おそるべし、シャチョー
「いつの間に未悠の宿を通り過ぎたのだ。ちゃんと言わないか、ラドミール」
……何故、私はこのシャチョーに叱られているのだろうか、
とシャチョーと一緒に馬に乗ったままラドミールは思っていた。
そもそも、自分が勝手に通り過ぎたんでしょうが、と思っていたが。
なんだかわからないが逆らえない。
そして、逆らえないだけではなく、申し訳ございませんっ、とへりくだり。
次回こそ、必ず、貴方様のご期待に応えてみます、と言いたくなってしまう。
おそるべし、シャチョー、と思ったとき、シャチョーがひらりと馬を降りた。
道端の露店でアクセサリーなどを売っている老婆に話しかけている。
「装身具の買取りはしていないのか」
くすんだ紫のマントを着、フードをかぶっている老婆は、目だけを上げてこちらを見た。
「物によるねえ」
そして、シャチョーの顔を見たあとで、おや、と言う。
「あんた、面白い人相をしているね」
自分は人相見もしているのだと老婆は言った。
「……幾らだ」
少し考えたあとで、シャチョーは老婆に訊く。
占ってもらうつもりのようだ。
「あんたが持ってる一番安い宝石を置いてきな。それで見てやろう」
にんまり笑った顔が見えた。
若いときは美しかっただろうと思われる顔だった。
シャチョーは断るかと思ったが。
懐の革袋から、小ぶりだが、真っ青な石を取り出し、コト、と彼女の前の小さなテーブルに置いた。
ええっ? とラドミールはシャチョーとその石を二度見する。
「……いい。所詮、俺のじゃないし」
どうやら野盗から奪ったもののようだった。
「いいだろう」
という老婆はシャチョーを見上げ、重々しく言った。
「お前の前に近々暗雲が立ち込めるであろう」
「雨か」
「いや、そうではない」
と言ったのは老婆だけではなかった。
「そういう意味ではないのでは……」
とラドミールも思わず突っ込んでいた。
「お前の前に立ちはだかるものが現れる。
それは過去の幻影……」
「過去の幻影?」
「振り払うには、これを」
と老婆はいきなり、くすんだ金の指輪を売りつけようとする。
「いらん」
「買わねば、過去がお前に追いつくぞ」
「いらん」
「本当だ。
近いうちに、お前が今、案じていることのことのすべてが目の前に突きつけられ、明らかとなるだろう」
「望むところだ」
と言いながら、シャチョーは馬にひらりと跨る。
置いて行かれてはかなわないとラドミールも慌てて飛び乗った。
この怖いものなしのシャチョーが案じている過去ってなんなんだろうな、と思いながら。
シャチョーは馬を走らせながら、
「まさか宝石一つで、天気予報されて終わりとは思わなかったな」
と呟いている。
いや、天気予報じゃないでしょうよ、と思いながら、馬が速いので、乙女のようにシャチョーにしがみついているうちに、未悠たちの居る宿に着いていた。




