貴方の婚約者に横恋慕しています
いつも心に引っかかっていた。
自分が父の子ではないかもしれないことが。
父は、例え、自分が彼の子供ではないとしても、変わらず愛してくれる人だと思うから、余計辛かった。
なのに……。
アドルフは自室の窓からあの森を見下ろす。
未悠と出会った花畑のある森だ。
なのに、未悠が現れてからは、騒々しくて、そのことは忘れがちだったし。
未悠のおかげで、自分が何者かもあっさり判明してしまった。
だが、負い目がなくなり、すっきり、と思う間もなく、未悠は消えてしまった。
アドルフは思わず溜息をもらす。
……嵐のような女だ、本当に。
だが、嵐が過ぎ去ったあとは、晴れやかな天気になるというが、自分の心はまったく晴れなかった。
指をパチンと鳴らしただけで消えるとか。
何処の怪しい奇術師だ、とあれ以来現れない未悠に悪態ついたとき、誰かが扉をノックした。
……とん
……とん、とやけに間の空いたノックだ。
風でなにかが扉にぶつかっているのかも、と思ってしまい、なんとなく、そのまま音が途絶えるのを待った。
だが、いつまでも、叩く音がする。
やはり、ノックか? と思い、扉を開けると、シリオが立っていた。
なにかこう……どんよりとしている。
そして、そんなシリオを扉の番をしているヤンが苦笑いして見ていた。
「シリオか。
どうした、入れ」
と言うと、しょぼしょぼと中に入ってくる。
「王子……」
「なんだ」
シリオは顔を上げ、
「私、未悠が好きなんですかね?」
と問うてきた。
待て、お前。
誰に訊いている……。
シリオは困惑したように、
「どうしたらいいでしょう?」
と訊いてくるが、
いや、俺がどうしたらいいでしょうだよ、と思っていた。
「どうして、何故、急にそんなことを思った?」
とシリオに確かめると、
「タモン様に言われたのです。
アドルフ王子ではなく、お前が未悠が居なくて、寂しいんだろうと」
そう言われればそんな気がしてきました、と言うシリオに、いや、暗示にかかるな、と思う。
「そう言われれば、確かに。
阿呆な未悠が居ないと、城の中が何事もなく上手く回って、暇なのです」
お前、仮にも王子妃に向かって、阿呆な未悠とかどうなんだと思ったが、しょぼしょぼと語られると、なんだか同情してしまう。
よく考えたら、私、貴方の婚約者に横恋慕しています、という宣言なのだが。
「タモン様に、お前、自分がいいと思ったから、未悠を連れてきたんだろと言われ、そう言われれば、そうかもなと思いました。
未悠は、あんまり胸はないけど、スタイルは悪くないし。
すっごい顔が整っているというわけでもないけど、ぱあっと周りが明るくなるような華やかさがあって、実際の顔よりかなり綺麗に見えますもんね。
そういえば、私、そんなに巨乳とか好きじゃないんですよ。
ご存知でしょう?」
とぶつぶつと言ってくる。
ご存知でしょうって。
そういえば、問題の例のお相手も知的なタイプで、スタイルも肉感的というより、未悠のように、スッとした感じだったな、と思い出す。
「まあ、落ち着け。
暗示にかかっているだけだ。
落ち着いて、此処に座ってろ」
とアドルフはシリオに窓際の椅子を勧め、
「今から、タモンを懲らしめてくるから」
と宣言する。
最早、親でも子でもないので。
……いや、こういう言い方をすると、かえって、本当の親子のようだが。
親でも子でもないことが判明したので、遠慮なくやれるな、と思ったとき、俯いたままのシリオが言ってきた。
「……指は生かしておいてください。
あの男がパチンとやったら、また、未悠が飛んでくるかもしれません……」
「わかった……」
いや、特に殺す予定はなかったのだが……と思いながらも、そう答える。
だが、あれから、タモンに指を鳴らさせても、未悠が戻ってくる様子はなかったのだが――。
「わかった。
指二本は生かしておこう」
そう言い、シリオを置いて部屋を出た。
こちらを見て礼をしたヤンに話しかけようとしたとき、唐突に、部屋の中で、パチンと音がした。




