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あれが俺の暗雲か

 


 未悠たちは老婆の言葉に、列の一番後ろを見た。


 タラタラとタモンが歩いている。


「……あれが俺の暗雲か」


「そう。

 お前の過去から来た暗雲だ」

と老婆は駿に言う。


 駿はタモンが追いつくのを待って、

「お前が俺の未来を汚すのか」

と訊いていたが、タモンは、あ? とめんどくさそうに駿を見たあとで、


「いや、興味ない」

と言う。


 そのまま行こうとしたタモンだったが、老婆の前で足を止め、振り返った。


「ナディアじゃないか!」


「そう。

 よくわかったな、悪魔タモンよ」


「いや……最近、知らぬ間に格上げされて、魔王になったみたいなんですけど」

と馬から降りていた未悠が言うと、ナディアという名だったらしい老婆は、タモンに向かい言う。


「お前はただの人間だと自分のことを思っているようだが。


 そうではない。


 もうお前はとっくの昔に魔王となっていたのだよ」


 ……今、彼女の中でも、悪魔が魔王に書き換えられたようだ。


「眠り続けて、何百年も経つうちに、お前は人ならぬ力を手に入れていたのだ。


 何故なら、私が刺したのに、お前はまだそこにそうして生きているではないか」


 ええっ? とみながナディアを見た。


「誰が刺したって?」

とタモンが訊き返し、


「この占い師さんがですか?」

とヤンが言い、


「ほう、悪魔を刺すとは豪気なババアだ」

とリチャードが笑う。


「そう、私だよ」

と腕を組み立つナディアは言った。


「私がお前を刺したのだよ、愛しいタモン」


「何故だ、ナディア」

とタモンは昔の恋人だったらしいナディアに訊いている。


「お前が眠りについたあと、私はひとり、彷徨っていた。


 何十年と経ち、たまたま、また訪ねたあの塔で、私は眠っているお前を見た。


 昔と寸分変わらず、美しい顔をしたお前をな。


 ……何故、変わらない?


 私は醜く年老いたのに、何故、私を捨てたお前だけがいつまでも美しい?


 そう思って……」


 ナディアは自分を捨てた……


 のか、また、パッタリ寝てしまっただけなのか知らないが、


 タモンがいつまでも若く美しいことに腹を立て、刺してしまったようなのだ。


「同窓会とかで」

と未悠が呟くと、駿がこちらを見た。


「好きな人が大変な状態に劣化してるのを見るのが嫌で、行かないとかって聞くんですけど。


 美しいまま残ってるのも駄目なんですね」

と言うと、


「そのまま保存されてるにも限度があるだろうよ。


 貴方も私も素敵に歳をとりましたね、というのが理想的だろう」

と駿は言う。


「そういう思い出でもあるんですか?」


 そう未悠は駿に問うたが、


「俺はのし上るのに全精力を使っていたから、恋などしたことはない。


 俺の心を動かしたのは、お前だけだ」

と歯の浮くようなセリフを言ってくるが。


 この人の恐ろしいのは、すべて本気だということだ。


「いやいや、我々は兄妹かもしれませんからね」


 真正面からそう言われて、さすがにちょっと赤くなりながら、未悠は後退する。


 すると、ナディアが、

「そうであろうな」

と言った。


 えっ? そうであろうな?

と二人で見ると、


「お前たちはタモンの子だ。

 タモンの匂いがする」


 そうナディアは言い切った。


「……すみません、もう一度」

と未悠はナディアに頼む。


「お前たちはタモンの子だ。

 タモンの匂いがする」


「あー」

とタモンが手を打った。


「なるほど。

 それで、この男を見たとき、恐ろしいから、何処かにやらねばと思ったんだな」

と駿を見て言い出すタモンに、リチャードが笑う。


「神話の時代から、自分が追われないよう、優秀な息子をいとう神や王の話はたくさんあるからな」


 そこで、タモンは今度は、未悠を見て言った。


「なるほど。

 道理で、未悠を見たとき、結構好みなのに、ときめかないなと思ったんだ」


 そうか。私の娘だったのか、とタモンは笑う。


「……それで、ただ長く生きているという理由だけで生じた貴方の力でも、私には発動しやすかったんですね」


 そう呟く未悠の側で、駿も頷く。


「そうか。

 それで、この男を見たとき、なんだかわからないが、ともかく、らねばっと思ったんだな」


 殺らねば殺られると思ったと駿は言う。


 ……どんな親子関係だ。


「父と息子って難しいんですね」

と未悠は言ったが、


「うちの父親はどっちも激甘だがな」

とリコが横で呟いていた。


 まあ、それは、恐らく、リコが母親似だからなのではないだろうか……?

と未悠は思う。


「社長は、王の子どもだから、アドルフ様と似てたわけじゃなくて。

 アドルフ様と血続きにあたるタモン様の子だから似てたんですね」


 先祖返り的にタモンに似ていたアドルフと、タモンの子の駿。


 そういうことなら、よく似ていて当然だ。


 そして、王の血を引くものしか開かない小箱が、シリオで開かなかったのに、未悠で開いたのは、未悠の方がより、王の直系に近い血を持っていたからだ。


「そうか、娘よ。

 なにか買ってやろう。


 ナディア、なにか未悠に見立ててやってくれ」

とタモンがナディアに頼む。


 いや、貴方、その方に刺されたみたいなんですけど、と思ったが、刺された記憶もなく、寝ている間に全快していたので、特にこだわりはないようだった。


 一方、ナディアも刺して、ある程度気が済んでいたらしく、商売っ気を出して、盛んに高い装飾品をタモンに売りつけようとしている。


「刺されたのですから、負けてもらってはどうですか、タモン様」

と未悠が言うと、


「食えない娘だねえ」

と言いながらも、ナディアは少しだけ負けてくれた。


 タモンに買ってもらった緑の石のブレスレットを身につけ、さようならーと未悠たち一行は去ろうとしたが、


「待て」

と誰かの声が呼び止めた。


 誰よりも魔王のような貫禄のあるその声の主は駿だった。


「待て、占い師、ナディアよ。

 俺の暗雲はどうなった?


 タモンにより、未悠と兄妹ということが証明されたことが暗雲なのか?


 じゃあ、俺たちの母親は誰なんだ?


 占い師よ。

 お前なら知っているんじゃないのか。


 俺の出自を教えろ」


 いや、それは既に占いではない……。


 というか、父親に訊け、と思ったが、タモンにも誰の子なのかはわからないようだった。


 ナディアも、

「そこまでは知らん。

 私の占いには出ていない」

と言う。


「駿、未悠。


 そして、自分でも記憶にない魔王タモンよ。


 大神殿に行くがよい。


 きっとその答えが出るであろう」

と言った。


「そうなんですか?」


「……なにせ、大神殿だからな」

とそれ、やっぱり、占いでもなんでもないですよね、という適当なことを言い、ナディアは、


「じゃあ、達者でな」

と手を振った。


 これ以上の情報は得られないだろう。


 予定通り大神殿に行くか。


 魔王が、大神殿に入れるかは謎なのだが、と思いながら、よっこらせと未悠が馬に乗ったとき、タモンがナディアに言っていた。


「ナディアよ。

 お前は私に訊いたな。


 何故、自分がナディアとわかったのかと。


 わからないはずがない。

 お前はあの頃となにも変わらないまま、美しい」


「……タモン」


「いつか私が年老いたら、また出会おう。

 その頃には、また似合いの二人となっているだろう」


 いや、年老わなかったら?

と周りはみな思っていたが、ナディアはその言葉で満足したらしい。


 長年、胸につかえていたものが解けたような顔で、少女のように微笑み、手を振っていた。






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