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第二十二話 王都騒乱ー終結

 

 王宮内の広間。

 

 国王への強襲と同時に、刺客たちが王族へ差し向けられ今まさに追い詰めたところだった。


 王妃、シャルル王子、アイリス王女を護る騎士たちは半分に減り、苦戦を強いられていた。


「母上、アイリス、私の後ろへ!」


「だめよ、シャルル!」


 王子自ら剣を振るい敵騎士と撃ち合う。しかし、形勢は変わらない。


 絶体絶命のピンチ。 


 そこへ到着した救援が衛兵たちとクリス、カミーユ、エルゴンだった。


「ベルグリッド伯領駐屯騎士団長、エルゴン・スペイド・ピット、助太刀いたします!!」


「ブラッドフォード家、クリス、カミーユも及ばずながら参戦致します!!」


 駆け付けたエルゴンは齢六十の老剣とは思えない勢いで敵を蹴散らしていく。

 

「おのれ、このくたばり損ないめ!!!」


 数で勝る刺客たちを押し返し始めた。


 それまで一方的に撃たれていた魔法をカミーユがレジストし、クリスが逆に反撃して敵魔導士を戦闘不能にした。

 形成は逆転した。


「「ロイド直伝『鎧潰し』!!」」


「・・・身体が動かない!!・・・・・・ぐぁぁあ!!」


 複合魔法『鎧潰し』により全身革の装備の闇ギルドの暗殺者は動きを封じられ、エルゴンの刃の餌食になっていく。


「おお、ロイド所縁の者たちか!!」

 

 加勢に後押しされシャルル王子たちは退路を確保した。


「母上とアイリスを逃がせ!!」


「無駄だ」


 闇ギルドの刺客たちの奥には隊列を組んだ騎士たちが待ち受けていた。


「うおおッ!!! 殿下たちをここからお救いしろォッ!!! 行くぞ、蒼天隊!!!」

 

 ハイウエストが敵を切り崩していく。

 激突した二隊は乱戦になった。実力では蒼天隊のハイウエスト隊長、金華隊のリア隊長、緑玉隊のコレット隊長率いる王宮騎士の方が上。


 だが敵勢力の中にも手練れが数人控えており押し返された。

 ルーサーと銀河隊の騎士たちだ。


「由緒正しき騎士の血統である我ら銀河隊は王国最強なり!!!」


「クッ・・・バカな!! なんだこの力は!!?」


 その全員がジェレミアに選抜された血統書付きの騎士たち。

 こちらが軽装・帯剣のみであるのに対し、銀河隊は完全武装。それもただの装備ではない。


 その鎧にはロイドが考案したパワーアシストがついていた。動力を魔石に変え、出力を下げた代わりに安定した能力アップが可能となっていた。研究室から持ち出されたデータを元に反乱の為にジェレミアが作らせたのである。数分の稼働時間においてのみ、隊長格に匹敵する力を有していた。

 ハイウエスト卿、リア卿、コレット卿が密集して敵の攻撃を防ぐがすでに数名が戦闘不能となり、突破されるのは時間の問題だ。


「決着はついた! 全員武器を捨てろ! これは新国王であるジェレミア・ピアシッド・パラノーツの命令である!!!」

 

 そこへ追い打ちをかけるように国王を人質にするジェレミアと敵の増援がやって来た。



「叔父上!! なぜこんなことを!!!」


「ジェレミア様お止めください!!」


 国王を人質にされ手出しができず追い込まれる。


「禍根を残せば国政に関わる。さっさと首を撥ねてしまえ!!」


 自分の甥と姪、そして義姉の処刑を命じるジェレミア。


「余のことはいい! 三人を護れ!! 戦えッ!!! 騎士たちよ!!!!」


 国王、ブロウド・ピアシッド・パラノーツの喝に士気を取り戻した騎士たちは何とか攻撃を阻み退路をつくろうとする。


「そういうことならば仕方ない。兄上、ここでお別れです。せめて国民の前で刑を実行したかった」


「そんな、やめてぇ!!」


「うぉぉぉ父上!!!」


「お父様!!」


 家族の悲鳴を聞きながら、抵抗できない国王。


 助けに入ろうとするが阻まれる騎士たち。

 


 無情にも剣を突き上げ、跪かせた国王の首目掛けて突き立てるジェレミア。


 

[ガキィィィィン!!!!]


 その剣は国王の首に弾かれ刃先が折れた。


「・・・!?」


 ジェレミアは手を抑える。


(なんだ? まるで鋼鉄を斬りつけたかのような感触・・・)


「これは・・・?」


 見ると、国王の首には黒い靄のようなものが纏わりついていた。


 謎の物質に、一同が困惑する。


 そこへ局面を一変させる一人の女が文字通り舞い降りた。



 広間の高い天蓋を突き破り、全身黒い鎧の女が巨大な翼を広げ、滑空して降りてきた。


 

 天から降り注ぐ陽光を背に、まるで時が止まったかのようにゆったりと着地し、皆その現実離れした光景に見入っていた。



「・・・・・・あ、ノワール殿! 完全武装と革鎧が敵である!!!」


 エルゴンがその姿にノワールの面影を見て咄嗟に敵味方を伝えた。それに反応したノワールは唖然としている襲撃者に向けて黒鋼の翼を羽ばたいた。


「ぎゃ!」

「うごぉ!!」

「ぼおッ!!」

「うぐっ!!」


 そこから放たれた黒鋼の羽根は高速回転する鎌のように飛んでいき、剣も盾も鎧も関係なく当たったものを全て両断した。


「え?」


 ジェレミアは初めて見たそれを魔族だと認識できなかった。 

 

 突然現れた正体不明の女。

 自分の一.五倍はあるかという体長と広間の端から端を覆いそうな巨大な翼。

 見たことのない黒い全身鎧。

 その頭部から見える宝飾品のような角。 

 


「神・・・?」


 放心しているジェレミアを他所に、驚愕していた襲撃者は我に返り攻撃をノワールに集中した。魔導士の魔法が次々と命中していく。


 広間を轟音と閃光が満たす。


「やったか・・?」


「気が済んだか?」


「む、無傷だと? バカな!!」


 対魔級魔法の連撃をまともに食らって傷一つ付かない様子を見て襲撃者たちは国王を盾にしようとする。しかし、今度は国王に異変が起きている。


「これは・・・・!!」


 国王の身体を黒い靄が覆い、やがて女と同じように黒い全身鎧の姿に変わった。刃も魔法も効かない。さらに軽装だった衛兵や騎士、カミーユ、クリス、そして元々も完全鎧だったエルゴンさえも黒い靄に包まれて黒鎧姿に変わった。


 ノワールの『黒装(アルムアルミューレ)』の最大の利点は自分ではなく味方全員を強化できるという点にあった。これは図らずもロイドが創造した原初魔法と似ているが、より高度で洗練されたものだった。鎧ではあるが身体には触れないため一切動きを阻害せず、攻撃を全て弾く流動的な粒子のようなものであり、一撃で貫かなければすぐに再生する。


「だ、だめだぁ!! 逃げろ!!」


「うわぁぁぁ!!」


 雇われ兵の闇ギルドの者たちに逃亡者が出て一気にジェレミア劣勢となった。


「に、逃げるな! おのれ・・・」


「ここは退却しましょう! 私に手があります!」


 ルーサーはジェレミアにある提案をして、目くらましの『閃光(フラッシュ)』を魔導士に発動させた。

 その光は黒鎧の粒子が吸収し効果は薄かった。しかし狙いは一瞬視界を奪うこと。


「無駄なあがきをするな! ジェレミア!!」


「い、いない! ジェレミアが居ないぞ!!」


 ジェレミアは金に物を言わせて造らせた鎧の身体強化魔法と『迷彩(カモフラージュ)』の魔石を発動させ、移動し姿を消した。

 その時誰かが叫んだ。


「第二王女が居ないぞ!!?」


「え? そんな、アイリス?・・・アイリス!!!」


 閃光で目が見えない王妃が後ろにいたはずの娘が消えていることに慌てふためき、手探りで娘がいたところを探る。


 一同が騒然とする中もう一人消えた者がいた。


 ルーサーだ。彼は一同が第二王女に気を取られている隙に素早く死体の中に入り込み誰にも気づかれないうちに姿を消した。



 

 その頃、神殿の方も強襲は失敗に終わっていた。聖騎士と紅燈隊、スパロウとローレルに加えて対軍級魔法を使えるヒースクリフがその場にいたことが襲撃者たちの誤算となった。



「なんだと! ベスが!!?」


 その後一連の騒動とロイド失踪にベスも加担していたと知り、ヒースクリフは王宮への援軍も兼ねて宮廷魔導士として参じようとした。


「それでは様子を見て参りますので姫様は騎士たちとここでお待ちください」


「ヒースクリフ様、そんな無理ですわ! もう魔力が・・・」


「いえ、国の危機に引きこもって参戦が遅れましたが宮廷魔導士として陛下をお守りするのが本来の務め。例え魔力が無くなろうとも盾ぐらいにはなります!」


[バシィン!!]


 神殿内にヒースクリフの頬を打つ音が響いた。


「落ち着きなさい。あなたはここで休んで非常時に備えるのです。国王を守護するのは近衛隊に任せて、あなたはここで私を護りなさい!」


「・・しかし、それでは・・・」


 すでに魔力がほとんど無い魔導士に「護れ」と言うのは姫の方便だった。


「これは命令です。分かりましたか、ベルグリッド伯ヒースクリフ!!」


「ハッ! 仰せのままに!」


 少女に護られてしまい頭を冷やしたヒースクリフはただじっと備えた。自分が今後何をすべきか、それは真相を明らかにし、断罪する。たとえそれが妻であってもだ。



 やがて増援として王宮へ向かった騎士たちは反乱が静まっことを王宮内から伝え聞いて来た。

 神殿内はようやく緊張の糸が解けた。

 しかし、安心は出来なかった。


「そんな・・・叔父様がアイリスを?!!」


 首謀者のジェレミアが王女のアイリスをさらって逃亡した。それを聞いて姉であるシスティーナはすぐさま紅燈隊を含めた兵たちに捜索を命じた。


「ああ、神様、どうか妹をお助けください」


 システィーナは必死に祈りをささげて神に妹の無事を願った。




「はぁ、はぁ、はぁ、さぁ早く歩くんだ! アイリス!!」


「痛い! 放して! ジェレミア叔父様!!」


 地下通路を東に進むジェレミアは無理やりアイリスを引きずって逃走を図っていた。


(おのれ・・・あの黒い化物さえいなければ・・・こうなったら神聖ゼブル帝国に亡命するしかない。この姪を手土産にすれば、贅沢は言わない、伯爵くらいの扱いはされるだろう)


 すでに魔石の力も尽き、ただ剣を片手に女の子を連れ歩く。すでにすべてを失っていることに気づいていない。ただ頭の中にある逃走計画と経路を思い描き実行するのみだった。

 二人は地下を抜けて東へ通じる細い街道に出た。


 しかし、その皮算用をあざ笑うかのように、いや、実際あざ笑う者が立ちはだかった。


「だ、誰だ! こいつが見えないのか!? 下がれ、おれを逃がさないと・・・」


「私はただあなたとお話に来たんですよ。名も知らない誘拐犯さん?」


 黒い神官服のような出で立ち。余裕に満ちた表情と心を見透かすような青い瞳。そして首から下げた神鉄の装丁が施された本。この場には異質としか言えない男。

 ジェレミアは武装を確認し、異様であるが脅威ではないと判断した。早々に魔法を詠唱し、道を空け出せようと試みた。


「・・・魔法が発動しない!? なんで??・・貴様何をした!!」


ジュールは魔本を開く。


「理由を知りたいのか? ならお互い正直に話をしよう。最初に嘘を付いた方が死ぬ。それでどうだ?」


「何を訳のわからぬことを・・・不敬であるぞ!! 我が問いに応えよ!」


 質問を開始したことで図らずもジェレミアはゲームに乗ってしまった。


「クク・・・・・・了承したな。では、教えよう。おれには詠唱魔法は効かないんだよ」


対抗魔法(レジスト)・・・魔導士か!? ならばこれでどうだ!!」


 ジェレミアは長い詠唱を行い、対魔級魔法『暴風(サイクロン)』を発動させようとする。しかし、目の前の男に攻撃することができない。


「はぁ、はぁ、何だ、今のは・・・! これがレジストだと? 無詠唱で指一本動かさずに対魔級を無効化するなどありえぬ!!」


「ああ、すまない。おれは魔導士じゃないんだ」


 ジュールには魔力があるが魔法を使えるわけではない。魔本も魔力を消費しているわけではなく内包した莫大な魔力で動き続けている。

 つまりジュールにレジストは不可能。

 ただし、詠唱魔法に関してのみ、完全な耐性を持っていた。


 詠唱魔法を生み出した者が詠唱魔法で魔本を奪われれば本末転倒というもの。

 魔本が創られた際、ジュールから魔本を奪う手段の多くが想定され、対処が施されていたのだ。


 よってジュールに対してはいかなる詠唱魔法も発動しない。



「・・・!? なら一体なんだというんだ!! 何者だ! 我はジェレミア・ピアシッド・パラノーツ国王であるぞ!!・・・・グフッ!!・・・」


 ジェレミアはうそをついた。

 無自覚に潰えた夢想の中の自分を名乗り上げると同時に、胸に激痛を感じた。



「正直にと言ったのにな・・・つまらない。名前が嘘ならあんた誰なんだ? まぁ、どうでもいいか」


 倒れこんで息絶えたジェレミアの横を通り過ぎジュールはアイリスの前に跪いて手を差し伸べた。


「あなたは誰?」


 ジュールはまだ開いている魔本を見て苦笑いを浮かべた。


「私はジュール・ティタニス・アーティテクト一世。あなたをお救いに参上した、ただの魔王ですよ」


「魔王? 人族なのに?」


「そうですよ。でも内緒ですよ」


 ジュールは本を閉じアイリスを連れて、王宮へと向かった。


「戻ったら、王様に言ってくださいね。お姫様を助けたのはこの、ジュールであると」


「はい! ジュール様!」


(報償金をがっつりいただこう。王宮で暮らすのもいいかもな)


 


 ジュールはアイリスと仲良く同じ馬に乗って悠然と帰って来た。 




「この幼女趣味め」


「姫を救った英雄になんて口の利き方だ?」


「自分で言うな。私は王族を何人も救ったぞ・・・神か?」


「自分で言うな。たかが魔王の分際で・・・クク・・」



 迎えに来たノワールとジュールには互いに魔本の繋がりとは別の何かを感じていた。

 


 

 多くの犠牲者を出しながらも反乱は失敗に終わり、企てた者たちは捕縛された。

 

「はぁ、はぁ、はぁ、あきらめてたまるか・・・」


 その中にはルーサーの姿は無く、大罪人として追手が王国中に放たれたがついには見つからなかった。


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