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4.学院


 騎士たちに魔法を教えようと話してから約一カ月。


 おれは王立魔導学院の実技試験の列に並んでいた。


「それでは魔導学院初等科の入学試験、実技を始めます。受験番号順呼びますので並んでお待ちください」


 王都の中心にある煉瓦造りの建物の一角、魔法の演習用の広場の前に魔導士を志す者たちが集う。

 そこには子供だけでなくちらほら大人の姿もある。冒険者や技術系の職業で魔法技能が必要な者などである。


 しかし何の嫌がらせなのか大人も子供も同じ列に並ばなければならない。


 めっちゃ恥ずかしい。


 この精神的な圧迫により試験で実力を見せられなかったものも多いという。


 まぁ、おれには関係無―い!


 この空間年齢層にジャストマッチしているおれを気にする人はいない。

 こちらに向けられた視線の多くはおれの隣に注がれている。


「さすが『陰謀潰しの麒麟児』は有名ですね。皆あなたを見ていますよ」

「いや、おれじゃなくて隊長を見てるんだと思いますよ」

「え? そうですか? 私の格好は場にそぐわないですか? 鎧は物々しく、他の受験者の方々に迷惑かと思って普段着なのですが……」


 着ているのは最低限の刺繍が施された比較的地味なシャツにズボンとロングブーツ。

 だがスタイルのいいマイヤ卿が着ると、かっこよすぎる。

 スーパーモデルのように視線をくぎ付けにしている。



 おれとマイヤ隊長は今この入学試験に受験者として来ている。

 おれは中等科の講義受講と魔導図書館の閲覧権を得るための交換条件、入学試験、初等科学年試験、初等科卒業検定をクリアするため。

 マイヤ隊長は実力を測るため。


「それでは次の方どうぞ」


 しばらくして彼女の番が回ってきた。

 

 実技試験の内容は単純である。

 一番得意な魔法を見せる。これだけだ。

 

 受験者たちの魔法を見ると概ね〈基礎級魔法〉を詠唱で使って見せていた。中には魔法陣を書いているものや、詠唱を短くしてアピールしているものもいた。

 だが無詠唱は一人もいない。


「ほう、騎士団隊長のマイヤ卿でいらっしゃいますか」

「ええ、ちょっと事情がありまして」

「では、得意な魔法の発動を」


 マイヤ隊長は体内の魔力を集中しパスを放ち、イメージを膨らませている。


「《風の加護よ、我が追い風となれ!》……『風圧』!!」


 圧縮された空気がマイヤ隊長を押出し、急加速させる。そしてその勢いのまま跳躍。鎧を着てないこともあって高く跳んだ。たぶん10メートルくらい跳んでいる。


 いや、跳びすぎだろ!!


「「「おおお!」」」


 試験官たちは一様に感嘆の声を漏らしていた。それもそのはずだろう。それまでの受験者とは明らかに実用性が違う。

 

 短時間での発動。

 移動と跳躍をアシストする実戦向きの効果。

 そして発動させたのは『風圧』。対人級魔法だ。


「これは素晴らしいですな! マイヤ卿がこれほどの魔法を使える方とは初耳です!」

「詠唱が通常とは異なりますがあれはオリジナルですか?」

「自らへの風圧によるダメージをどう回避しているのですか?」


 試験中にも関わらずマイヤ卿は質問攻めにあっている。ちなみに、着地の際に魔法で衝撃を緩和などはしていない。

 この使い方を魔導師が興味本位で真似したら地面に激突して……死にます。


 おれが同じ事をしたとしても空中でバランスを保ち平静を保ちながら、地面に向けて再度『風圧』を発動させなければならない。


こわいのでできない。


「ちょっとお待ちを」


 話を聞いてやってきたのか教師の一人が話しかけてきた。


「今のは本当にあなたの魔法なのでしょうか?」

「え? はい私が発動しましたが」

「おかしいですね。詠唱が間違っているにもかかわらず魔法が正しく発動するとは思えません。それに今のはあなたの身体能力でごまかしているのではありませんか? 騎士団隊長ならあれぐらい魔法が無くともできるでしょう」


 出ました!!

 難癖をつけるおじさん。

 こういう輩は本当にどこにでも湧いて出てくる。

 さすがに試験の監督官もこの明らかな言いがかりに異を唱える。


「しかし、教授……見ていましたが他に魔法を発動させた人はいませんでしたし、風は目視できるぐらいはっきりとでていましたし……」

「黙りなさい! 自明の理を解するのが我々魔導士です! 騎士があのような魔法を易々と使えることなどありえません! その事実をもとに不信な点を挙げていけば怪しいと気づくでしょう! この者は我々の神聖な教義を冒とくしているのだ! 即刻追放なさい!」


 事実をもとにって……お前が事実に目を背けてるんだろう。

 

「随分と偉そうだが、あんたにできるのか?」

「なんだ貴様! 関係ないものは黙りなさい! 不合格にしますよ!」

「関係はある。彼女に魔法を教えたのはおれだ。難癖をつけられてはおれの名誉が損なわれる」

「難癖だと……黙りなさい!」

「あんたが言った通り、彼女が不正をして誰か別の者に魔法を発動させたというなら――」

「黙れと言ったら黙れ!!」

「――同じことができるんだろうな? 無詠唱で人の動きに合わせて的確に魔法を制御することができるんだろうな?」


 これはかなり難しい。無詠唱ができても、他人の動きに合わせるためにはパスを維持するために一定の距離を保つ必要がある。しかし今のような急加速で離れられると維持は難しい。一歩間違えれば対人級魔法なのだから、殺してしまう。


「わ、私にできないことと、この者の不正は関係ない!」

「できないのか? あんたの神聖な教義とやらは不正をする者に劣るんだな」

「「「ぷっ」」」


子供に言い負かされるあわれなオヤジが嘲笑される。


「ええい、私を愚弄するつもりか! 小僧が!」

「なんの根拠もなく彼女を愚弄したのはあんただろ」

「……! もういい! 貴様も出ていけ! 貴様にこの崇高な魔導学院で学ぶ資格など無い!」


「そうですか、魔導学院の教授は口先だけなんですね? 横暴を働くしか能がないなら誰にだってできそうですね。不正を証明できない上に子供にキレる、反論もできない、典型的な能無しですね。どうして能無しに従わなくてはならないでしょう? おれを出て行かせたいなら魔法を使ってみろ」


「おのれ……《我が意に応えし土のーー》」


 土属性か、詠唱おそっ!!


 挑発に乗った教授は魔法を詠唱するが発動しない。おれが発動する属性に合わせて魔力で干渉しているからだ。


「なんだ……?《我が意に応えし風……》」


無駄だ、この程度の実力では論外。


「はぁはぁ《我が意に応え水……》」


 あれだな。勉強はできるけど融通が利かない馬鹿。


 何度魔法を発動しようとしても何も出ない教授は焦って魔力を繰り返し消費し、あっという間に膝をついた。口ほどにも無いとはこのこと。


「ぐぅクソ! なぜ……」


 大声で喚いて何もできない教授はいい笑いものだった。


 これで少しは身の程を弁えるだろうか。まぁどうでもいいが。


「帰りましょう、マイヤ隊長。ここには失望しました。この程度で教授を名乗る者がいるのならここで学ぶことはなさそうです」

「そうですね」 


 おれは肩書を買いに来たわけではない。中身のない講義を受けて金を払えば要職に就けるというなら講義は受けないし金も払わない。

 時間の無駄だ。


 しかし立ち去ろうとするおれたちを引き留める者がいた。


「お待ちください! ロイド卿!」


 振り返るとそこに学院長がいた。


 清高十選と呼ばれる10人の魔導士最高峰に位置する人物。


「学院長! この者らは我々の学院を貶めに来たのですよ! 早く追放しなければ!」

「この馬鹿者がぁ!!」


 その声は学院中に響くくらいでかかった。


「出ていくのは貴様の方だ!! 受験生に難癖をつけ、詠唱を自ら編み出したものを異端扱いするとは……ここは貴様の理論を正当化する場ではないわ!! 学院を私物化しよって!!」


 どうやらこいつは詠唱が決まったもの以外認めたくないという個人的な理由で試験結果にこれまでも口を出し続け今年になってついに現場で難癖をつけるようになったという。

 そしてついに学院長の逆鱗に触れたというわけだ。


「私を追放だと……いくら学院長でもそんな勝手は許されませんぞ! 私の父が誰かご存知のはず!!」


 そしてこの馬鹿が、この程度で教授を名乗り、でかい顔をしている理由もわかった。ただの親の七光りだ。


「では貴様はこの方がどなたかわかっているのか?」


(ん……そこでおれに話を振るのか? マイヤ卿もおれをみてうなずくなよ……)


「この方こそ、陛下にバリリスの名を賜わりし麒麟児、ロイド卿であるぞ!」



「うぇ……? あのシスティーナ王女殿下の御付きの……」

「そうだ!」

「ベルグリッド伯の息子の?」

「ああ」

「ボスコーン家をおとり潰しに仕向けた陰謀潰しの麒麟児……」


 ひ、人聞きがわるいな、あれは勝手に潰れただけだ。


「ひぃぃぃ!」


 教授は逃げるようにその場を逃げ去っていった。別に追わないが逃げて行った。

 教授の家は子爵らしく学院に多額の援助もしていたらしい。だがおれの今の影響力はそこらの子爵を圧倒的に上回る。なにせ姫を通じて陛下に口添えができる位置に居るのだから。

 

 まぁしないけどな。


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