表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
23/27

「昭和の博徒」侠客とは?

私は昨年より「極善偽悪」シリーズを執筆し始めて、三シリーズ目ですが、この間本当に様々に「びっくり仰天!」なことが多々ありましたが。


私は18才の時に「昭和の博徒」に憧れて、裏社会で生きることにしました。


しかし「昭和の博徒」とはどういうものだったか?それは、いわゆる「最後の侠客」でもあったわけです。


私は極道というものは、そういうものだと信じていました。


「昭和の博徒」とは私が知っている限り、普段は慎ましい生活をしておりました、私が18才の時に子分になったときの親分は昭和七年生まれの48才でした。


根っからの「博徒」で、普段は「サンマ」が大好物で若い「姐さん」の代わりに自ら厨房に入り料理して私たち「若い衆」に振る舞ってくれてました。


しかしそれは例外中の例外で、普段は、雪駄の履き方や、様々な「げんかつぎ」にうるさく、ある夜中に、


突然、親分からの電話で、起こされて、わざわざ親分の家までライターを取りに行ったことがありますが。


それはなぜか?というと、親分は「博打」の最中でした、しかし博徒に「ついている」途中で、その場を離れると「つき」が離れてしまうと言う「げんかつぎ」で、


私は起こされて、親分の家にライターを取りに行ったのです。


「昭和の博徒」は普段は慎ましい生活をしておりました。普段はみずぼらしいアパートに住んでいたり、姐さんは小さな飲み屋をしていたり。


しかし、いざ「博打」という時には不思議に、数千万の金を集めて一晩中博打を打つのです。


そして「昭和の博徒」は粋でした、堅気には優しくヤクザには強い、つまり「弱気を助け強気をくじく」それが「昭和博徒」であり「最後の侠客」でもあったわけです。


というのも警察の昭和39年の「頂上作戦」以降、博徒の文化は廃れ、極道は「暴力団」に成り果てました。


しかし私は最後まで「弱気を助け強気をくじく」堅気には迷惑をかけず「信義」を通す「極道」が今の世の中にもいるはずだと僅かな期待を寄せていたのですが。


私の体険上、非常に不愉快な、極道というより「詐欺師」というべきある組織の「幹部」と出くわして。


これでは、ヤクザも終わりだと思い、このエッセイを書いている始末です。


この男は、名古屋生まれの、熊本県宇土市育ちの、某、組織の幹部です。


この、お笑いにしかならない、大爆笑の事件をここで公開します!


続く~



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ