう?
ドゴォォォ!!ドッ……ドッ……ドッ……ゴォォ……
[ウワー!!! キャー!!! 何だ!! どうした!!!]
「うお、なんだ…………」
外が騒がしい。何かあったようだ。
しばらくして少年とエルフが戻ってきた。少年が嬉々とした表情な反面、エルフは耳がシュンとなっている。
何かあったようだ。
「やっべぇっすよ! この弓も矢も!!」
「危なかったんだぞ!! 的を貫通して後ろの壁を貫通して街路樹を貫通して壁をまた貫通してようやく止まった! けが人がいなかったから良かったが…………全部…………弁償だそうだ」
あの少年は弓を撃てたのか。あの図面の通りに造ったが、設計者は弓をよく知らないのだろう。魔石を使って弦を引き締める機構を内蔵し、矢の方も螺旋状に加工してあるため貫通力はあるが、矢がまっすぐ飛ばないだろう。いや、あの少年の弓の技量を加味してのことかもしれない。弓の反動を軽減する台座と弦を真っ直ぐ引くことのできるレール、二つの長弓をクロスさせたような形、どれも、弓の耐久性を考慮に入れずに設計されていたため、各パーツを一個ずつ神鉄の合金を製鉄して成型することになった。おかげでかなり時間がかかった。おまけに鉄の矢は中空構造になっていて、そこに油や毒液を仕込めるようにとのことだった。
「うはぁ〜ちょっと癖があるけど、最高の出来です!! 一矢撃つたびに皆さんに感謝します!!」
「ん、おう…………お、おいお前いくら持ってる?」
「ギルドで下ろしてきたのは金貨が五十枚程……」
「それでいい」
「「え?」」
一日の対価に金貨五十枚なら文句はない。それに材料は神鉄も玉鋼も私が拾って集めたものだ。何を驚いているのだろうか。
「て、てめぇ!!…………おれの剣を研いでくれ!!」
「あ、じゃあ私の胸当ての新調も頼む」
仕事が増えた。
作業をしていたらまた客が来た。今度は騎士の姿をした女が二人。妙に色気のある黒髪の女。それと対照的に理知的な表情の長髪の女。
「ちょっとあなたかしら。学院の修練所を破壊した弓の作り手は?」
「…………そうだが」
女は値踏みするような眼で私を見る。何かマズかったのだろうか。捕まえるというなら抵抗はしないが……
「あら……放浪の鍛冶師なんて言うからもっと違法者っぽいお爺さんを想像していたけど……結構いい身体ね。お顔も綺麗だし」
「失礼ですよ。仕事中に発情しないでください。知ってますか? 最近あなた、色情卿って言われてますよ」
「もう、冗談――ん? あらあなた……」
女が無遠慮に私の身体を触ってきた。
「いやだわ、あなた女性だったの?」
そう言いながら女が私の胸を揉んでくる。やめて欲しい。自分のがあるだろう。
「失礼しました。なるほど、それで鍛冶場に入れないのですね」
女を鍛冶場に入れない所は多い。どこの国もそうだ。だが私が放浪しているのはまた別の理由だ。
「ほう、女だてらにいい仕事ですね。私の剣も研いでもらえませんか?」
「アラアラ、仕事中って言ってたのに」
「武器の整備は職務の内ですよ。あなたもやってもらいなさい」
「ウフフ、私は特定の武器が無いんだもの。でもせっかくだしこの飾りの剣を磨いてもらおうかしら」
渡された剣を見て、不思議に思った。長髪の方は見た通り生真面目。よく整備されている。一方色情卿の短剣は見た目や言動に反し、整備が行き届いていて新品のようだ。しかし、刃のすり減り具合から言ってかなり使い込んでいる。
そして私が扱っている時の女のソワソワした態度、なるほど……
「これは自分で磨くべきだ。だれの形見かは知らないが」
「え……」
その後、長髪の方の剣を研ぎ終わって帰る際、色情卿から礼を言われた。普段からひねくれずにそうしていればいいのに。
――――翌日
何を勘違いしたのか別の女騎士が二人来て私に恋愛相談をしてきた。ショートカットの小さい女とお嬢様風の少女だ。
「え〜武器を見せたら占ってくれるんじゃないの?」
「だから言ったじゃないですか。からかわれたんですよ」
武器を見るまでも無くこの二人はバカだ。二人とも私の作業を邪魔だけして帰っていった。本当に何なんだ。
しかし、女騎士はその後も来た。別の二人組で、背の高い女と小さいツインテール。
「占いはしていない」
「ちょ、違うわよ、あの二人と一緒にしないで!」
「彼女に剣を一振りお願いしたくて来たんです。中々合うサイズが無くて」
確かにツインテールはかなり小さい。大剣は無理だろう。
「わかった。要望は?」
「とにかく素早く振れて、良く斬れて、魔法とかも斬れる剣で、折れない、曲がらない、刃こぼれしない剣が良いわ!!」
「すいません、この娘もちょっとあれで……」
「あれってなんですか? バカじゃないです!!」
「いいぞ。明日取りに来い」
「「え?」」
――――翌日
「あははははははは!! なにこれーーすごーい!!」
ツインテールは満足したようだ。バランスを刀身に移したことで扱いにくいが振れば、速度と威力は増す。耐久性は神鉄と聖銅の合金で解消できた。焼き付けによって切れ味と強度は通常の剣よりさらに上がる。
「素晴らしい腕前……む、すいませんちょっと立ってもらっていいですか?」
「なんだ?」
私が立つと背の高い女が私を見上げる。そしてなぜかうれしそうな顔をする。バカにされているのだろうか。
「隊長より大きい女の人初めて見た!!」
「また来ます」
何しに?
やっと落ち着いた。こんなに仕事が舞い込むのはなぜなんだろう。
「申し訳ない、今よろしいですかな?」
今度はなんだ? 眼鏡をかけた少年と後ろには小柄な少女。二人とも武器は振りそうもない。
「こちらの職人にお頼みしたい案件がございまして。これは教授の許可書です」
「簡易型、実験……の図案……」
メガネが書類を、少女が設計図らしきものを見せる。
依頼先は魔導学院提携魔工房。
私をここの職人と勘違いしているようだ。む、この図案……前にエルフが持ってきたものと似ている。
「明日取りに来い」
「「え?……明日?」」
―――――翌日
出来上がった鎧を半信半疑で持ち帰る二人。試さなくていいのかと聞くと自分たちでは動かせないという。じゃあなんで造らせたんだ?
各関節に駆動機関を組み込んだフルプレート。おそらく魔導士が着こんで魔力で動かすのだろうが、またまた考案した者は実戦を考えていない。これだけのものを動かし続けたらすぐに魔力が切れてしまうだろう。それに駆動機関だけ組み込んで魔石は無い。戦闘中に全部を魔法で制御するのか? 無理だと思うぞ……まぁ、ここを使わせてもらっている分は働いただろう。
次に来たのはまた騎士だ。今度は男。
「剣を造ってくれ。聖銅製の一級品だ」
「断る」
「な、なにぃ?」
見た目も話し方も一般的な騎士のものだった。だが、その男から不穏な空気を感じた。特に、眼が濁って見える。
「まいったね。ここならいい剣が手に入ると聞いたんだが」
「剣を渡したらお前はそれで何をする気だ?」
「……? 剣でやることは一つだろ? 悪党を殺すのさ」
殺気をこれほどうまく隠す輩にロクな奴はいない。私は再度断った。
私は荷物をまとめてその場を去った。面倒はごめんだ。私がひと所にいられない理由がこれだ。私が鍛冶をしていると、そこに邪なものがやってくる。私は自分が認めた者の為にしか武器を売らないようにしている。
そういえば、この場所に連れてきてくれた少年はあれから来なかったな。
◇
「あれ、あの人もういないのか……」
「ロイド様が見つけてきたすごい鍛冶職人さんですか?」
「なんか紅燈隊で押しかけてしまったから、お礼にと思ったんだけど」
ロイドとヴィオラは工房にその職人がいないことを確認して、王宮に戻った。
「そうですか……噂に聞く仕事の技量の高さと早さをこの国で生かしていただきたかったのですが……でもロイドちゃん、よく見つけられたわね。腕のいい鍛冶職人を見分けるコツでもあるの?」
システィーナはそもそもロイドがその職人と出会った経緯が気になった。
「いえ……その、姫様ご存知ないですか? 英雄システィナ伝説のおとぎ話の一つに登場する人物で、放浪する女の鍛冶職人が居たんですが……」
「ああ、そうね。確か……英雄になる前にシスティナは偶然彼女と出会い剣を鍛えてもらったのよね……それが?」
「物語に出てくるその女鍛冶職人は黒髪で一見すると美丈夫のような見た目なんです。そっくりすぎて、しかも鍛冶の道具を一式背負っていたから思わず声を掛けてしまったんです。あそこまでなりきるなんてすごいと思いまして」
「もしかしてご本人だったり!」
ヴィオラの言葉に顔を見合わせ笑い出すロイドとシスティーナ。
「「まさかー」」
システィナ伝説は四百年以上も前のお話。だれもその時代の者が生きているなどと考えもしていない。
◇
「お前、なんでそんな派手な剣なんだ?」
パラノーツ王国から遠く離れた異国の地、その馬車の中で退屈に耐えかねたジュールがシスティナに尋ねる。
「……『英雄システィナ伝説』を読んでいないのか?」
「……お前は『ゼブル帝国建国の書』を読んだのか?」
「誰か私の活躍は本にしてくれたのだろうか?」
「「聞いたことない」」
「ガーン……」
俯いたノワールを放って、ジュールは質問を続けた。
「お前、服は地味だし、化粧してないし、顔も普通だし、剣の美しさに負けてる」
「……すまぬが御者よ、しばし停めてくれ。ちょっと殴り合いになりそうだ」
「あっ、てめぇおれにそんなこと……クソ、本を掴むな、放せ!」
「ちょっとお客さん夫婦喧嘩は外でやってくださいよ!!」
「「あ゛あ゛!!?」」
「「ひぃ!」」
怒りの矛先は御者に向かった。
「これはいただいたものだ。〈ロードメイカー〉―――これがあったから私は剣神となれた」
「ゴホッ、ゴホッ……なんだ、どこのボンボンに貢がれたんだ?」
「いや彼女は普通に道で行き倒れていて、食べ物を分けてあげたら造ってくれたんだ」
「「しょうもなっ!!」」
この時、御者も思った。
(しょうもなっ!!)
「英雄伝説の真実などそんなものでしょう?」
「いやおれの伝説は違う。もっとドラマチックだった」
「お前は話を盛りそう」
「ああ? お前はどうなんだ?」
馬車に揺られる中、三人は武勇伝で盛り上がった。それを聞いていた御者は「おかしな客を乗せてしまった」と後悔しながら手綱に集中しようと心掛けた。
「なぁ御者のおっさん、あんたは何か知ってるか? 伝説とか伝承とか……」
「え、いえあっしは……え、えと…………あ、そうだ!……この辺りは争いが多くて武器職人も仕事に困らないんで、他人に鍛冶場を譲るなんてないんですがね。職人たちの間では例外があるんだそうです」
「「「……」」」
「『黒い髪の女が鍛冶場を貸して欲しいと言ったら断るな』―――だそうで、その女がいると、歴史に名を遺す大人物がフラリとやってきて仕事を頼むんだそうです。だからこのあたりじゃ、黒髪の女は鍛冶場に仕事を運んでくると言い伝えられていて、職人の妻は黒髪が好まれるんだそうですよ」
「「「……へぇ〜……」」」
「す、すいやせん……これ以上は勘弁してください……」
システィナはその大人物の一人に自分も数えられているとは思いもしなかった。
この世に二つとない名剣〈ロードメイカー〉
それと同等の剣が、今もなお世界のあちらこちらで生まれている。作った本人もまた、自分が誰かの話のタネになっているなどとは考えもしていなかった。
そして、今日もどこかの街で鍛冶場を借りに回る黒髪の女が目撃されるのであった……
加筆修正 2020/5/5




