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第二十話 言葉の力


 迷宮の異変が王都に伝えられると同時に、ロイドの捜索が絶望的であることがシスティーナの耳にも入った。この時、すでにロイドは迷宮を脱出していたが、そのことを彼女には知る由もなかった。


「・・・」


 システィーナは理解していた。もはやロイドの生存は絶望的だと。行方不明になってすでに六日。備えも無く、食料も無く六日も経ってしまった。


 報告を聞いてからは、ほぼ放心していた。初恋の少年と結ばれるという矢先、彼は消息不明となり、生生死不明のまま待ち続け、今、その生存の希望も絶たれたのである。



 彼女の足は自然と神殿に向かっていた。ここ数日毎日通い、ロイドの無事を願っている。

 ふと気が付くと後ろにはヴィオラがいる。彼女もまた、ロイドの為に祈り続け、姫の側に居続けていた。


 辛く不安な中、苦しむ少女を健気にも支えようとしていたのだ。しかし、その顔はやつれ、以前のような明るさは無い。それを見ると、この絶望的な現実を改めて実感してしまい、システィーナはヴィオラに当たり散らしてしまう。

 それでもヴィオラは彼女のそばを離れず共に神に祈った。


 



そして祈りが通じた。


 



大神官の『聖域(サンクチュアリ)』が()()()の力によって『神域(ルーラーズスクエア)』となった。

 


その何者かは『神域(ルーラーズスクエア)』によって姿を現した慈愛の女神、エリアス本人だった。今回はその『神域(ルーラーズスクエア)』の外にいたため、大神官も失神せずに済んだ。しかし、エリアスを見て大神官は立ったまま気絶してしまっている。

 それほどその姿は美しく神々しかった。


 しかし、システィーナとヴィオラだけは美しさに圧倒されながらも別のことに驚いていた。


((あの絵の人だ!!!))




「ロイドさんは生きています」




「「・・・・・・!」」


 その声は優しさと温かさに満ち、聞いているだけで気が楽になるようだった。


「ただ、とても遠いところにいるのです」


「「・・・・」」


 それは死んだことを隠すために大人が子供に説明する、取り繕ったような表現だった。

 二人はその解釈に迷った。


 エリアスにはロイドが生きていると確信があった。それが要領を得ないあいまいな言い方になったのは、彼女が天然なせいもあったが、ロイドが今どこにいるのかわからないのが理由だった。迷宮から転移したロイドの所在をまだ掴めていなかったのである。




「真に彼を愛するのであれば待ちなさい。彼は必ずあなた方の下に戻るでしょう」


 

 そこで『神域(ルーラーズスクエア)』は消え、エリアスは見えなくなった。


「生きてる・・・? 本当にロイド様は生きておられるんですよ! 姫様!!」


「ロイドちゃんは生きてる!!?・・・う、うわぁぁん!!」


 ようやく事の次第を飲み込めた二人は涙を流し抱き合った。


 そして、神の言う通り、待ち続けると固く誓った。




 ジュールたち一行はカサドの街より一日でベルグリッド伯領に到着していた。そして真っ先にギブソニアン邸を訪ねた。彼らはまだ、ロイドがすでに迷宮を脱出したとは知らない。


 この時にはベルグリッドにもロイド失踪の噂が届いていた。しかし、この情報は王都の2日前の情報だ。今どうなっているかを確認するためにシスティナは冒険者ギルドに向かった。


「ギルドか。おれが居た時代には無かったが、やはりそういうことか」


 一人納得するジュールを横目にシスティナは別行動になった。

 大きいギルドにはそれぞれ"開かずの間"があり、そこには『聖域(サンクチュアリ)』の魔法陣がある。これを使いエリアスと連絡を取りに行く。それはギルドもまた神殿と同じく神々の意志によって成り立つことを意味する。それに気づいたのはジュールだけだった。


 カミーユ、クリスはロイドの家にあいさつに行くというので暇潰しにジュール、ノワールも同行した。


 しかし、屋敷では何やらもめ事があったらしく怒号と金切り声がけたたましく外まで響いていた。


 入ろうかどうか迷っていると、門が開き数人が出てきた。


「ここで我々が動かなかったことを後悔なされまいな!?」


 先頭の男が捨て台詞を吐いた。老練といった風格の騎士だ。


「誰があのガキの為に・・・!? どうせ死んでるしょ!! バカが!!」


 貴族とは思えない悪態を浴びせ、屋敷から彼らを追い出した女はドアを閉じて鍵を閉めた。


 老練な騎士は屋敷の前で動向を見守る一団に気づき声を掛けてきた。


「その紋章はブラッドフォードですな。私はこの地の駐屯騎士団長を務めるエルゴン・スペイド・ピットだ。見舞いで参られたのなら今は遠慮なされた方が良い。当主は不在、奥方は・・・知っているであろう?」


 クリスの服を見て素性を察したエルゴン騎士団長はベスに会うのを引き留めようとした。


「私はクリス・ブラッドフォード、こちらが妻のカミーユです。王都への道中立ち寄ったところ、旧友のロイド君の噂を聞き、様子を見に参ったのですが何があったのですか?」


 クリスは理由を聞いた。他家の内輪での騒動を聞くのは憚られることだがロイドに関わることならば聞かずにはいられなかった。

 それに応えたのは、エルゴンの後ろにいたドレスの女だった。


「あの人がね、ここから調査兵を出すなって言うのよ」


「・・! ローレル! 勝手に打ち明けるでない!!」


「まぁまぁ、団長、彼らは若君の友人としてわざわざ訪ねてこられたわけですし・・・」


 エルゴン、ローレル、スパロウの3人はここからも捜索に当たる人員を出すべきだとベスに直訴に来たのだ。しかし、それに激怒し絶対待機を命じた。


「私なんかわざわざこんな格好までしてきたのにさ」


「でも・・・・そのドレス、良く似合ってるぞ」


「おやおや、まぁまぁ! スパロウ君は私に見惚れてしまったのかな?」


「う、うるさいな・・・でも、きれいだ。本当に」


「うふふ、ありがとう旦那様。あなたも素敵よ・・・」


「お前たち・・・今の状況を分かっておるのか・・・」

 

 ため息をつくエルゴン。

 有力貴族、ブルボン家のローレルが訪問すれば、ベスの態度も軟化するとの考えだったが無駄に終わった。誰が行っても、ベスはロイドの為に騎士団を出さない。

 


 これを疑問に思うのはベスについて何も知らないジュールだった。


「なんだ? 親子仲が悪いのか?」


「そうではない」


 ジュールはロイドの養子入り、義母、義兄二人との確執、ボスコーン家との闘争とその没落を聞いた。

 


「ククク、ノワール! 金貨1枚だ!! この三人を押さえろ!!」


「「「!」」」


「・・・??・・・ああ、食事一か月分ということか。良いぞ」


 三人は抵抗しようとした。しかし、ノワールの黒い靄、『黒装(アルムアルミューレ)』は熟練した騎士であるエルゴンの剣を弾きあっさりと三人を拘束した。


「馬鹿な! 一体何だこれは!! 何をするつもりだ!!」


「これでこの後の言い訳が立つだろう?」


「どういうことだ?」


 ジュールは屋敷に駆けて行きベスを訪ねた。突然のことに慌てふためくクリスとカミーユはノワールに事情を聞くが、彼女が知るはずも無い。ただ、食事がたくさん欲しくてやっているだけなのだ。


応対した従者は追い返すことも無く彼を屋敷に向かい入れた。


「お、おい、入って行ってしまったぞ!」


「ねぇ、どうする? 私たちもお邪魔する?」


「やめておけ。あいつが一人で行ったのだから、一人でやらせればいい」


「「何を?」」


 

 屋敷に入ったジュールは応接室に案内され、召使がベスを呼び連れてきた。


「まぁまぁ! あなたがフューレとブランドンの使者ね? 待っていたのよ!!」



「ロイドの死に関わっているな?」


「!!」


 唐突に突き付けられた事実に一瞬ひるんでしまったベス。てっきり試験の結果を伝える為に人をよこしたのだと思っていたので、予想外の言葉に返す言葉が出てこない。そこへ畳みかけるようにジュールは言葉を紡いでいく。


「その顔は図星のようだな。あんた今神殿に入れないだろう? 大罪を犯したんだからな。だが神殿に行かなくてもわかるんだよ。顔やしぐさで相手の考えは読める。ほら、今おれのことをどうやって消そうか考えているだろう? 騎士たちは追い返してしまったしな。仕方ないよな。自分が殺させた子供を探すために人手を割くなんて馬鹿げている。おっと、反論の糸口を探そうとしている。眼の動き、瞬きの回数が増えた、手をいじり始めた。相当焦っているな? おれの正体がわからなくて不安だろう? いや・・・それだけではないな。()()を探られてはマズいのか」


「・・・!?」


 その言葉にベスは思考を巡らせる。

 なにせ5年もの間、隠れてルーサーや裏社会の武器商人と接触し準備を進めてきたのだ。そのやり取りの証拠は残していないが、それまでのジュールの言葉が全て当たっていたため、気づかないうちに何かを残していないか不安になった。


(声が・・・上手く出ない??)


 ベスは不思議に思った。何度も悲鳴を上げて使用人を呼ぼうとしたり、口汚く罵ろうとしたがその度に言葉が出ない。そしてようやく絞り出せた言葉は単調なものだった。


「・・・で、出ていきなさい」


「いいだろう。ただし、おれとゲームで勝ったらだ。互いの質問に正直に答える。嘘をついたり答えを知っていて言えないと負けだ。負けた者は嘘をつかず正直になる。どうだ?」


 ベスにそれに付き合う義理は無かった。しかし、今の自分の状況が不安なベスは思わず聞いてしまった。


「わ、私に何をしたのよ・・・」


「お答えしよう。この魔本が開いている間、対話を中傷や暴力や外部の者の力で止めることは出来ない。そういう呪いがおれとアンタに掛かっているのさ」


「そんなもの・・あるわけが・・・!!」

 

 見ると男の首に掛かっている本が確かに開かれている。

 しかし、そんな魔導具があるなんて聞いたことが無かった。増々不安になったベスは席を立とうとするが身体が動かない。


「ではおれの番だ」


(しまった・・・!!) 


 聞かれてはマズいこともある。この男に聞かれて答えられることの方が少ない。しかし、魔本の力なのか、ベスは質問を聞く以外に何もできない。

 

 




「お前が最も愛する者は誰だ?」





(・・・・なにそれ?)


 ロイドに関することを聞かれるとばかり思っていたため拍子抜けした。


(答えは簡単よ!)


「私が最も愛するのは息子たちよ!」


 ベスは答えながら次の質問を考えた。


(どうすれば、私を見逃すのか・・・聞いてみようじゃないの!!)


 しかしその番は回ってこなかった。

 ジュールはつまらなさそうに魔本を閉じた。



「ゲームオーバーだ」


 

 

「何? もう終わりなのかしら? 口ほどにも無い」


「さて、誰がロイドを殺そうとしているのか、知っていること話してもらおうか?」


「・・・?? 王宮騎士のルーサー卿とその仲間の騎士、魔導士、王立学院の教師、それと息子二人よ・・・え!!!?」


(どうして、ルール通り正直に答えたのに・・・!)


「ククク、この質問を間違える者は多い。独善的人間が愛するのは大抵、()()()()なんだよ」


「そう、私は私の為に息子たちの地位と名声が必要。ボスコーン家もギブソニアン家も私が大きくする!・・・はっ!!!? あああああ、貴様ァァァ!!」



 

その後、解放されたエルゴンたちの前でベスが全てを話した。


「まさか、奥方が・・・」


「まだ若君を狙っていたとは・・・」


「でも、よく白状させられたよね」


 騎士たちは得体のしれない力の二人を信用していいものか判断に困った。一人は魔族であることも警戒された。そこへギルドから戻ったシスティナがやって来た。


「これはどうなっている?」


「「おかえり」」


「・・・・・・ただいま」


 自分がいないと必ず騒動の渦中にいるノワールとジュールにいい加減慣れた。


「・・・あなたは・・・?」


 騎士たちはシスティナを見て、それまでの警戒心を畏怖に変えて態度を改めることになった。


(このお方はただものではない・・・戦士として圧倒的に格上・・・しかし、あの魔族の娘といいこの方といい、敵意は感じない。・・・信用するべきか・・・)


 いざとなっても彼らはこの三人を捕まえる自信が無い。事を穏便に進めるため会話を切り出したのはローレルだ。


「大罪人を捕まえてくれたのは感謝するけど、目的は何なの?」


「私の連れが失礼をしてすまない。しかし、今は急ぐべきだ。私が得た情報によるとロイド君は生きている」


「「「!!!」」」


「しかし、この者の仲間はまだ王都で野放し。ここは協力し、事態の収拾とロイド君の捜索に当たるべきだと思うがいかがか?」


 システィナには異議を唱える者は居らず、全員で王都へ向かうことが決まった。


 ただ、エルゴンは一つどうしても気になり、ジュールに問うた。


「どうして君は奥方が関わっていると分かったのだ?」


 身近に企ての首謀者がいたとは知らずに、ロイドを危険から護れなかったことを悔やんでいたのだ。


「事が複雑であろうと、情報が少なかろうと、事が起こって得をする奴・・・それが容疑者なんだよ。まぁ、それだけではないがな。まぁ、観察した」


 どうしてベスを怪しいと思ったのか。それはその経験と洞察力の賜物だった。


 ジュールはかつて王だった。

 帝王として、広大な地域を支配しながらもその版図の隅々にまで支配力を有したのは一重に、ジュールの人の本質を見抜く力によるものだった。


「こいつは一目見て悪党だと分かった。顔に出るんだよ。そいつがどんな奴かってな。おれの周りにもよくいた顔だ」


 地方を統治させる者は信頼できる者を、信頼できない者は自分の眼の届く範囲にというのがジュールが帝王時代に決めていた基本的な人員配置のルールだった。


「ジュール殿は法務官か審議官であられるのか?」


「・・まぁ、同じようなものだな」


 エルゴンはそれに納得し、王都へと同行した。


黒装(アルムアルミューレ)』で走る馬車に驚愕しながらも、ロイドの為に動く彼らを心強く思った。


 翌日、彼らは王都へ到着した。

 一日早く出発したヒースクリフが王都に到着してすぐあとのことだった。





 暗い闇の中でロイドは眼を覚ました。額に当たる水滴と土と草の匂いでここがすでに迷宮ではないことに気づいた。


「助かった・・・」


 安心して起き上がろうとすると足元には迷宮で見つけた金属の塊と六頭竜の尻尾があった。


 どうやら空間ごと転移したらしい。


「一先ず喰うには困らないかな。ははは」


 とは言っても肉だけでは健康に悪い。体はビタミンを欲している。ロイドはその空間を『発光(ライト)』で照らし周囲を確認する。


「また、穴倉か」


 そこは迷宮に似た遺跡のようなところだった。崩壊し自然と一体になっているが、よく見るとタイタンが見せてくれた魔法陣に似た印が付いた石板がいくつか見つかった。


「なるほど、目印に移動するのか」


 ひとしきり周囲を観察し、安全を確認してからロイドは道なりに進む。すると光が見えた。


「やった! 出口だ!!」


 実に六日ぶりの日の光に思わずロイドの歩みも速くなる。焦ってつまづきながらも光に向かって進んだ。


「はぁ、はぁ、はぁ・・・」


 光に目が慣れ、徐々に目の前に広がる光景。


「・・・森の・・・中か」


 ロイドが居たのは鬱蒼とした森の中だった。


「よし、さっさと王都に戻って、姫とヴィオラを安心させなくては! それに父上にも連絡がいってしまっているだろうからな。いい機会だ。あの下種どもみんなおれが断罪してくれる!!!」


 その下種が今にも断罪されようとしているとはつゆ知らず、ロイドは王都を目指して森からの脱出を試みた。


2018/08/29


再校正しました。主に文章の整理です。

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