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第四話 その森、奇々怪々にて―――異郷の故郷

2019/5/25 少し加筆しました!

 

 この平安京という名の集落に暮らすのは紛れもなくおれと同じ日本人だった。


 ただし、今の彼らを「人」と捉えていいものか。


 彼らの祖先はおれと同じく異界の門を通りこちら側に来たらしく、そこには人だけでなく魑魅魍魎も含まれていたという

 


「―――なぜこちら側にきたのかはわからぬ。気が付いた時、もう妾たちはここにいた。もう数百年も前のこと」



 平安の世、物の怪、鬼、妖と呼ばれた者たち。

 彼らの代表となった狐の妖が人と化生のものたちをまとめた。

 それが葛葉だった。



「この平安京に安住するまでには幾年月も経て、多くの者を失った」



 彼らは交わり、独自の文化という名の日本文化を守りながら生き抜いてきた。その過程ではこちら側の世界の人々と戦いにもなった。



「言葉も身なりも違う妾たちが突然現れたのじゃ。それは恐れもする」



 一貫性の無い生態と高い知識、不可思議な力、獣人に匹敵する身体能力は魔物と類似点が多く、混同されてしまった。

人族の中で勇者と呼ばれた男が彼らに魔石が無いことに気が付き、葛葉との和睦を申し入れた。そうして勇者の計らいで互いに干渉しないと誓約を交わした。


 葛葉(くずのは)は〈白銀の魔王〉と呼ばれはしたものの、勇者と和解し、戦いを終わらせたことで〈誓約の民〉と呼ばれるようになる。



「それで話が済めば良かったのじゃが、人の寿命は短く、誓約は次第に軽んじられいつしか忘れ去られた」



 後に神となった勇者は葛葉たちを護るため、一切の干渉ができないように、森の一角を封じ、葛葉たちを保護した。



「あ奴の計らいでここにようやくこの村―――平安京を築くことができた。何者も干渉できぬこの森の中でな」


 

 なのになぜかおれはその封じられた森の中にいる。



「……つまり、平安時代の妖怪がこちら側になぜか現れ、誤解で戦争になってそれに気づいた勇者と和解したけど、結局は迫害されたからこの森で保護され村を興した、と?」


「……お主~、妾たちの七難八苦、波乱万丈の長旅を百文字以下にまとめんでくれんかの?」


「すいません、でも、妖怪、勇者、魔王……」


 突飛な話過ぎて、嘘くさいなぁと感じた。


「ああ~! ちょっと疑ったのう!? 疑ったのう!!」


「はは、妖怪って本当にいるんですか?」


「そこから!?」



 白銀の魔王についてならちょっとは知っている。

 確か千年ぐらい前に現れた五番目の魔王。勇者と戦いではなく、話し合いで決着をつけたとして唯一美談を持つ魔王だ。


 ただ、史実でもこの魔王は獣人の亜種となっていた。


 妖怪なんて非現実的なものがいたとは信じられない。


「お主だって、ここに居るではないか。なのになぜ信じられん?」


「私がいた時代では妖怪とか霊魂とか信じるかどうかはその人次第で。おれもそういう文化としか……でも、妖怪がいたなら、神様もいたのか」


 あっちの世界の神様には死んだときにも会っていない。


「神は居らんよ」


「あ、居ないんですか……」


 なぜかおれはがっかりした。


「まぁ、神と呼ばれた者たちの魂が、それに倣って似たような存在になることはあるがのう」


「それはつまり、神なのでは?」


「さぁのぅ~? 妾にとっては妖と変わらん。あとは言葉の上に人が創った表現とかじゃのう」


 なんだかおれの思い描く死生観、宗教観と彼女の見て来たものが違い過ぎて、ちょっとすぐには納得できない。




「まぁ良い。ここに居れば考えを改めるであろう。さて……」


 葛葉は居住まいを正した。




「軽口はこれくらいにして本題に入ろうぞ」


「全くこれっぽっちも軽いお話ではありませんでしたが、お願いします」


「お主は『転移』という法でここにやって来た。閉ざされたこの空間へ」


「……ちょっと待ってください。どうしてそれを知っているんですか?」


「悪いがお主が寝ているときに魂を覗かせてもろうた。お主の過去、前世、ここに至る経緯を垣間見た」


 神聖魔法で魂に干渉する魔法があると聞いたことがあるが、彼女のは異なる法か?

どうやらその力は疑いようがないようだ。

道理でおれの前世を知っているはずだ。


「なら、おれの目的もご存じのはず。帰れますか、おれは……」



 葛葉は目を逸らさなかった。

 だが、これまでよりも格段に言葉を選んだ様子で口を開いた。


「その『転移』とやらは印が無いといかんのであろう?」



 そう。

 転移した岩宿の中には複雑な魔法陣があった。

 おそらくそれが座標だ。



「確か、森を封じることで妾たちがいる時空と誰も居らん時空に分かれると言って居った。あの祠は妾たちが管理して居るが、おそらく元の森では風化して居るのじゃろう。それで行き先が強制的にここになったということよな」


 つまり、この平安京と元の次元でそれぞれ別の時の流れがあり、元の次元の印は破壊され、維持管理されていたこちらの印に転移した、ということか。




「ならば帰る手段もまた、その『転移』しかない」



 バックドアは用意されていない。

 おれが『転移』で、つまり自力で帰る他ないということだ。


 だが、迷宮で初めて転移を知ったおれがあちら側に座標を示す魔法陣を用意できるはずもない。

 

 おれはここへ片道切符で来てしまった。

 実質帰ることはできないということだ。



「数奇な人生よな。太平の世で生まれ、誠実に生きていただけのそなたが、恨まれ、妬まれ、疎まれてここにいる。愛する者たちの元へ帰りたいのも分かる。しかし、妾にはその手段が思いつかぬ。何もしてやれぬ。……すまぬなぁ」







 


 その後、何をしていたのかは覚えていない。気が付くと夜になっていた。どう戻ったのか一人部屋に居た。

 その時にはただ、この現実を必死に否定しようと繰り返していた。

 

「なんでおれだけ? なんでおればっかり……?」

 

 おれは悔しさと無力感でどうにかなってしまいそうだった。


 部屋の中で一人畳に爪を突き立てる。

 

 まるで人生を弄ばれているかのような感覚だ。

 おれは努力しても報われない運命なのか。

 

 問いかけの答えは今この現状が指し示している。

 それが全てだ。


 神と妖は似たようなものと葛葉は言った。罰当たりな発言だと思ったが、今この状況がおれの選択の積み重ねだとは思えない。

 そう、どこで選択を間違えたのか、そんなことは関係ないのだ。おれがいくら生き方を改め、努力を積み重ね、何人救おうと、何人裁こうと、そんなことは関係ない。

 

 事実、おれよりも怠惰で、おれよりも悪徳に塗れ、おれよりも不道徳な者がこの世界のどこかで平穏を貪っている。


 神がいるかって?

 本当の神がいたら、おれはここでこうしていない。


 少なくとも、頑張った者によりよい未来を与えるような、やさしさなどこの世界にはない。


 むしろ、人の努力を嘲り、意志を挫いて、苦しんでいる様を眺めて手を叩いて笑っている―――そんな悪魔がおれの運命を握っていると考えた方がつじつまが合う。


 なぜおれは正しく努力すれば今度は報われると思ったのだろう。


 初めからおれの人生というものが、誰かの悪意によって動かされている笑えない三文芝居だったと知っていたら、おれはこの役に直向きに付き合うことも無かったというのに。



 もうやめた。


 考えてもしょうがない。


 何をしても無駄だ。




 おれはあきらめた。

 



 すると妙に楽しくなってきた。

 おれを縛っていた道徳観や責任が無くなり、何をしてもいいという気分になった。

 


 すると突然障子が開き、葛葉が入ってきておれの横に座った。


「今、ここにいない方がいい。死になくなかったらな」


 警告をしたが、葛葉は出ていく様子はない。


「ここは妾の家じゃ」


 道理だが、素直に話す気にはならずおれはずっと俯きそちらを見向きもしなかった。

 いっそのこと奪ってやろうかとも考えたが、世話になった恩義を思い出し、思い直す。その義理を考慮してしまう思考が邪魔に思えた。



 葛葉はこの村の話やこちらに来ての苦労話をしていたがおれの耳に入ってこなかった。やがて、葛葉はようやく話の核心に触れた。

 

「そなたが来た法を解き明かせば、それは時と空間を操る法となろう。妾にはその知恵はないが、そなたにはあるのではないか?」


「……無理だ。おれが居た神聖暦八紀221年に転移のできる陣が無いんだ。ここからどうやって……」


 道は無い。第一、おれは魔法陣の専門知識はない。タイタンの魔法をただそのまま真似しただけだ。どんな法則で機能しているのかも知らないのにどうにかできるわけがない。思考強化したって無理だろう。


「……」


 自分にできないことをどうして改めて説明しなければならないんだ。早く一人にしてほしい。そう言おうと顔を上げたおれは葛葉の眼を見て萎縮してしまった。彼女は傷ついたおれを慰めるような眼では見ていない。


 その眼には非難と怒りの感情がにじみ出ていた。


「うじうじと辛気臭い! たかだか十数年の人生で何を悟った気で居るのだ!!」


「は?……な、なんだと!!」


「妾がここに腰を落ち着けるのに何百年かかったことか! それを不幸の一度や二度で、もう終わったかのように……女々しい奴じゃ!!」


「……そんな、簡単に済ませられるような事じゃない!! おれがどれだけ……!!」


 ふざけるな!! こんなこと納得いかない!


「なんじゃ? 思うたことを言うてみよ」


「おれがどれだけ努力してきたか!! もう二度と理不尽な思いをしないように細心の注意を払って、自分を高めるために毎日誰よりも努力して、それでようやくって所だったんだよ!!! 絶対に今度は幸せになれるはずだったんだ!!」


「人の一生に絶対など無い!!」


「……ひ、人じゃない癖に知ったようなことを言うな!!」


「そうよ、人でない故、人の生き様を人以上に見てきた!! 本懐を遂げる者などごく一握り!! 大抵のものが望んだ通りには生きられずもがいておった!!」


「……」

 

「そなたは二度も機会を与えられた。幸運じゃ。だというのに二度目の途中であきらめるというのか? まだ、やれることをやり尽くしておらぬだろう」


「……そんな、こと……」


「そなたがここで一生を過ごしたいというならば、それも良い。だが妾は辛気臭い輩を引きこもらせて置くつもりは無い。知恵が浮かばぬなら動いて探せ! それでも駄目ならば誰かに泣きついて助力を乞え!!」


「……いや、でも……どうせまた駄目に決まっている!!!」


「妾にさえ先は読めぬ!! 小童が知ったような口を利くな!!! 次に『どうせ』などと格好の悪い言い訳をしたら、叩き出そうぞ!!! 二度と妾の前に姿を見せるでないわ!!」


「……ぐっ…」


 おれの怒りは頂点を迎えた。

 それに呼応するかのように、十二年かけて身に着けた見えない凶器が葛葉の口を塞ごうと動き出した。


「ほう、妾を殺すか。怪物になってしか生きられぬというならやってみよ! 性根を腐らせる前に妾が引導を渡してやろうぞ!!!」


「だまれ……」


 おれの身体は彼女の言葉と雰囲気に呑まれ、硬直した。

 怖いと感じた。目の前の女性を殺そうしている自分、それに抗っている別の自分、その間に迷いなく近寄ってくる彼女。

何もかもが怖ったがそれよりも、次に何を言われるのかが怖かった。

 これまでに多くの恐怖を味わってきたはずなのに、そのどれとも違う恐怖だった。


[パシィィン!!]


 強烈な衝撃を顔面に感じて、おれはよろけた。


「弱者に甘んじるな!! ちゃんと生きなさい!」


「……!?」


 前世。子どもの頃、おれはいい子で、こんな叱られ方はされなかった。だから、なぜ彼女がこんなことするのか、はじめ分からなかった。


 真正面から叱られて、おれはどうしていいかわからない子供のように、自分の正当性を何とか言葉にしようと考えた。

 その途中、無性に情けなくなり、弱弱しい考えしか湧かなくなっていった。


 

 どうして、おれがこんな目に?



 おれはただ、自分が不遇な扱いを受けて不貞腐れていただけなのに……

 

 

 

……そうか、おれは不貞腐れていただけだったか。

 

 

 不貞腐れて、ここにいない者を蔑んで、今日初めて会った人に叱られている。なんてかっこ悪いんだ……


「もし全てをやり切ってもなお、どうしようもないその時は、妾が()()()()()()()()()を説得してやろう。拒めば力づくで言うことを聞かせても構わぬ!!」


 一転して語気を和らげて話しかける彼女の言葉に、おれの思考が習慣めいた冴えを取り戻した。


「……女神?」


「誓約破りの誹りを受けようともそなたを元の場所に戻してやろう」


「……あの、この地を別次元に封じたのは天界にいる元勇者なのでは?」


「ん? そう言うたか? あ奴は口利きをしてくれたのじゃ。妾がこの世に干渉せぬよう、遣わされた別の神がこの地を隔離して居る」


 



 一瞬、二人の間に間が生まれた。

 



「なんでそれを初めに言ってくれないんですか!!」


 神がここに、この次元を生み出した本人が居る!

まだ、手は残されている。神を信用するわけではない。でもあきらめるのは会ってからでも遅くはない!


「ホ、ホホ……す、すまぬ。妾はてっきり解っているものとばかり……」


「おれをその神の元に案内してください!!」


 おれは頭を下げて頼んだ。この希望を掴む。今できることはそれだけだ。


 葛葉はおれの頭に手を乗せた。


「……うん、邪気は散ったようじゃな」


「え?」


 葛葉は立ち上がると部屋を出た。


「付いて参れ。神は泉じゃ」


「は、はい!」


 泉……そうかあの入水自殺してそうでしてなかった女だ。おれはあそこに勝手に近づいたから気を失わされていたのか。

 ひょっとしたら葛葉はその様子を魂で見ていたからおれがすでに気付いていると勘違いしたのかもしれない。


「……あの、葛葉さん……ありがとうございます」


「フッフッフ、母様と呼んでかまわんぞ?」


 おれの中身が結構な歳だということを話すと、それでもおれは子供みたいなものだと言われた。話していたら、さっきまでの黒々とした重苦しい感情が無くなり、スッキリしていた。


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