第五話 その森、奇々怪々にて―――泉の女神
2019/5/25 修正加筆しました!
つい勢いで夜中に森に行くことになってしまった。集落の長が行くというのだからおれと二人というわけにはいかず、ぞろぞろと何人も付いてくる。
申し訳ない。
月夜の光も差し込まない未開の原生林を異形の者たちが進む。
牛車というべきなのか、牛頭の人に荷車を引いてもらい十分ほどで泉に着いた。
唯一光が差し込みキラキラと水面が輝いている。
着いて気付いたがここには神気が満ちている。
久しく失っていた力が流れ込んでくるのを感じた。
牛車を降りた葛葉が泉に歩み寄った。
「イズミよ! 妾じゃ」
葛葉が声を掛けると泉から人が出てきた。
月桂冠を乗せた金髪の白人。
やはり昨日見た女性だ。水の中から出てきた以外は普通の人間に見える。
「泉の女神だからイズミとは安直な……」
うっかり本音を漏らしたら、異形たちに睨まれた。
「寝ていたのだけれど」
彼女は葛葉と話し、時折こちらを見た。おれの事情を説明しているようだ。
「―――結論から言って、あなたを出すためにこの次元結界を解くことは出来ません」
キッパリと断られた。
「この者一人、出すこともできぬのか? 入って来たのだから出られぬはずあるまい」
「入ってきた彼こそ、どうやったのかわからないの? 私にはそもそも入ってきた方法が理解できないわ」
期待していたが、この神は転移を知らない。
イズミは身振りでお手上げというポーズを取った。
「お願いします。何でもいいので、お知恵を貸してください。おれにはここを出て、守ると誓った人たちがいるんです」
ここで収穫が無ければ…………
「誠一…………」
おれは土下座でイズミに頼み込んだ。
今おれにできることは助けを乞うこと。縋りつく以外にできることは無い。
「ここはいいところです。別離の悲哀は分かりますが、あきらめて余生を過ごすのはどうですか?」
「イズミよ、お主は良い奴じゃが、人の機微に疎いのう」
曲がりなりにも神ならば、おれの中に不足している知識を持っているはずだ。
神が生み出したこの空間を飛び越えた転移。それを理解するにはこの人の協力は絶対欲しい。
「…………まぁ、魔法を見れば何かわかるかも。でも期待しないで」
「あの、魔法陣なら再現できますが、魔力による立体式なので見せることは出来ません」
魔力は眼に見えない。おれがタイタンの魔法陣を見ることができたのはタイタンが魔力を可視化したか、幽体を見せる魔法を利用したからだろう。
「構いません。私には見えるから。やってみてください」
見える?
半信半疑でおれは魔法陣を再現した。
これに魔力を流すとあの遺跡のような場所の魔法陣まで飛べる。
「こ、これは……なんて細やかな魔力操作! それにこの複雑な魔法陣は……あなたこれを一体どこで?」
表情を初めて変えたイズミ。どうやら本当に見えているらしい。
「ピアシッド迷宮の最下層にいた、幽霊に教わりました。紫色の眼をした巨人で、おれはタイタンと呼んでます」
「迷宮……紫の瞳……まさか!」
泉の女神は心当たりがあるようだ。
「随分親し気ですね。末恐ろしい……あの方が力を貸したのなら私も無視は出来ません。いえ、むしろここにあなたが来たことにも何か意味が?…………わかりました。出来得る限り協力します」
泉の女神はタイタンを知っているらしい。何やら恐れて多くは語らないし知り合いというわけでもないというのでそれについて聞くのは保留だ。
「私はここを維持するためにこの泉の力を借りてやっと。私がこの次元結界を緩めれば二つの時空が衝突し空間にゆがみを生みます。それだけは避けなくてはなりません。もしそうなったら……また葛葉たちのような異郷の者たちを呼び込むことになってしまいます」
「―――それはつまり、葛葉さんたちを呼び込んだ誰かが居て、過去に空間のゆがみを生んだということですか?」
泉の女神は眼で肯定だけした。思えばおれが居た世界とここは共通点が多すぎる。もしかするとここの人族というのはおれの世界からやって来た人々の子孫なのでは? そう考えれば、発想が似通っているのも説明が付く。
シンクロニシティ。意味を持った必然的偶然の一致。おれが居た現代で想像されたものが、こちらの世界で実現していてもおかしくない。
「話を戻すぞ。今はそなたをいかようにして元の次元に戻すかじゃ。イズミはその陣の知識に明るいのかえ? 全てとは言わずともわかることを教えれば、誠一が陣の理を解く鍵になるやもしれぬ」
「そうですね。私も基本しか……しかし一部は我々神が地上に顕現する際の陣に似ています。あれは天界でも一部の方にしかできませんのでなんとなくしかわかりませんが……おそらく、私の次元結界をすり抜けてここに転移する際、一度肉体を手放し、霊魂のみをこちらに送り込んでいるのです。その目印があの遺跡の陣なのでしょう。そして、光子に分解した身体の情報を元にこちらで復元した……私にわかるのはこれくらい―――」
「す、すごい、そうか! そうだったのか!!」
「え? しかし、これだけではどこがどう機能しているのやら……」
「いえ、希望が見えてきました。」
元の次元に帰るには次元を越える必要がある。
一歩前進できただけでもいいんだ。おれに今必要なのは答えではなく、前に進むための希望なのだから。
「ありがとうございます」
「意外ですね。正直、あなたほどの力があれば私を殺してここの次元を無理やり引き裂くこともできたはず。邪推でしたね」
「は? そんな…………」
いや、ここに来る前に葛葉と話していなかったら……
おれは時空のゆがみなどお構いなしに、彼女を手にかけていたのかもしれない。
泉の女神がおれを警戒するのも当然だ。
だがそんな何をするかわからないおれを制してくれたんだな。
振り返ると葛葉がニコニコとこちらを見ている。
ハイハイ、ありがとうございます。
「―――おれに神を殺す力なんてありませんよ」
「いえ、あなたはここに来る途中に黒い魔獣、〈悪王の使い〉を倒しているはず」
悪王? あの暗黒魔獣か?
「あれはこの森を封じた時紛れ込んだ魔獣の一匹で〈厄災〉が連れてきたものなのです。我々には倒せないので泉の力で遠ざけてきましたが、あなたは倒した。その恐ろしく流麗な魔力制御、力比べではかないません」
あの暗黒魔獣も、タイタンが言っていた〈厄災〉とやらがこちらに引き込んだものなのか。どうりで毛色が違うと思った。……・・食べちまったけど大丈夫かな……うぷっ・・
「悪王の使いを倒しただと……」
「あんな坊主が」
「あれがいなくなったなら森も穏やかになるなぁ」
おれが暗黒魔獣を倒したと聞いて、葛葉の家来たち異形の者たちがヒソヒソとおれのことを話し始めた。
「食ろうてやろうと思ったがやめとくかの」
「んだべ、こっちが食われるわなー」
聞こえたぞ!
「いや、食べる気だったのか!!!」
おれのツッコミに対し、異形たちがニヤっと笑って一斉にこっちを見た。
鳥肌が立った。
やはり得体の知れないこの化け物は人間を食べるのか! 食べるためにおれに飯を与え、暴れないように説得したのか!
「ホホホ、冗談に決まっておろう」
「は…………いや、笑えないですよ!」
葛葉は笑っているが、他の連中は舌なめずりしてこっちを見ている。
牛頭に、般若顔などの能面衆、一つ目の大男、死人のような顔の女、カタカタ動く鎧武者、二足歩行の狸、半纏を着たうさぎ、猫、手のひらサイズのおかっぱ少女、etc…………
改めて見ると、恐ろしい。
今まで妖怪や幽霊は信じて無かったが、目の前にいては否定しようもない。
「ふふ、畏れとるのう」
「これよ、これ。この反応が良いのじゃい」
「懐かしいのう」
「現役時代を思い出すな」
「私は悲鳴が聞きたいわ」
喰われてたまるか!
こいつらには絶対背後を取られないようにしよう。
「これこれ、やめぬか。誠一もそう怖い顔するな、冗談じゃ。でも背後には気を付けるのじゃぞ」
葛葉がおれの肩に手を置いた。背後を取るな。
そうだ、今は他にやるべきことがある。集中しなければ。
いや、今度は泉の女神がおれをじっと見てきて気が散る。
「何ですか?」
「本当にすごい魔力操作ね。思考というより意志に呼応して自在に動くのね」
「え?」
「葛葉の側は安心できる?」
どちらかといえばソワソワするんですが。いや……そうでもないかな。
女神はおれの魔力を見ておれの状態までわかるのか。
おれの魔力制御や先ほどの魔力で創った魔法陣がどうして見えているんだ?
「イズミ様は魔力が見えるのですか?」
「不思議? 魔力視の法は昔ならさほど珍しくなかったですけど―――そうだ、あなたを疑ってしまったお詫びと悪王の使いを倒してくれたお礼に、魔力視を差し上げましょう」
「ええ? そんなことができるんですか?」
「できるんですよ。私というよりこの泉の力でね」
泉には異界と繋がる力の他に眼を癒す力、それと若返りの力があるという。おれはふと葛葉を見る。
「わ、妾は世話になっておらんわ! 年齢の概念などないのだ!」
「はは、いや、何も言ってませんが」
葛葉に年齢の話は禁物らしい。ちょっと計算しただけでも白銀の魔王の時代から現代までで…………おっと、睨まれた。はい、やめます。
おれは泉の女神に招かれ泉の中に引き込まれる。すると右眼に熱を感じ、徐々に疼き始めた。失った右眼が視界を形作り初め、やがて光を感じた。眩しいくらいだ。
「う、こ、これは……」
暗闇でいたるところが七色に光り、その光が付いたり消えたりと目まぐるしく変わる。自分の体からも極彩色の光が立ち上っているのが見える。
(この光が魔力なのか! 眩しい!!)
おれは周囲を確認する。ふと葛葉を見ると目がつぶれるかというほどの光を放っていた。
さすがにすさまじい魔力量だ。
「ホホ、妾の美しさに目がつぶれたか?」
「眩しいのは確かで」
「いずれ慣れます。その眼で魔法陣の起動を見ればさらに解読に役立つでしょう」
「あ、ありがとうございます……!」
おれは平伏したポーズで感謝した。厚意が心に沁みる。折れかかっていた心は傾きを正し、再び熱を取り戻した。
(まだやれる。ここはまだ終幕じゃない!)
こうして、おれは魔法視を利用して魔法陣の解明を進めることになった。




