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第九話 その森、奇々怪々にて―――脱出〈改稿版〉

一度完結してからの改稿版です。2019/05/30


「悪く思うなよ、ファオ。おれたちはただ自分が大事なだけなんだ。没落一族と心中はできねぇ」


「おのれ、それでも誉高きリベル家守護者か!」


「リベル家が誉高かったのは役目を全うしてきたからだ。しかし、先先代当主が病に伏し、先代当主は行方不明、お世継ぎの若とお前だけで何ができる?」


 リベル家ではこの数年で当主が二度変わり、もはや使命どころか一族が途絶える瀬戸際にある。そんな矢先、〈魔の森〉に何者かが勝手に住み着いているとのギルドからの報告を受け、ファオたち守護者6名と現当主のレン・リベルで調査に来たのである。


 それはリベル家にトドメを刺すための罠だった。


「お、おれをなめるな! ここでお前たちを返り討ちにして武名の足しにしてくれる!!」


 レンはまだ十五歳。武門の生まれだが、残念ながら彼には戦う才能は皆無だった。細身の短剣を持つ手は震えている。


「お逃げください! ここは私が食い止めます!」


(どうせ獣人の私には行く当てもない。ならばせめて最後に使命を全うして死のう)


 ファオは五名の裏切り者を食い止め、死ぬ覚悟だ。


「ば、ばか! お前を見捨てて逃げられるか!!」


「付く側を間違えたな、ファオ!!」


「ぐっ・・・」


 襲い掛かる男たち。それぞれ武芸を修めた武人たち。ファオは槍でその攻撃を捌いて間合いを取ろうとする。


「『瞬回』の円か!さすがに防御だけは上手いな!!」


「ぐ・・う・・・・・」


 護りに優れていても五人を倒すことはできない。


(これが人生を懸けて得た力の成果だなんて。しかし今は嘆いている時ではない)



 ファオは敵を誘導するためにわざと追い込まれた。そして槍を男たちの背後に投げ込んだ。


 ここは〈魔の森〉だ。尋常ならざる魔獣の住処。まだ浅いこの辺りに、なぜかとてつもない気配を感じて無謀な賭けに出た。


(それをこいつらにぶつけて逃げる)


「ふ、血迷ったか?」


「そんな……」



 確かにそこにいるはずの()()は、藪をつついても出てこない。


 この世の不条理を呪う。


「ファオ!!」


 そんなファオの前にレンが飛び出して来た。


「あぁ、若様!!」


「死ね、レン・リベル!!」


 場に舞う鮮血。


「「「「「ぎゃあああ」」」」」


 重なり合う男たちの悲鳴。


「「……あ、れ……?」」


 状況を飲み込めないファオとレン。

 突然男たちが全員何かに足を取られて前のめりに倒れ込んだ。足の甲から突起が突き出ている。痛みに呻き、周囲を確認している。



 まずファオが藪から気配を感じた。

 獣人の彼女に少し遅れて男たちも気づいた。


「だ、誰だ!?」


 藪の中から現れたのは黒い毛皮を着た少年だった。少年は誰何に応じず、首ごとそっぽを向いている。そこへ男たちが反撃とばかりに飛び掛かった。


「「「「「ぶはぁぁッ!!!」」」」」

「「ええ!!?」」

 

 しかし、吹き飛んだのは男たち。少年は微動だにしない。


 それでもそれがその少年の仕業だとすぐに気が付いた。


 その気配もそうだが、彼が着ている毛皮はこの森の代表的魔獣のものだったからだ。


 通称〈悪王の使い〉


 光を飲み込むようなドス黒い体毛と太い樹木を食いちぎる咬筋力。極銀(ミスリル)すら切り裂く爪。そして謎の魔力を打ち消す力によって、一匹の危険度は上から三番目の〈聖銅級クエスト〉に認定されている。実質討伐不可能とされている魔獣だ。


「〈魔の森〉に住み着いたって、本当に住んでる人がいるなんて・・・」


(てっきり、自殺志願者か異常者かと思っていた。まだ、若い。若様と同じぐらいだろうか)


 しかし、顔立ちはこの辺りでは珍しい。目鼻立ちがくっきりなので神聖ゼブル帝国の生まれに見えた。

 身なりは野人とは思えない上等なつくりだが、どこか古めかしい。

 背中には矢の無い矢筒と身長を超える刀剣を背負っている。腰にも違う形の剣を帯びている。こちらも野人が持つような粗末なものではなく、最高クラスのものだ。

 終始、眼を合わせず、一定の距離を保っている。

 右目をずっと瞑っている。


「はぁ、はぁ、はぁ、助かった?」


 レンは緊張の糸が切れたようで、その場にへたり込んだ。


(そうだ、助けてもらって、まずお礼を伝えなければ)


 ファオは眼を合わせようとしない彼と会話を試みた。


「あ、あの、助けてくれてありがとう。私はファオ、こちらはリベル家当主のレン様。あなたは?」


「・・・・セーイチ」


 彼はファオの眼を見て答えた。


(警戒を解いてくれたのかな?)


「お前すごいな。今のはどうやったんだ?」


 レンが聞くと再びそっぽを向いてしまった。


「え? おれ何かしたか?」


「若様、ここは私が」


「う、うん……」


(これは何か深い事情があるのかも。彼からは恐怖の匂いがする。若様を恐れている。というよりたぶん人族と何かあったんだろう。私が獣人族だから話しやすいのかな? 普通逆だけど)


 だがここで別れるとまた管理の問題で調べに来ることになる。ならばいっそ彼を街に連れていけないだろうかとファオは思案した。


「今・・・剣・・・技・・・どうやったんだ?」


 勇気を振り絞るように会話を切り出した少年。


「よろしければ、ご教授しましょうか?」


「ああ」


 三人は森の出口から止めておいた馬車に向かった。

 しきりに周囲を確認する少年は時折、虚空に向かい何か神妙な面持ちになる。


 ファオは少年の手を引いて、躊躇する彼を馬車に乗せた。



 ガタンッ


「・・・はッ!!」


 気が付くと馬車の荷台に乗っていた。対面にはレンが座っている。心配そうにこちらを見ていた。眼を見てはいられないが、少しはまともに接することが出来そうだった。


 二人が名前を言って自己紹介してくれた。

 獣人の女性はファオ。身振りや身なりからして、少年の護衛の騎士のような者だと理解した。頭から大きなうさぎ耳が出ている。身のこなしも早かったのでウサギに由来する獣人なのかもしれない。帝国では〈獣王〉の出現以来獣人への風当たりは強い。しかし、首や腕、脚に奴隷の輪は付いていない。自由を約束されている特別な獣人なのかもしれない。

 先ほど見た槍の扱いからして、何か武功を上げたのかもしれない。


 少年の方はレンリベル。レン・リベルなのかレンリ・ベルなのかわからないが家名があるのでそれなりの身分とわかる。身なりは普通より多少良い程度だが、手仕事を経験していない綺麗な手はお坊っちゃんの手だ。商人の子ということもあり得る。しかし、先ほど槍を失ったファオを庇ったあたり腰抜けではないようだ。


 


「あー、――? いや、位を――する何かないか?」


 どうやら、街道を進んで街が近いのか、身分証を持っているかと聞いているらしい。紅燈隊の徽章なら残っていたが、パラノーツ王国の者と知られるのは危険かもしれないため別の物を用意していた。金は無い。だが金になるものは本当に腐る程ある。


 空の矢筒から石を取り出した。魔石だ。この二カ月、魔の森をさまよい、その間魔獣を狩って暮らしていたのだ。


「おお! すごい大きな石だ。これなら大丈夫……というか今どこから出した?」


 レンが通行税分の石を受け取る。しばらく彼が一方的に話してきた。会話に慣れるために頭をフル回転させて聞いた。その間ファオが御者をしてくれたが、申し訳なく思って途中代わった。


 馬車に揺られること半日。辺りは暗くなって来たため野宿となった。


 ファオが火を焚いて、鍋を置き、水を汲んで沸かした。そこに香草と干し肉、壺から出した調味料を加えて煮込んだ。


「恩人にこんなものしか出せなくてすいません」


「・・も、問題・・・ない」


 簡素な食事だったが本当にうまいと感じた。暖かな食事を誰かと共にするのは久しぶりだった。それに壺に入った調味料が気になった。味噌や豆板醤に近いが違う。甘みと辛みがあって肉とよく合う。


「ファオの料理は上手いだろ? 屋敷ではよく自分で料理して食べているものな! 夜中とか!」


「ギクッ・・・若様・・・気づいて居られたのですか・・・?」


 どうやらファオは食いしん坊なあまり自分で料理をしているらしい。

 レンは恥ずかしがっているファオを不思議そうに見ながらうまそうに食事を続けた。そういう機微にはまだ疎いらしい。


 このあたりで、すでに会話の大体の内容は理解できるようになった。話すのは口が慣れていないし、言い回しや慣用句がわからないのでたどたどしいが、文法は古代言語に比べれば単純だった。


 食事を終えて、見張り番を交代ですることになった。ここでレンが自分もやると主張したがファオが率先し、おれも休むように促された。


 獣人の索敵能力は人族や他の種族よりも秀でている。特にこのファオはそれに長けているらしい。真夜中、ファオはレンを起こして少し移動すると言った。何かいると感じ取ったようだ。


「ただの獣か魔獣かはわかりませんが気配を感じます。まだ距離はあるので痕跡を消して進みましょう。時間を稼げれば夜明けになります」


 馬糞で痕跡を消して、馬を引きながらしばらく進んだ。


 おかげで夜襲を受ける事無く無事に朝日を迎えられた。


 疲れて眠ったファオの代わりに御者をして街道を進み、しばらくすると、大きな壁が見えてきた。パラノーツと同じく城郭都市のようだが、見たことの無い様式だ。

 街に着くと、街の様子にさらに驚かされた。


(ここは・・・どこなんだ!!)


 朱色の屋根瓦に木造の家屋が立ち並び、見慣れない果物や装飾品が売られ、独特な旋律は耳なじみがなく、行き交う人々の顔立ちは自分とは似ても似つかない。冒険者が多く見受けられ、皆一様に大きい獲物を持っていた。標準レベルが高そうだ。


 それより何より、驚いたのはここに、神聖ゼブル帝国の要素が何一つないことだ。


(まさか・・・ここは・・・)


「ここは・・・どこ?」


「え? 知らないんですか? ここはナブロの中心都市、ロタの街です」


 おれは『記憶の神殿』内の情報を巡り、ナブロという言葉を探す。ギブソニアン家に招かれて最初のころにやった情報収集でそれを見ていた。中央大陸の極東、バルト地方内でも最も東に位置するごく小さい国だ。領土はベルグリッド領ほどしかない。


(地図の端と端じゃないか!!)


 すでに二カ月が過ぎ、もうすぐ神聖暦八紀221年だ。しかし、戻るには中央大陸を横断し、さらに海を越える必要がある。日本からイギリスまで陸路で行くようなものだ。逆に東に船を出せれば早い、というわけでもなく、この世界の地図は不完全でバルト地方から東は未開だ。パラノーツ王国の西も海流の関係で何があるのか突き止めた者は未だいない。

 西へ海路を進んで行くにしても、海路は厳しく規制されている。身分の不確かなものは帝国の支配する海域で捕まる。


(失敗した!! もっと余裕を持ってもう二、三年早くに戻れば良かった・・・!!)


 覚悟していた長旅は想定以上のものとなる。

 焦りを抱えながらおれは盾の一族が治めるロタに入った。


 



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