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幕間 陰謀潰し再び


 その場にいたのは学生と研究職の魔導士と未熟な軍人騎士たち。

 

「ブロオォォロォッ!!!」


「スパイダーブルの群れだッ!!」


 彼らは自分たちに勝機が無いことを理解しただ恐怖した。


 だがスパイダーブルの群れが迫るのを見て、一人の騎士は考えを巡らした。そしてすぐある考えに至った。


(そうだ、あいつが居た!)

 

 活路を見出した騎士は早かった。すぐに馬車に駆け寄り、荷台の幕を開いた。


「ロイド卿、頼むッ!」


「「「「うぁぁぁぁ!」」」」

「うぉい!驚かせるな!」

「「「「こっちのセリフだッ!」」」」


 突然幕を開かれた荷台の中の少年たちは心臓が止まる程驚き騒ぎ出す。しかし、騎士に彼らのことを気に留めている余裕はない。


「何匹ですか?」

 

 呼ばれたロイドは淡々と確認を行う。

 命のやり取りを経験した者の落ち着きだった。


「自分の眼で確かめろ! お前が後衛をやってくれ!」

「では0−10−1で盾役も兼任します」

「いや、三騎逃げたッ! 0−7−1だ!」



 陣形の打ち合わせ。

 盾役0、中衛7、後衛1の隊形。


 ロイドは荷台を出るとその上にいそいそと登り、辺りを見渡す。すると、スパイダーブルの一匹が先頭の騎馬を吹き飛ばしたところだった。


 その勢いに他の者が絶句する。


 その一匹はそのまま勢い止まらず馬車に突っ込んだ。

 だが守りに定評のあるロイド相手ではそのわかりやすい攻撃が裏目に出た。

 

  

 岩はスパイダーブルを貫いた。

 それは、はたから見ると、スパイダーブルが馬車の前に突然現れた尖った岩に突っ込んだようだった。


【対魔級魔法】―『岩の槌』

 

 だれもロイドと魔獣を狩った経験はなかった。しかしその一回の魔術の行使が騎士たちの士気を高めた。


 一撃。


 的確かつ無駄のない、迅速なバックアップが付いている。それが戦いに踏み出す一歩を格段に軽くした。極度の緊張から解放され、程よい興奮と集中により訓練時と同じ軽快な動きを見せる。騎士たちは一匹ずつ、スパイダーブルを片付けていく。仕損じて反撃を受けても、盾役を兼任したロイドの魔法が防いでくれる。


 ロイドの立ち回りはその力に反して地味だった。だが、それは集団戦における魔導士の理想的な働きであった。

 仲間が攻撃に向かえば、『氷柱墜とし』や『連弩弓』など素早い魔法でフォローを入れ隙を作る。

 反撃は『風の盾』で弾き、油断して体勢を崩してもそれを狙う動きに合わせてカウンターの『岩の槌』で一刺し。


 不規則な動きに苦戦しながらも騎士とロイドの防衛ラインは下がることなく維持された。

 



 

 終わった時には18匹ものスパイダーブルが討伐されていた。

 騎士たちは自分たちが成し遂げた、奇跡的な戦果に高揚し、それと同時に畏れを感じていた。

 

 それは間違いなく、この戦果を可能にしたまだ七歳の少年に向けられていた。


「すごすぎるよ、ロイド君! 君って何者なの?」


 注目の的になっているロイドを知る一人の騎士が、堪えられず称えた。



「彼の名はロイド・バリリス。陛下よりシスティーナ姫の護衛を仰せつかっている王宮騎士団、紅燈隊所属の騎士だ」


 騎士と紹介されたロイドの腰には杖ではなく剣がぶら下がっていた。

 ありふれたロイドという名前。

 だがバリリスの名を持つロイドは王国に一人しかない。


「ロイド君てひょっとして貴族様?」

「バカ! 騎士爵ってことだろ! すいませんロイド卿。知らなかったものですから」

「ああ、不敬とか言いませんから大丈夫です。元々平民だったので気軽に話してもらう方が慣れてますんで」


 質問攻めになりそうだったが、早急に宿場街まで馬車を走らせなければならないため馬車を点検後すぐに出発した。

 ロイドは違う馬車に乗せられた。先頭の試験官たちが乗る馬車だ。


「ロイド卿、この度は我々をお救いいただき感謝しますぞ」

「大した役にも立たず申し訳ない」


「いえ、逆に助かりました。あの場を私に預けていただけたおかげでスムーズに魔法を行使できましたから」


 魔法の通り道、パスを通じて魔法を発動させる時、他の魔導士が別のパスを造っていると、それらが互いに干渉し合い魔法の制御が安定しなくなることがある。ロイドは騎士たちの支援のために小規模な魔法を広範囲に複数同時に発動させていたため、その干渉があるかないかは非常に重要なことだった。それを見越して彼らは下手に助力をしなかったのだ。

 彼らは魔導士とは言っても研究者よりの人たち。今回はたまたま試験官三人が全員そうだったためロイドが全面的に戦闘を担った。


 この事件を機に魔導士としてのロイドの名は学生内で知らない者はいないくらい有名となった。

 特に道中を共にした卒業検定受験者たちは、自分たちより幼い少年の一挙手一投足に目を向けた。



◇  

 

 一方そのころ、騎士の一人が街道を登って、魔獣の大量出現とその討伐を知らせた。その魔獣の多さに驚愕しつつも、ロイド卿がまた、常識はずれの功を上げたと話題になった。


 この一件でロイドのことを認めていなかった派閥の中にも、ロイド卿は別格であるとの印象が広まっていた。しかし、この件を聞いて焦る者たちもいた。


「くそ、スパイダーブルの群れを前に逃げるどころかそのまま先に行ったというのか!」

「どうしますか? 馬を走らせて一時的に()()()を止めさせては……」

「間に合うわけなかろう! それに奴らがこちらの都合など考えるものか!」

「しかし、万一、奴らがロイド卿と遭遇でもしたら……」

「いや、奴らもバカじゃない。今までも問題を大きくしないことでひっそりとやってきたのだ。それに万一奴らがへまをしても我々とのつながりを証明は出来まい」


 王宮の一室でこそこそと話す二人。

 彼らはロイドの陰謀潰しの名が伊達でないことを知っていた。ゆえに、自分たちの陰謀の傍にロイドを近づけさせまいとした。


 騎士に未熟なものを配置し、試験官は学者気質の老人だけに。そして魔獣寄せの道具で街道に魔獣を放つ。これでロイドを引きかえらせることができると踏んでいた。

 いや、そうなって欲しいと願っていた。


 悪い予想は当たる。


 崩壊の音が聞こえ始めていた。この時すでに彼らは何となく感じていた。自分たちに迫る断罪の日がもうそこまで来ていると。


 

 何も知らないロイドは宿場町に着くと泥のように眠った。

 文字通り、山を超えたとロイドは安心し切っていた。

 

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