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第四話 生態系



(最近、神殿に冒険者がよく担ぎ込まれてくるな)


 最初の違和感はその程度だった。

 ロイドは【神聖級魔法】の修得のために頻繁に神殿に通っていた。それが〈聖人〉認定を受けたロイドが干渉を受けない条件だった。

 神託が下ったことは無いし、5年前の汚職一掃の際、山賊から学生を護るのに協力をしてもらって以来剣神システィナからの連絡も無い。

 慈愛の女神エリアスからの手紙は解読出来ておらず内容は未だに謎のままだ。

 

 それでも秘匿とされている神殿の英知がロイドに公開されるのは、実際にその力を使えるためである。

 

■【神聖級】結界魔法

・『聖域(サンクチュアリ)』 空間に邪念や悪意、呪いが無いかを探知、またそれらが侵入するのを防ぐ。

・『神装(クロスカリス)』 神気を纏うことで神の加護を得る。

 

■【神聖級】生命魔法

・『霊薬(エリクサー)』 傷を治す効果のある霊薬を生成する。

・『治癒(ヒール)』 自身、または他人の病や傷を治す。

 

 ロイドだけが神殿の外でも自身の神気でこれらの魔法が発動できる。

 神殿で神気を補充できる特異体質。

 

 傷や病を癒せるとあっては人が押し寄せる。よってこれは秘密とされている。だがロイド本人が神殿に運ばれた者や遠征先で出くわしたケガ人を治療してしまうので公然の秘密とされていた。

 

 今日も神殿で神聖級魔法を使い、運ばれてきたものたちの治療を手伝っていた。


「ここ最近、魔獣の出現頻度や出没場所が変わってきているようなのです」


 大神官ジョセフはロイドの疑問に答えた。


「ああ、それは運が悪かったですね」


「いえ、最近はずっと絶え間なく変化しているらしいのです」


 魔獣は基本的に縄張り意識が強い上に食物連鎖の上位にいる。

 住処を変えたり、住処から追われることはほとんど無い。魔獣同士の縄張り争いがあった場合は生態系に変化が起きる。しかしそれも局所的な現象にすぎない。

 


 魔獣の生態についてはロイドも実際戦う機会が幾度もあったのでそれなりに知っている。

 四年ほど前、銀河隊の犯した暴挙により魔獣の縄張りが大きく変わったことはあった。

 絶え間ない変化ともなるとその影響とも考えられる。


「何か感じますか?」


「そうですね、不吉な気がします」


「なんと! これは陛下に進言せねば!」


「あ、いや神託とかではなく・・・単に違和感を覚えただけなんで」


 優秀な諜報員は日常の些細な変化を見逃さない、というのをドラマで見たことをロイドは思い出した。変化、違和感の原因を知るのは生きるか死ぬかに直結する。しかし、ロイドは諜報員で無ければ冒険者でも無い。


 その日は深く考えることは無かった。


 



 しかし、その数日後、それを後悔することとなる。


 夜、王宮から突然招集され謁見の間に通されると、そこには大臣や王族ら要人と王宮騎士の各幹部クラス、宮廷魔導士の重鎮たち、そして冒険者とギルド職員が居た。しばらくすると人がそろったのか王が現れ、招集の理由について話し始めた。


「〈コンチネンタル・ワン〉極銀級(ミスリルクラス)冒険者のタンクが死亡した」


 その一言に皆ざわめく。

 冒険者としてこの大陸でもっとも高位の冒険者が突然死んだということはただ事ではない。

 

 極銀級(ミスリルクラス)とは人を超越した金級のさらに上。生半可なことでは死なないからこその称号でもある。

 油断や衰え、事故、病・・・・・・考え得る死のシチュエーションは極銀級(ミスリルクラス)には当てはまらない。


 そのタンクが死んだということはそれだけ深刻な事態となっていることを意味する。


「皆、事の経緯が気になるであろうから、この者ら冒険者ギルドの関係者を呼んだ。それでは余に話した内容を初めから申してみせよ」


 その言葉に緊張した面持ちの冒険者ギルド職員が話し始めた。

 

「ここ最近の魔獣退治の増加についてはご存知の事と思います」


 初めに魔獣に変化が現れたことに気づいたのは、王国の南部のギルド職員だったという。依頼が重複することはあるが多方面でこれまでにない特異な依頼が多発した。

 例えばフラッシュラビットが暮らす森にウォーサラマンダーが出現し、スピアライノスが出没する平原にゴーストタイガーが現れるなど、多くの魔獣が縄張りを変えていることが判明した。

 その原因の調査に向かったのがタンクだった。

 彼には依然魔獣の大移動の原因を突き止め、解決に導いた実績もある。

 

「その際は万全を期して、他の冒険者パーティからベテラン組を4チーム派遣する大規模なものとなりました」


 調査に出発したタンクたちは魔獣を討伐しながら、その魔獣がどこから来たかを調べ、移動の足跡を辿っていった。長い任務となるため定期的に調査の経過報告をしていたが、ある時からそれがぱったり無くなる。

 おかしいと感じた冒険者ギルドは別のパーティと現地の駐屯騎士団から第二調査隊を出すよう申請し、合同で最後の報告場所に向かったという。

 そこから深く森の中に入っていき、彼らは大量の魔獣の死骸と共に残っていた冒険者たちの遺体を発見し、その中にはタンクのものもあった。





「そしてそのタンクを殺したのは恐らく、()()です」


 



 その言葉に皆固まった。


 魔物は滅多に現れない。

 その出現条件が謎な上、生態や能力もバラバラで、個体同士に一貫性が無い。

 ゆえに対処方法を考えるにはその個体の情報が必要となる。


「それは確認したのか? 誰か見たのか?」


 宮廷魔導士の一人が尋ねると職員は首を縦に振った。


「第二調査隊はまず、冒険者たちの遺体を発見し回収しました。その致命傷はどれも魔獣との戦闘によるものではありませんでした。遺体はどれも一撃で急所を破壊されており、敵は知能を持った生物ということになります。当初それは人による犯行と見なされ、近隣の村を捜索しました。しかし付近の村はどこも壊滅していました。短期間にも関わらず一人残らず抹殺されていたのです。その時点で複数の【対軍級魔法】の使い手によるテロ行為ではないかと推察し、一時報告に戻ろうとしたのです」


 話を一時切って、職員は続ける。


「その道中、一部の冒険者が見たというのです。八本の腕を持つ人型の化物を・・・・・・」


 その言葉になぜここに人が集められているのかを皆が察した。


 第二調査隊が南のタンクらの遺体発見現場から戻る際に遭遇した。つまりその化物が本当にいるならば北へ移動をしているということになる。



 王都に近づいてくる可能性がある。



 そして魔獣が移動を始めていることにも説明が付く。南に現れた八本腕の魔物が魔獣の生態系を狂わし、その影響で王都近郊の森や平原にも影響が出始めているということになる。


「本当に見たのか? 見間違いでは・・・」


 大臣の一人が確認する。この世界では情報の誤認や伝達ミスによる勘違いは頻繁に起こる。

 すると職員は横にいた冒険者に促した。


「おれ・・・いや私は、金級(ゴールドクラス)冒険者のダールトンと申します。今回の調査には銀級(シルバークラス)以上のベテランしか参加していません。そのベテラン冒険者たちは確かにその八本腕と遭遇しました。私も含めて多くの者が遭遇したのです。そして我々は全力で逃げました。腕や脚を犠牲にして、仲間が・・・やられても振り返らず見捨てて逃げた・・・駐屯騎士は真っ先に餌食になったはずだ。森で彼らが居なくなってそれを探しているときに遭遇したから・・・」


 話していくうちに身体が震え始め汗が噴き出していた。

 このダールトンという男は人望があり、多くの冒険者から信頼される好人物として知られている。王国でも数人しかいない金級冒険者で〈千人将〉という二つ名でも有名。しかしその恐怖に震える姿はそんな偉大な冒険者の面影は無く、顔を見知っている者も名乗って初めてダールトンだったのだと気づくぐらい憔悴していた。

 その証言は真偽はともかく真実味があった。

 

「それが今から五日前のことです。我々はたった今王都に着きました。奴がいるのはまだ南のロクサスからドレーヌ地方の辺りと思われます。脚の速さは人より早く馬より遅いくらいです。現在ギルドではこの件に総力を持って当たるべく人員の確保と周囲への伝達を始めています。勝手とは思いましたがギルド権限で各都市の冒険者に街の防衛に当るよう緊急依頼を出しました。しかしそれでは足りません。どうか王宮から軍の出動をお願いいたします」


 補足したギルド職員の話が終わり各職それぞれが対応を始めた。

 ロイドも紅燈隊としての指針を決定すべく意見を求められる。

 


 しかしロイドは他の者とは全く別のことを考えていた。


 

 そしてすぐにそれを口に出した。





「彼の亡骸はどこにある! おれに見せろ!」


 



 広間に響き渡る声が誰のものか最初誰も気づかなかった。誰もロイドの怒鳴り声を聞いたものなどいなかったからだ。


「・・・? ギルドから神殿へと引き渡しましたが?・・・検分なら資料が・・・」


 その時職員は言いかけて言葉を止めた。

 最初なぜこの場に子供がと思いながらも、聞かれたことにそのまま答えようとしたがその途中で気づいた。

 タンクが生前可愛がっていた子供。

 冒険者にすればすでに極銀級(ミスリルクラス)の力があるのではとも言われる魔導士。そして10歳で王宮騎士団、紅燈隊の三席となった天才。

 彼がなぜ声を張り上げているのか。

 タンクの死が彼にとっては情報ではなく、親しい友の突然の訃報だったからに他ならない。そしてその場にいた者も偉大な冒険者として王国の為に働き、そのために死んだ者たちへの追悼を忘れていたことに気が付いた。


「ロイド卿、余が許す。行って参れ」


 この場で誰よりもタンクと仲が良かったロイドの気持ちを察して、王は神殿に行くことを許可した。

 

 ロイドは王宮を出てすぐのところにある神殿へ向かう。

 

 そのロイドにあったのは悲しみというより怒りだった。


 自分が何もできなかったことや、タンクのような男が死ぬことへの怒り。

 

 その武勇は才能だけで生み出されたものではなく、勇気と努力によるものだった。自慢げに話すタンクの冒険譚や冒険者論は今思えばロイドへのアドバイスの気持ちからだったのかもしれない。飄々としていかにも荒くれ者の冒険者のように振舞っていたが、ロイドは彼が人より多くを考え実行できる立派な男だと知っていた。

 そんな男と友人となれたことが誇らしかった。気が合うわけでもなく、なんでも話せる間柄でもなかったが、尊敬していた。立派な男だった。


 タンクの亡骸を見て、彼がどんな最後だったのかを知らずにはいられない。ロイドは理不尽な形で死んだタンクに生前の自分を重ねていた。

 

 神殿の別館に行く。そこは遺体の処理を行うところで、処置を行う前に保管をする霊安室が併設されている。そこに入ると何人かの若い見習い神官と聖騎士、そしてロイドのよく知る人物がいた。


「リトナリアさん・・・」


 ロイドは声を掛けたが顔を見る勇気がなかった。うつむきながら、他の者たちが出ていく間にふと考えていた。


(リトナリアさんに気持ちを伝えないまま逝ったのか・・・?)


 なぜ気持ちを伝えないのか、昔聞いたことがあった。しかしロイドはその時のことを思い出す気になれなかった。




「・・・すぐに来てくれると思っていたよ、ロイド・・・」


 


 涙を流しながら微笑むその美しい相貌は決意によって、猛々しい冒険者のものに見えた。


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