第二十一話 友愛は種を超えて
ロイド失踪から七日。
王都に到着したヒースクリフは神殿に居た。
「ロイドが生きていると女神様がおっしゃったというのならば、私にもお話をさせていただきたい!」
王都に到着して聞こえてきた〝ロイド失踪″と〝迷宮の異変″の噂に、抱いていた不安は増し、王宮に上った。そこで姫から全てを聞き、神殿にやって来た。
神から「生きています」と言われたと、人づてに聞いても安心できない。ヒースクリフは大神官に神との対話を求めて詰め寄った。
「申し訳ございません、私にはエリアス神様を呼び出すだけの力はありません」
『聖域』を使えば声だけでもと思ったが、神託もない。
「そんな・・・・・・では、私は・・・・・・」
「ヒースクリフ伯爵、大神官様はお疲れなのです。私たちのために無理をなされております。お気持ちは分かりますがここは私たちの言葉を信じてください」
「姫様・・・ヴィオラ・・・申し訳ございません、大神官様・・・」
放心したヒースクリフはしばらく神台の前から動かなかった。
様々な感情がここを動けば爆発してしまいそうな気がして跪いたまま。
ただ、ロイドが生きていることを願った。
◇
その頃、王都にやって来たジュールたちは慎重に王宮に向かっていた。重要な証人であるベスを乗せているからだ。
ベスが白状したロイド暗殺は個人の計画じゃなかった。
「私に接触してきた彼・・・・・・ルーサーには強力な後ろ盾がいたわ。おそらく個人としても有力者で、魔道学院、王宮騎士、闇ギルドにもコネがある・・・・・・私は殺されるわ!!!」
暗殺者がどこに紛れ込んでいるのかわからない。
そんな中、馬車は大通りを進んでいた。人目がある通りで事を起こすはずがない。
「悪く思うなよ。この計画を知った者は全員永遠に口を閉じてもらう」
その予想を裏切って馬車は包囲された。
否。
一行にはそれをあらかじめ読んでいた者が乗っていた。
「王都内で暗殺を決行する時間的余裕などない。王都入り口の警備は厳重。王宮に到着すれば終わり。なら移動中を堂々と襲う方が簡単だ。大通りの近くで放火でもあれば注意はそちらに向く。下りの通りで横転事故でもあれば封鎖も簡単だ。憲兵隊がやってくれるからな」
「いや、終わってから言うなよ」
覆面をした男たちは馬車を包囲してすぐに倒された。
部隊長クラスの騎士スパロウと元騎士ローレル、そして団長クラスの騎士エルゴンと魔導学院の中等科まで進んだ天才魔導士クリスとカミーユ、さらに神鉄級冒険者の剣士が一人。
並みの手勢では全く歯が立たなかった。
「わかってたならなぜ言わない!?」
「退屈だった。だが、お前たちの戦いも実に味気ないな。実力差がありすぎて見世物としては下の下だ。いや頑張ってくれた者たちに言うことではないな。よくやったお前たち!」
((((((なんで偉そうなんだこの人・・・))))))
特に何もしていないジュールはさも当然のように馬車の中から健闘を称えた。
ちなみに馬車を爆走させ続けたノワールは限界なのか、幼児の姿に戻りジュールの膝の上で爆睡している。
往来での戦闘に周囲は慌てふためき衛兵が飛んできた。事情を王宮で聞かれることになり捕縛者とともに連れていかれることとなった。
この情報はルーサーの下にも入っていた。彼はベスが真実を話すという可能性を考えておらず完全に不意を突かれた形だ。
そのルーサーは大通りでの大取物を王宮の高い塔の上から見ていた。
「くそう、あの手勢で歯が立たないとは・・・・・・!! 何者なんだ!!」
あらかじめ契約していた暗殺者たちは本来ベスの為に用意していた人員ではない。もっと大きな計画があった。しかし、それも危うい。
用意していた人員を蹴散らした謎の集団はベスを連れて王宮にやってくる。
「もう間に合わない!! ・・・・・・・・・決行の時が来た・・・」
彼はその本来の計画を早めるために黒幕に事の経緯を話して計画の即時実行を進言した。
華美な装飾を施した部屋で、ルーサーの対面に座る黒幕の男は頭を抱えて沈黙した。気を静めようとしたができなかった。
「今か!? もうやらねばならないのか!」
「今です! 迷宮の調査に王宮騎士も駆り出され手薄、紅燈隊は神殿、今しか蜂起するチャンスはありません!!」
「わかった・・・やろう! この伝統ある国を救うために・・・!」
◇
王宮内。
それは突然の出来事だった。王付きの魔導士が強襲を受け殺害された。同時に護衛の騎士数名も不意を討たれた。
「おのれ、貴様ら! 誰の手の者か!!?」
「私ですよ、兄上・・・」
国王の誰何に応えたのは王弟のジェレミア公爵だった。
「ジェレミア・・・なぜだ・・・? 貴様これがどういうことか解っていようなッ!!!」
「当然です。これは反乱です。しかし、いずれ革命と呼ばれる日が来るでしょう」
「なんて愚かなことを・・・この数百年の平和を王家の血を引くものが自ら崩すとは・・・」
数と魔導士の差で金冠隊の騎士は徐々に追い詰められていく。
「へ、陛下お逃げください!!」
騎士の一人が敵に飛びつき退路をつくろうとする。しかしジェレミアが剣を国王に突き付け、退路を塞いだ。
「降参しなさい、兄上」
「私欲で国は回らんぞ、ジェレミア!」
「私は国を思ってこうしている! 伝統と、血筋を重んじてきた我々高貴な存在がこの国の平和を築いてきたのだ! それを、兄上は血筋の不確かなものを騎士に任じ、伝統を軽んじて騎士爵の地位を上げた! 高貴な生まれの者が下になり下賤の者が上に立つなど国の崩壊を招くと分からないのか!!」
「この馬鹿者めが・・・血に何の意味がある。その時その時を生きる一個人の力にふさわしい身分を与えることこそ、平等で公平な世に変わっていくために必要なのだ。お前は過去の栄光を守ろうとし、今と未来を見ておらぬ。このまま安全に金儲けしか考えない貴族だけに国の未来を預けておけばそれこそ国の崩壊を招く! 腐敗と堕落はすでに広まっている! 民衆の蜂起が起きるぞ!!」
旧体制の維持を求め変化を恐れるジェレミアと、時代の変化に対応し、能力のない貴族に変わる有能な市井の者を中枢に引き入れようとする国王。
二人の主張は平行線をたどった。
◇
王宮内で起こった謀反の報せはその中でベスの引き渡しをしていたジュールたちにも届いた。
王宮内から逃げ出すものや、動き出す憲兵隊たち、騒然とした状況の中、エルゴンは主を探し求める。
「まさか、この国で反乱とは・・・マズい、ヒースクリフ様はどちらだ!?」
「ベルグリッド伯でしたら今、姫様と神殿に・・・」
神殿は反乱が起きていても安全だ。ベルグリッドから連れて行った駐屯騎士たちと聖騎士たち、姫の護衛の守りは強固。エルゴンは一先ず安心し、冷静に判断を下す。
「よし、ならスパロウとローレルはそちらを頼む! 私はここで反逆者を叩く!!」
「ならば私たちも行きます。これでも魔導学院でロイド君に魔法を教わったのです! 彼の代わりとまではいかないまでもお役には立てます!」
「よし、頼む!!」
こうしてエルゴンにクリスとカミーユが同行し、スパロウとローレルは神殿に向かうことになった。
「では、私も・・・」
システィナも反逆者を切り伏せに掛かろうとした。
そこに待ったが入った。
《干渉しすぎだ、シス。あの二人の見張りの為に受肉を許したんだ》
「クッ・・・魔法神殿か・・・」
頭に響く思念に抗おうとする。
「しかし、この平和が続く国で反乱など、悪しき兆候だ。見過ごせと言うのか!」
「突然どうしたのだ? 誰に話している?」
エルゴンたちは不思議に思った。システィナに語りかける声は彼らには聞こえない。
《この世界は不均衡だ。それに我々が抗うべきではない。地上に生きる人と時間の問題だ》
時折、魔王が生まれ、世界を戦火に巻き込むのは自然な歪みであり、無理やり矯正するべきではない。それが神々の基本的なスタンスだ。
《あなたがこの戦いに加担すればもはやそれは神の行いとは言えまい。信仰の対象から崇拝の対象に変わり、集団的無意識が魔素を介し我々に変化をもたらす。我々は弱体化するだろう。我々は遠い天上の存在から身近な存在に格落ちする。それでこの世のバランスを保てるのか? 我々の存在意義とは?》
徐々にシスティナの身体が光の粒子へと変わっていく。
《すでにエリアスにも過剰な干渉をやめるように説教したところだ。あなたも来なさい》
二の句を継がせない一方的な物言い。
その声の主がシスティナよりも上位の存在であることを意味していた。
反論することなく、システィナにはどうすることもできない。
「・・・仕方ない、皆すまないが私は手伝えない。武運を祈っている。それと・・・」
システィナはジュールとノワールを見つめる。
「・・・信じてるぞ、二人とも!」
それだけ言い残しシスティナは消えた。
「「「消えた!?」」」
結局、システィナが何者だったのか、その伝説をよく知る騎士たちですら知らずじまいだった。
ふと皆の視線は事情を知っていそうなジュールに集まる。
「帰ったんだろう。おれたちも帰る」
「「「「「!!」」」」」
ジュールはグデッっとなったノワールを背負って王宮を出ようとする。
これまでの協力的な態度から一転したジュールの言動に、一同は驚かされた。
「待ってくれ! 君たちは戦わないのか!?」
「そうだ。この国の人間ではないし、おれは戦えない、こいつもこんな状態だ」
ロイドには会えず、その上動乱に加わる義理は二人には無かった。
ノワールが疲労している今、システィナもいない中で参戦すれば戦闘能力が無いジュールは命を落とすかもしれない。それはジュールの命だけでなく世界の均衡に影響する。
ジュールが死ねばこの世から詠唱魔法が無くなる。
それゆえ長年迷宮に封印され、不老であることを許されたのだ。
ジュールはそれを隠したまま納得させるだけの弁はあるが、あえて説明しなかった。嘘を付くことに抵抗があった。
「そうか、ここまでの道中心強かった。感謝する。結局君たちが何者なのかわからなかったが、君たちが再び戻って来れるように最善を尽くそう」
「ではさらばだ、二人とも!」
「ふふ、死んだら化けて出るからねー」
「ローレルさんやめてくださいよ不吉な・・・では我々も行く。お二人ともお達者で!」
「ああ、最後にノワールちゃんを抱きしめたい・・・」
別れの挨拶を聞いた後、あわただしい王宮内からジュールは退散した。他の五名はそれぞれ戦いの場に向け走り去っていった。
入り乱れる人の流れから離れ、ジュールは西へ向かい歩を進める。
ロイドが迷宮を攻略したのなら行方の手掛かりが迷宮にある。王都に戻るとしても西からやってくる。
「・・・」
「・・・いいのか? 何もしなくて・・・」
「起きてんなら自分で歩け!」
あくびをしながらノワールはジュールの背中越しに話を続けた。
「お前が王だった時もこういうことはあったのか?」
「あったさ。何度もな。だから退散してんだよ。自分と関係ないならわざわざ関わりに行くべきじゃない。傍観させてもらう」
「いいのか?・・・仲間だろう?」
その言葉にジュールは歩みを止めて笑い出した。
「ウハハハッ! このおれに仲間とは! あいつらがそう思っていたなら滑稽だな。お前があいつらをそう思っていたことにも驚きだ!! ククク、そんなに気に入ったのか?」
「いや、お前は人族だから同族だろう、という意味だったんだが?」
「・・・」
「お前も本当はあの者たちを気に入っていたんじゃないか? この十五年であんなに生き生きしているお前は初めて見た」
「ククク、おれも人間なんでね。人並みに目新しいものやイイ女が居たら気になりはする。だが、それで命は懸けられんだろう。一番大事なのは、我が身だからな・・・」
[ガッチャ・・・]
「何?」
魔本の蝶番が勝手に解かれた。鎖でつながれた魔本は独りでに動き出し、開いた。
そしてノワールの呪いが解けた。
「なっ・・・! 勝手に・・・!!」
(なぜだ?)
「本が嘘だと言っているぞ」
無力化の呪いが解かれノワールはジュールを抱えるぐらい大きくなった。
「その本、魔法が使えないお前が創るには多くの魔人の協力が必要だったはずだ。それを得られたのは、そしてその力を今も使えるのは、お前が彼らと志を同じくしていたからではないのか? 人族に詠唱魔法を使えるようにしたのは、魔人と人族の力の均衡を生むためだろう? それは世界の平和を願ったから成し遂げられたことではないのか?」
抱えられたまま無抵抗のジュールは戸惑っていた。ロイドの安否と反乱の最中から生き残る方法で思考を駆け巡らせていた中、かつてない魔本の反応。自分の制御下から逃れたノワールの言葉。解放を喜ぶでもなく、束縛への恨み辛みでもなく、諭すような話し方だった。
内容も確信を突いていた。
ジュールは過去についてぺらぺらとしゃべったことはなく、全てノワールの推測によるもの。その推測が的を射ているということは彼女がジュールをよく理解していることに他ならなかった。
「・・珍しくよくしゃべる・・・」
「まぁそれが成功だったかはわからないが、これからでも成功したことにできるんじゃないのか? お前と・・・私なら・・・」
少なくとも今日まで平和を獲得できた王国があったのは事実。
十五年の旅の中で世界は何も変わっていないように見えて、昔より少しずつ進歩していた。
ノワールの自分に共感したかのような言葉。
ジュールは考えた。
(この世は終わりに向かって緩やかに進んで、今大きな下り坂に差し掛かった。どうせおれには止められない。だが、こいつが、ノワールがおれに従う者でなく、それでも志を同じくして行動するなら・・・・・・まだ、間に合うのか?)
「・・・・・・勝手にしろ。ただし反乱が治まるまでだ」
この国の政変は周辺諸国に影響を及ぼしそれはやがて大きな戦へと変貌していく。それでは魔本の力で詠唱魔法を生み出した意味は無くなる。それは犠牲にした魔人たちへの不義理。
忘れかけていた重い責任。
自身の途方もない大きな役目。
それがジュールに過去の自分を思い出させた。
人を支配し、国を動かし、世界を治めていた時代。
「おれも・・・勝手にするか」
ジュールは王宮とは逆に向かって歩き始めた。
ノワールは翼をはばたかせ高い尖塔の天蓋へ突っ込んでいった。




