第八話 その森、奇々怪々にて―――黒い影〈新規〉
三章改稿による新規書き下ろしになります。
よろしくお願いします。
さっきから、何人かの男女が口論している。
おれはだいぶ前から様子がおかしいことに気が付いていた。
ならさっさと止めろって?
なんでも無かったらバカを見るだろ。
おれだって、これが子供のケンカや男同士の女の取り合いだったら気楽に出て行って冷静な話し合いを促しただろう。
だが、おれはイマイチ状況を理解できていない。
どうして魔の森に人が入って来たのか。
なぜ子供と女に男たちが武器を向けているのか。
そうこうしているうちに、男たちが女に斬りかかった。
女は手にした槍で巧みに攻撃のタイミングを逸らした。
(おおう、あの娘はただ者じゃないな……)
「×〇〜〜〜!! 〜〜!!!」
「〇▽〜!」
何と言っているのかイマイチわからない。
これはローア語でも、ゼブル語でも古代言語でもない。
多分、バルト語だ。
(『よーし、訓練はここまでだ、帰って酒でも飲むかー』って言ってるのかもな、うん)
男たちは女を囲む。
女は少年を庇うように槍を構えた。
いや、分かってる。
これはケンカでも訓練でもない。
男たちはここであの二人を殺す気だ。
なのにおれは茂みの中で気配を殺して黙って見ている。
(クソ、どうした!? さっと出ていけ。ヒーローになれるチャンスだぜ)
おれは命令を聞かない自分の体を鼓舞する。
[そうだ、あいつらを殺してやれ。悪党を殺せばお前のその病気も治るさ]
「黙れ!」
おれの独り言と漏らした気配に槍の彼女は気が付いたようだ。
当然だ。聞き取りやすそうな大きな耳をしている。
すぐさまおれのところに槍が投げ込まれた。
(マズイな。これはおれのせいか)
おれを魔獣と勘違いしたのだろう。藪を突いて混乱に乗じて逃げようとしたのだ。
追い詰められた彼女の一か八かの一打が起死回生の活路となるかはおれに委ねられた。
それがわかっていてもなお、おれの身体は茂みの中。
槍を失った女の前に勇敢にも飛び出したのは、守られていたはずの少年だ。
「××△〇〇〜〜!!!」
「□□〇〜〜!! □◇◇!!!」
森にこだまする叫びをただおれは聞いていることしかできない。
[気にするな。あいつらが死んでも赤の他人だ。まぁ、恩に着せて利用するなら、お前なら簡単だ。後の五人を殺せ!!]
原因は時折視界の端に現れ、おれに命令してくるコイツだ。
コイツとは一か月の付き合いになる。
だが、好きで一緒にいるわけではない。今は確認しようもないが、確かなことはコイツがおれの作り出したイメージに過ぎないということだ。
おれは精神を病んでいる。
そうでなければとっくにこの森を抜けて、人里に下っている。
(ええい!! おれに命令するんじゃねぇッ!!)
存在しない幻影の声を振りほどくように、おれは魔法を発動した。
「「「「「ギャァ!!!」」」」」
足の甲を岩でできた突起に貫かれ、前のめりで倒れた男たち。
その様子をただ茫然と眺める獣人の女と少年。
全員が藪から姿を現したおれに気が付き、一斉に視線を集中させた。
(頼む、これで逃げてくれ)
だがおれの願いとは裏腹に、男たちはおれに向かって来た。
(なぜ逃げない!! 実力差がわからないのか!?)
[そら、生贄が祭壇に登って来た♪ 愚か者の憐れな末路〜 潰れた蛙のように♪ 五つの断末魔〜 無様な五つの最後の叫び〜〜♪ アハハハハハ!!]
―――気が付いた時、おれは五人を殺していた。
記憶の神殿で記憶を辿る。
『風圧』を加減せずに使ったようだ。
よく知りもしない相手。拘束しようと思えばできた。なのに、怒り狂った彼らの顔を見て恐怖し、あの声に身を委ねた。
おれは人を恐れているらしい。
[ちがう、ちがう、そうじゃない!! 優しくするとバカを見ると学んだんだ! 顔色を伺って悪党か、そうじゃないか? まどろっこしいことに頭を使ってやることはない。気に喰わない奴は殺していけばいいのさ。それで愚か者も楯突くことができなくなる]
これだ。
最後に話した人族はルーサー、ブランドン、フューレ。
以後、三年間でおれが話したのは幽霊、魔王、神、妖怪たち。
帰ることに必死で、おれは自身が抱える心の問題を直視してこなかった。
全て後悔や怒りで塗りつぶし、あの恐怖と向き合わなかった。
おれは人族恐怖症となっていた。
◇
平安京を出て、こちらの次元に戻った後。
一日目。
「よし、霧雨さんの弁当でも食べるか。よっこいしょ」
魔の森の魔獣を相手に軽く運動してから、おれは良さげな木陰に座り、弁当を広げた。
「うわぁ、うまそ」
重箱に、おにぎり、芋や筍、茸の煮物、鮭の塩焼きなど何品もの料理が入っていた。
手間暇をかけて作られた料理に、伝わってくる温かい気持ちに、本物の家族の絆を感じ、心と腹を満たした。
「よし。行くぞ」
一時間後。
森の出口に着いた。
魔の森はもう慣れたもの。方向感覚だの魔獣だのでおれの進行は止まらなかった。
止めたのは別の者たちだった。
「〇□〜◇===×」
「×▽!!」
(なんだあいつ等。何語をしゃべってるんだ?)
森の出口付近でおれは冒険者風のグループを発見した。
(何語でもいい。とにかく人に会えた!……あれ?)
身体の調子がいつもと違うような気がした。緊張しているのかもしれないと思ったが、彼らに歩を近づけるごとに、心臓は大きく早く脈打ち、脚は重く、手は痺れ、呼吸は激しく、全身から嫌な汗をかいた。
(これは、魔法による攻撃か?)
そう思って魔力視を有した右目で周囲を確認する。
(違うか。なら毒か?)
おれは服を脱いでくまなく発疹、虫刺されが無いか確認する。
(異常なし? ならこれは、何だ……精神的なものか?)
「×▽□!!!」
「□□―!!」
「うわーッ!!」
おれは全裸でいるところを目撃され、すぐさま逃げた。
いや正しく言えば、冒険者と目が合って反射的に森の奥に引き返した。
この日以来、おれは森の出口に行くと同じように現象に悩まされ、森から出ることができなかった。
だが、最初の一週間はそう焦ることも無かった。
三年も待ったのだから。今更この程度の問題で冷静さを欠くはずがない。
少なくとも問題解決のために前向きだった。
三週間後。
問題解決のために『思考強化』を使った。
まさか失敗するだなんて思いもしなかった。
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懐かしくも忌々しい社屋。
おれが記憶の神殿として選んだ場所。
『思考強化』の際は必ずここにやって来て、あらゆる情報にアクセスし、同時に様々なことを考えられる。思考が別個の人格を持ったかのようにそれぞれ動き、客観的におれはそれを眺める。
だが、いつもと様子が違った。
社屋にいるのはおれと、もう一人だけ。
そいつはキャスター付きの社長椅子でくるくると回りながら、話し始めた。
[解決する手段は一つだ。お前が変わるしかない]
「変わる?」
[お前の中にはまだ甘さがある。それが、敵に付け入るスキを与える]
「ちょっと待て。何の話だ? 森から出るための方法を知りたいんだ」
[お前は分かっているはずだ。なぜ森から出られないのか。最初に森の出口で冒険者を見たとき、お前は恐怖した]
「恐怖?」
とぼけてみるが、意味は無い。
今話しているのは他人ではなく、まぎれもないおれ自身だ。
[いい加減に目を逸らすのはやめろ! お前はこの世界に転生して生き方を変えた。だが、結局同じ末路を辿った。原因はお前のその甘さだ]
「ちがう、原因は逆恨みしたクズだ」
[逆恨みされやすい体質だとでもいうのか?]
運、不運の問題だとは思っていた。
少なくともこの間までは。
[荒木がお前に仕事を押し付けたのはなぜか? お前が従順なフリをしたからだ。ルーサーが恋人の死の責任をお前に押し付けたのは聖人君子のように振舞ったからだ]
「おれが……! あいつらを増長させたとでもいうのか!?」
[少なくとも、お前が正直な気持ちで生きていたら、荒木を殴って縁切りが済んだ。騎士になどならずひたすら魔導に打ち込み、ルーサーと関わることも無かった]
正論だと思った。
いや、心のどこかでずっとそうしたいと望んでいたことだった。
ならどうしてそうしなかったのだろう……
[今お前はロイドという仮面で生きている。その前は従順な社員の仮面をかぶり、そうやって本性を隠して生きて来た]
「そうだ、正しく生きたいからそうしてきた。人を殴って問題は解決しない。周囲の期待を無視しても楽しくなんてない」
[笑わせるな。結果として被る仮面が多すぎて、お前は正しい振舞ができなかった。お前自身が正しく在ろうとするあまり、他人がどんな仮面を被っているのかを見定めることができない。だから恐れている。人と接する上で、お前は失敗から学ばず、ただ正しく在ろうとし続ける。このまま人の顔色を伺って生きていても同じことが繰り返される。それが内心分かっているから、お前は森から出る気になれないのさ]
「お前は……何だ?」
[おれか? おれは、お前の本性だ]
その言葉を聞いた時、何かが逆転した気がした。
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「ここは……はぁ、戻った、のか……?」
一週間もの間、おれは主導権を奪われていた。
『思考強化』の失敗で生まれたそいつはおれの身体を乗っ取り、ただ帰ることだけを考えて行動した。
泉の女神がいた場所で神気を回復させ、『神域』で神を呼び出そうと試みたのだ。
神聖歴八紀220年には十一歳のロイドがパラノーツにいる。もし、神が同時に存在するおれを観測することで歴史が変わればタイムパラドックスが起こるかもしれない。
幸いにも、泉には竜種が住み着いていた。
そいつ―――〈ブラックロイド〉は複数の竜種との戦いに気を取られ、おれは主導権を何とか取り戻すことができた。
「危なかった……ここの竜種を全て討伐していたら、銀河隊のことを悪く言えないぞ」
明らかに森の生態系に直結する存在を根絶やしにするところだった。
[それがお前と何の関係がある? ヴィオラとシスティーナに会いたいんだろう?]
「……な、に?」
ブラックロイドは思考強化をしていない間もおれの視界に現れるようになった。
◇
―――六週間後。
竜種との戦いでダメージを負ったおれは一先ず回復に専念した。
ブラックロイドは依然として視界に現れ、自己優先を説く。
このころになるともはや、それも正しいのではと考えるようになっていた。
それを思い留まらせたのは、二人の愛する女性たち。
ブラックロイドの言葉に従い、瓦礫と屍の山を積み上げたなら、それは果たして二人が愛した男なのだろうか。
例えそれで帰ったとしても、二人を失望させては意味がない。
[なら、好きにしたらいいさ。一生このまま森の中で暮らすことになるがな!]
「黙れ、集中させろ」
おれの自問自答はそこから二週間続いた。
自分の間違いを探す。それは自分の否定にもなり、虚しい時間だった。
このころになると魔獣もおれを覚えたらしく不用意に近づかなくなった。
大自然の中、己の精神と戦い続け、森からの脱出と人族恐怖症の克服を試みた。
「やはり、人と話すしかない」
森の出口で、誰かが来るのを待った。
平安京を出てから二か月。
ようやくその時が来た。
この後も改稿と新規書き下ろしになり、完了するまで話数と内容が合わないかもしれませんがご了承ください。2019/05/29




