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森の泉と妖精パック

_


 


「さて、これ程に贅を尽くした料理に報いるにはどうしたものか……」


 口許に指を宛て、思案にくれるライバスタだが、その仕種が妙に芝居がかっていてワザとらしい気がする。


「殿下、恐れながら確かこの付近には…」

「おお、確かにアレでしたら仔猫丸殿にもお悦び戴けるかと」


 チラ、チラと視線を送りながら内密の相談とばかりに耳許で聴こえる音量で話すアランとサミュエル。明らかに何かを企んでるっぽく、しかも棒読み……。


「フム、そういえばこの辺りだったな」


 ライバスタが咳払いをした後、さも思い出したかの様に話し始める。



「実は先日この辺りを探索していた際にだな…」

「探索済みなら来た意味無いのでは?」

「……………探索した際にだな、偶然本当に偶然、美肌効果のあるという温かい水が湧く美しい泉を見付けたのだ」


 ……スルーかい。

 涙目なライバスタはさておき、この場所から歩いて5分程の所に温かい水が湧く泉、つまり温泉があるらしい。透明度の高い綺麗な温水で時折怪我をした野生の獣も傷を癒しに訪れる事もあるらしい。その温かい水のお陰でこの北国にあって年中様々な花が咲いており、あたかも楽園の如き景色だとの事。


「メイド達が申すには湯を含ませた布で身体を拭うのが不満で大きな桶と大量の湯を所望していたらしいではないか」

「何やら仔猫丸殿の故郷の風習だそうで」

「いや、偶然なのです。たまたま探索の折、見付けただけで…」


 要は探索に託けてこの天然の温泉に連れて来たかったという事らしい。


「大量の温かい水に身を沈めるだけでも気が安らぎ、疲れも癒えるらしいのだろう?しかも美肌だぞ、美肌!」


 まだ十代半ばのピチピチな樹に美肌効果も何もだが、入らねば事は納まらぬようだ。気遣いは有り難いのだが野生の獣も出没すると聞いては二の足を踏んでしまう。


「それならば安心するがいい。我らが身を呈して見張ってやろう」「見張るというからには当然、泉の外を……ですよね?」


 バッと同時に明後日の方向に顔を背ける。いや、別に同性なのだから見られたとしてもどうという訳でも無いではないが……何を考えているのだろうか、この主従どもは。


 確かに温泉は魅力的ではある。諦めたのか大きな溜め息を吐き…。


「……言っときますけど、残念なだけですよ」


 袋からバスタオル代わりの大きめな布を取り出し、指差された方向へと進む。同性だと納得して貰えれば変なアプローチも無くなるだろうと自分に言い聞かせる樹だった。





「フゥ……」


 泉の深さは樹の腰より下くらいなのでそんなに深くは無い。座り方によっては肩まで浸かれるだろう。ライバスタの言う通り、岸には色とりどりの花が咲いていて、生い茂った木々の隙間から射す木漏れ日が反射し、キラキラと輝いている。時折魚が跳ねたのだろうか、水面に波紋が拡がる。本当に透明度が高く、泳いでいる魚は勿論、底の小石の模様まで確認出来る程だ。


 誰に迷惑が掛かる訳でも無いので折角たからと温かな湯に身を任せる。移動する場合は泉の底を荒らさぬ様に手首で8の字を画くように泳ぐ。温度も熱くも無く、ヌルくも無く、とても心地好い。まるで母の胎内のように安らげる。

 背中まで伸びた髪は水面で扇状に拡がっている。華奢で色白な樹は運動は苦手で、痩せ型だがむしろ少しだけ柔らかな丸みを帯びていて、まるで少女のソレだ。


 その存在だけでも芸術的な佇まいの泉に未成熟な肢体の少女の如き樹。濡れた髪を跳ね上げると飛沫が放射状に散り、反射した光でキラキラと輝き、差し込む一条の光が虹を生み出す。それらが組み合わされた様は神々しくすらある。

 本人が見れば卒倒ものだろうが…。




「フゥ…、気持ち良かった。一応ライバスタに感謝かな?」


 一頻り温泉を堪能した樹は濡れた髪を搾りながら岸辺へと上がって来る。平らな岩場の上に置いてあったバスタオル代わりの布を手に取り、素肌を珠のように伝う滴を拭い、濡れた髪を挟むようにしてタオルドライをする。キューティクルが傷まないように姉から教えられた方法だ。

 一工程終えたので次の布地を取ろうと手を伸ばすと小さな手も伸びてきた。


「………エッ!?」

「ピィ?」


 背中に小さな虫の羽の生えた緑色の服の小さな子供と目が合う。


「ピィィィィーーーッ!!!!」


 妖精は抱えられるだけの服をワシッと抱えると一目散に逃げ出した。


「ちょ……ま、待てぇーーーーッ!!!!!!」


 何が起きたか解らず一瞬出遅れてしまい、滴を拭っていた布を身体に巻き付けて後を追う。泥棒は意外に素早く追い付けない。取り逃がすものかと護身用に持って来た一対のナイフを強く握ると光が矢のように飛び出した。


「ピ…ピィ……ピィィィ……」


 そこには服泥棒の妖精の襟首を捩上げながら爽やかに微笑む蘭学者風な服の優男が立っていた。


「ヤレヤレ…こんな低レベルなモノノケに遅れを取るなど…まったく貴方という人は…。しかもその様なはしたない姿で走り回るなどと……。もしかして誘ってます?」


 「そんな訳あるかぁ!」と叫ぼうとした瞬間、運悪く騒ぎを聞き付けたライバスタ達も茂みから姿を現す。


「ご無事ですかッ!?」

「何事だ!仔…猫……ま…る……?」


 三人の目に飛び込んだのは一対のナイフを握り、布がどうにか身体を隠している樹のあられもない姿だった。


『し…失礼ッ!?』


 慌てて反転する三人。背中越しなので表情は判らないが耳は真っ赤に染まっている。ライバスタに至ってはポタポタとオーバーフローしてしまっている。……若いね。


「いや、だから僕は……」男だと続けようとした時、一対のナイフの擬人である“長船”が呆れたように口を挟む。


「フゥ…、まったく頼りがいのあるナイト達ですね……。で、このモノノケは如何します?このまま捩切りますか?」


 長船の拳が更に捻られると妖精は声も出せないのか必死に息を漏らすだけだった。


「そ…そうだ!何者だ貴様ッ!?」

「仔猫丸殿に指一本触れたら貴公の首は胴体と永遠の別れを告げる事になる!」

「大人しく投降せよ!」




 ピリピリとした緊張が漲る。眼前の一見優男はニコニコと微笑んでいるものの、冗談じゃない程の殺気を漂わせていた。例えるならそう、研ぎ澄まされた刃の様な危うさが。


「ちょ…皆、ストップ!ストーップ!ライバスタ達も、長船も落ち着いて」


 慌てて樹が仲裁に入る。


「おや、処分し無くて良いんですか?こういう痴れ者(服泥棒の妖精)はちゃんと躾ませんと後々……」

「そうだぞ仔猫丸。得体の知れない痴れ者(長船)は我がタトネークの誇りに賭けて赦しておけぬ!」


 微妙に齟齬がある気がするがとにかくこの場を治めねばならない。あと、処分=抹殺だとその後々すら無い。


「まずその泥棒さんには聴きたい事があるから殺しちゃダメ!あと長船は僕が手に持ってるナイフの式神だから大丈夫です…………(多分)」



 何せ元ネタのゲームがゲームだから全くこれっぽっちも安心出来ないのが本音だとは言えなかった。既に兼貞が仔猫丸を『腰を振るしか』と嘲った実績がある。


「とにかく、僕は服を着てきますのでライバスタ達は服泥棒さんを見張ってて。長船は彼らを!」

「……成る程」


 樹が発した言葉のズレの意味に気付いた長船が微笑のままライバスタ達を一瞥する。

 そう、彼らは到着するのが早過ぎたのだ。いや、彼らはちゃんと約束通り、外に向けて見張りをしていた。…してはいた。

 ただ、振り向けばギリギリ樹の裸体を目視確認出来る距離で、パシャパシャという水音を拾おうと聞き耳を立て、断片的に得られる情報から在らん限りの場面を脳内で構築する為に。


「ご…誤解だ!俺達はちゃんと外を見張っていたんだ。だから内側で起きた事に出遅……」

「では、その上着からはみ出ている物はどう説明を?」


 長船がライバスタのポケットからはみ出している柄を指差す。


「い…いや、これは…男の嗜みというか……」

「嗜み……ですか」


 長船の微笑に変わりは無い。ただその口調に侮蔑が混じっただけだ。おそらく柄の先には銀色の板が嵌め込まれているだろうから。


 樹は妖精から取り戻した衣装を長船から受け取ると少し離れた岩場へと走っていく。脚が前後する度に身体に巻き付けた布がギリギリ見えるか見えないかの辺りでヒラヒラと翻り、とっても危険だった。

 岩場まで残り1/4という距離で樹は踵を返し、小走りで帰ってきた。


「…これですか?」


 長船が手の中に隠していた物を広げようと握り拳を緩めた瞬間、緑と白の何かを引ったくる様に奪いさってゆく。


「……何だったんだ、今のは」

「さぁ…多分、下着だったんじゃないですか?」


 呆気にとられるライバスタの隣で長船はシレッと笑顔のままで答える。つまり下着と解っていてワザと渡していなかった疑いがある。先の“兼貞”“隼風”に続き、この“長船”、仔猫丸の遣い魔ではあるものの油断すべきで無いと心の中で警鐘が鳴り響く。






「お……お待たせ」


 身形を調えた樹が戻り、長船に恨みがましい一瞥をくれてやると「私はこれにて…」と大仰に頭を下げると姿を消した。


 で、例の服泥棒はというと…、器用に細い枝で編まれた虫籠、いや鳥籠の中で不満そうに胡座をかいている。すると頭の中に直接声が響く。どうやらテレパシーの類なのだろう。


《やい、テメェら!オイラが何したってんだよ!虫と一緒にすんな!出せよ!!》

「何を…だと?貴様はそこにいる仔猫丸の服を盗もうとしたではないか」

《盗んで無ぇよ!落ちてるのを拾っただけだ!変な言い掛かりはヤメロよ》

「落ちてた?所有者本人が目の前にいて、慌てて持ち逃げしたくせに?」


 この服泥棒の妖精、名前はパックというらしい。その生意気な口調や言い訳のレベルから人間でいうなら10歳くらいだろうか?そんな餓鬼と同程度の言い合いをする次期王位継承者。こと仔猫丸に係わる事となると箍が外れ気味になってきているが、大丈夫なのかこの国は…。


「取り敢えず僕に話させてくれないかな?進展しそうに無いし」


 樹が間に割り込んできた。


「パック君……で良いんだよね?この服をどうするつもりだったのかな?君じゃサイズが合わないし。それにその籠はただ編んだだけだからズラせば簡単に逃げられるのにそうしないのは何故?」


 顔を背けたまま沈黙を続ける。


「居るんだよね?必要としている…いや、君が助けたいと思う人間の女の子が…」


 人間の女の子の服を必要とするのは同様の少女がいて、しかも同じ人間からの援助が無い、または迫害されている。そして自分では調達出来ない状態……つまり幽閉されている可能性がある。それに当て嵌まるのは……。


「君が望まないなら僕達は助ける義理は無い。ただ罪に応じて君を断罪するだけ。そうすれば君もその娘も…そして君の村の人も誰一人救われないだけだよ」


 人間が妖精を殺すのにワザワザ捕える必要は無い。その存在を否定すればいい。たったその一言で苦しみ悶え消滅する。


「じゃあ質問を変えよう。さっき君を握り殺そうとしたお兄さん、彼は何故消えて何処に行ったと思う?」


 妖精は基本的に人間の悪意に敏感である。悪意が近付けば一瞬にして逃げ去ってしまう。では悪意を持たぬ同様の存在ならばどうか……。答えは単純、あっという間に殲滅だ。


《ひ…卑怯だぞ!》

「卑怯……とは?人間に害するモノ、またはそういうモノを産み育てた環境、その何れかが責を負うだけの事だよ。ただ結果的に誰も救われない。君も、君の周りの人も、……そしてその女の子も」


 長船がパックの住む村を襲うというのはブラフだ。武器に戻っただけ。だが相手に全てを語らず、思案の余地を与えた不安の種を蒔くだけで後は猜疑心が育ててくれた“妄想”という実を軽く突くだけで……爆ぜる。


《わ…分かった。話すよ、話すからあの娘を助けてくれよ………お姉ちゃん》


 樹の“やる気”が30%減少したのだった……。

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