実はちょっと困ったことになった……
娘さんが出て行ったあとで、そちらを振り返りながら、巻き毛の男が言ってきた。
「実は、ちょっと困ったことになったんだ。
妹は、どうやら、お前に憧れているらしい」
やはり妹だったのか。
っていうか、お前って誰だ? と思っていると、男はヤンではなく、未悠の顔を見た。
「……私は女ですが」
といぶかしげに言うと、そういうのじゃない、と男は言う。
「妹は、同じ女として、お前に憧れているのだ。
お前からは高貴なものの匂いがすると言っている」
いや、まだ王子と結婚したわけでもないので、その高貴なものとやらになってはいないんだが。
というか、王子と結婚したからと言って、庶民出の自分が、急に高貴な感じにならないとは思うのだが、と思っていると、男は、
「俺からすれば、お前が高貴かどうかは……」
うーん、と唸ったあとで、
「微妙?」
とガタイに似合わぬ可愛らしい感じで小首を傾げてくる。
はは。
そうですか……。
っていうか、そもそも、私に妹さんが憧れていると、なんの困ったことがあるのですか、と思っていると、男は溜息をつき、言ってきた。
「俺からすれば、世間一般に高貴な人間と言われている連中なんて、ロクなもんじゃないと思うがな」
やはり、この男、なにかありそうだな……、と思いながらも、世間一般に言う、高貴なものである、アドルフやユーリアたちをかばってみた。
「そんなこともないですよ」
だが、そこで、シリオとタモンの顔が浮かんでしまった。
「いや……やっぱり、そんなもんですかね」
とつい、言ってしまい、なんなんだ、お前は……という顔をされてしまった。
美味しいお茶をいただいたあとで、未悠はカップを置いて、男に訊いた。
「ご馳走様でした。
あの、王宮か何処かで料理番でも?」
「昔な」
男の発したその短い言葉に、重みがあった。
すごいな。
『昔な』という言葉で人生が語れるとか、と思っていると、まだ戸口に立っていた男は、未悠を見て言う。
「しかし、お前のような女に憧れられると困るな。
……なにもしなくなりそうだ」
いや、どういう意味だ……。
「お前、料理とか出来そうにないしな」
と言われたので、つい、
「出来なくもないですよ」
と意地を張って言ってしまう。
ほう、と男は言った。
「では、ちょっと厨房に来てみろ」
出来なくもないですよ。
毎朝、インスタントの味噌汁にお湯を入れて、ご飯をチンして、前の晩の残りのおかずをチンしてましたからね……。
今更なにも言えず、未悠は男について、厨房に下りた。
続きになっている食堂からはまだ楽しげなおじさんたちの声が聞こえてきている。
片付け物をしていた娘が、こちらを見、あっ、という顔をし、赤くなった。
そちらを見ながら男が小声で言ってくる。
「お前の無様なところを見たら、妹も憧れるのをやめるだろう」
「何故、無様と決めつけるんですか。
ますます私のようになりたいと言ったらどうします?」
となんの根拠もなく強がってみた。
男は、特に、笑うでもなく、……ほほう、と言う。
「では、この辺りにあるもので、なにか適当に作ってもらおうか」
えっ? と未悠は固まった。




