カルビスマイルは誰のため?【第1幕:11:29出発 〜 】
ここから、彼女の129kmの旅が始まります。
元気いっぱいに走り出す彼女ですが、果たして最後まで笑顔でいられるのか。
そんなことを考えながら、焼き肉アイドルと一緒に旅を始めていただけたら嬉しいです。
それでは、【第1幕】いってらっしゃい!(*´∀`)ノシ
『カルビスマイルは誰のため?』【11:29発・超拡大完全版】(第1幕)
――『やきにく』と『やくそく』は、少しだけ似ている。
子どもの頃は、その違いが分からなかった。
「焼肉って、重いね。」
「約束って、重いね。」
──その日、ふたりは言葉の意味を知った。
【土砂降りの中】
大雨。
道路が冠水している。
自転車が転倒した音は、激しい雨音にかき消された。
配信画面が激しく揺れる。
映し出されるのは、泥の中に倒れ込んだ少女の姿だった。
赤茶色のツインテールは雨水を吸って頬に張り付き、いつも笑顔を彩る鮮やかな赤の衣装も泥に汚れて、その鮮やかさはもうほとんど見えない。
レインコートは羽織っている。
だが、それはもう雨を防ぐためのものではなかった。
激しく叩きつける豪雨は、フードの隙間からも、袖口からも容赦なく流れ込み、全身を冷たく濡らし尽くしていく。
透明だったはずのレインコートは身体に貼り付き、ただ「濡れている」という事実だけを映し出していた。
真っ二つに折れた自転車のフレームが、すぐ横に転がっている。
本来なら地を駆けるはずだったタイヤだけが、天を向いたまま、カラ……カラ……と、誰にも届かない抗議を続けていた。
膝から血が流れ、雨に薄く溶けていく。
少女は、震える指で地面を這う。
泥に汚れた手が、伸ばした先で掴んだのは――一台のスマートフォンだった。
画面には、無数のコメントが流れ続けている。
コメント欄が悲鳴で埋まる。
『もうやめて!』
『見殺しにするのか、スタッフ!』
『誰か助けてあげて!』
『もう諦めていいから!』
──配信ルールは一つ。
《誰もカルビたんを手伝ってはいけない》
(届いてる、かな……)
雨粒が、画面をぼやけさせていく。
その中に、答えはまだない。
カルビの意識が、深い闇へと沈みかける――。
【スタート前、世間の評価】
「これが私の選んだステージ!」
カルビたんが宣言した前代未聞の企画──
『24時間自転車マラソン単独生配信』
移動手段は、自転車1台。食事以外の道具は、その荷台に載せた物だけ。
各地でイベントやチャレンジをこなし、目指すゴールは、ロースたんとたんたんが待つドーム会場。
──デビュー当時から、カルビたんの評価は決して高くはなかった。
「歌唱力は並。」
「ダンスも並。」
「表現力も悪くないが、突出してはいない。」
評価は、いつも似たようなものだった。
「ロースたんの華があれば十分。」
「たんたんは安定感がある。」
「カルビたんは二人を引き立てるムードメーカー。」
『カルビたんのポジションは、カルビである必要はない。』
──それが、世間の結論だった。
だから歌でもない。 ダンスでもない。 テクニックでもない。
『カルビたんにしかできないアイドル』を証明するための企画。
周囲は今回の24時間配信を『カルビたんの評価を覆すための最後の勝負』だと考えていた。
視聴者のコメントが流れる。
『無理だ!』
『売名行為乙!www』
『途中で倒れちゃうんじゃ……』
『バカじゃないか?』
普通の自転車で、休憩を挟みながら丸一日走り続けたとして、辿り着ける距離には限界がある。
まして走者は、鍛え抜かれたアスリートではない。
ただのアイドルの、ただの脚と、ただの意志だけだった。
カルビたんは笑う。
「カルビは、いつでも誰でも会えるアイドルだから♪」
誰もが無謀だと呼んだ距離を、カルビたんはこれから走ろうとしていた。
漕ぎ出したペダルが配信開始を告げる。
──同じ時刻。
遠く離れた病院では、ひとりの少女が手術室に運ばれていく。
手には一枚のタブレットを抱え、麻酔科医にそっと促されるまで、その画面から目を離さなかった。
「私も、負けないからね。」
少女は、小さく穏やかな笑みを浮かべ、母親が握っていた手を離した。
視聴者が知らぬ場所で──二つのレースが、同時に始まった。
【11:29 ―― 真昼の刻(出発)】
太陽が、ほぼ真上から生まれ故郷の商店街のアーケードを煌々と照らしていた。
頭上から注ぐ陽射しが、アーケードの隙間をすり抜け、古びたインターロッキングの石畳の上に眩しい光の斑点を作り出している。
正午を目前に控えた通りには、食欲をそそる豊かなランチタイムの匂いが立ち込めていた。
定食屋の換気扇からは出汁と唐揚げの香ばしい薫香、洋食屋からは煮込みハンバーグの甘辛い湯気が吹き出し、パン屋の店先には焼き立ての総菜パンがズラリと並び、休憩に入ったサラリーマンたちが楽しそうに列をなしていた。
「みんなー! お昼ごはん、もう食べたー!?」
カルビたんはスマートフォンのインカメラに向かって、弾けるような笑顔で手を振った。
「見て見て! 商店街の『肉のヤマザキ』さん、今日の日替わりお弁当は自家製メンチカツだよ! ジューシーで衣サクサクだから、お近くの人は絶対食べてね! あと向かいの『丸福食堂』の豚汁定食も、お味噌が優しくて最高なの!」
画面のコメント欄が、一気に賑やかさを増す。
『お昼時に飯テロやめろwww』
『メンチカツ美味そう!!』
『カルビたん地元の商店街愛がすごい』
『お腹減ってきた……』
「おーい、カルビちゃん! いってらっしゃい!」
惣菜屋の店主が、揚げ物の油が染みた白い前掛けで大きく手を振る。
「気をつけてな! ドームで待ってるぞ! カルビ弁当食って応援してるからな!」
向かいの八百屋のおじさんが、腹の底から声を張り上げた。
「はいっ! 行ってきます!」
胸に強く巻きつけた一本のタスキ。
『24時間カルビスマイル・チャレンジ』の鮮やかな文字の下には、ロースたんとたんたん、そして祖父やスタッフたちが、それぞれの想いを小さな文字で書き込んでいた。
『無理はしないで。でも、信じてる。――ロース』
『無謀な賭けね。でも、嫌いじゃない。――たん』
『安い肉は、みんなの味方だ。――じいちゃんより』
そして彼女の傍らには、この過酷なマラソンをともに走破する相棒――年季の入った愛用のママチャリ『ロースター号』が佇んでいた。
企画とはいえ、途中で倒れられては本気で困る。そんなスタッフたちの精一杯の譲歩と知恵が、その自転車の積載には詰め込まれていた。
長距離走行で最も危険なのは、ハンドルを取られることだ。そのため、荷物の配置には緻密な計算がなされていた。
年季の入った曲がった前カゴには、走っている最中でも「パッと手が出せる」最小限の緊急用品だけがきっちりと収まっている。
固定ホルダーに収まった飲料水ボトル、塩分補給タブレット、そして小さなポーチに入った簡易医療キットと、袋から出せばすぐに貼れる湿布。信号待ちやちょっとした停車時間でも、片手で素早くケアができる完璧な配置だ。
一方、走りの要となる後輪の頑丈なリアキャリア(荷台)には、最も重量のある荷物がガチガチに固定されていた。
防水の圧縮袋に詰め込まれ、限界まで小さく丸められた登山用のダウン寝袋。その隣には、効率よくカロリーを摂るための非常食(羊羹やプロテインバー)と、大量の予備湿布やテーピング類が詰まった頑丈なスモールバッグ。それらが数本の太い強力ゴムコードで、十字にギチギチと締め上げられている。
「よしっ、荷崩れなし! 重心もバッチリ!」
後輪に重さを集めたことで、前カゴは軽く、ハンドル操作を妨げない。長年この街を走り込んできたカルビ自身の知恵と、スタッフの親心が形になった積載だった。
出発の直前、カルビたんはタスキの文字を、そっと愛おしそうに指先でなぞった。
「じゃあ……行ってきます!」
カルビたんはペダルに足をかけ、ニカッと笑った。
配信開始と同時に、画面の右上に『走行予定残距離』と『残時間』が表示された。
『129km』・『23:59:59』
コメント欄が、驚きとツッコミで埋め尽くされる。
『129km!?』
『中途半端すぎない?』
『なんで130じゃないのww』
『いや、走るだけで12時間超えるぞ!?』
カルビたんは、いたずらっぽく片目をキュッと瞑ってみせた。
「だって、『いい肉』でしょ?」
一瞬だけ画面の勢いが静まり返ったあと――爆発的な勢いで文字が流れ去る。
『wwwwwwwww』
『ダジャレかよ!!』
『そう来たか!』
『カルビたんらしくて好きwww』
カルビたんは、太陽に向かって笑う。
真昼の力強い陽射しが、跳ねる赤茶色のツインテールをきらきらと金色に輝かせていた。
「カルビはね、みんなの近くにいたいの。」
──開始時刻、11時29分。
世界で一番熱く、泥臭い24時間が、いま産声を上げた。
【13:30〜 ―― グラウンドの熱気】
正午を過ぎ、昼休みの終了を告げるチャイムの音が、街のあちこちから長閑に響いていた。
カルビたんのロースター号が、スピードを少しだけ速めながら差し掛かったのは、『市民総合運動公園』の巨大な陸上グラウンド横だった。
フェンスの向こうでは、近隣の小学生たちが一堂に会する、『地域合同・夏季運動会』の午後の部がちょうど始まったところだった。
ジリジリと肌を焼く強い日差しの下、白線の引かれたトラックには白い体操着を着た子どもたちと、運動不足に顔を引きつらせるPTAの保護者、そして鉢巻を締めた先生たちが並んでいる。
「……あ! 見ろ、フェンスの向こう! 配信中の……カルビたんじゃないか!?」
児童を誘導していたPTA役員のスマホ画面と、道路沿いをゆっくり走る実況カメラの映像が合致した。
『保護者・児童の皆様、緊急連絡です! 本日24時間配信に挑戦中のカルビたんが、なんと本会場の横を通過中です!』
一瞬で場内アナウンスがザワつく。
フェンス越しに、数百人の子どもたちと保護者一斉に視線が集まった。
「カルビたーん!」「本物だー!」「カルビたーん、こっち来てー!」
トラックにいた児童チームの小学生たちが、柵越しに身を乗り出して黄色い声を上げる。
『――さあ、午後の部の目玉プログラム、選抜対抗リレー! 皆さん、お待たせいたしました!』
本部テントのスピーカーから、実況を担当する体育教師の興奮した声がグラウンドいっぱいに響き渡る。
そのアナウンスと同時に、入り口から、ゼェゼェと息を切らしながらも満面の笑みを浮かべたカルビたんが姿を現した。
『24時間、129キロの過酷なチャレンジの真っ最中! 我らが地元のスターが駆けつけてくれました! どのチームになるのか分からない……特別アンカー、『カルビロースたん』のカルビたんの到着です!!』
「「「うおおおおおおおおっ!!」」」
「カルビたーーーん!!」
「本当に来たぁぁぁっ!!」
突然のサブライスに、数百人の児童たちと保護者からの、グラウンドが揺れるほどの地鳴りのような大歓声。
配信カメラがその熱気を映し出すと、コメント欄も一気に加速した。
『え!? これアポありだったの!?』
『ルートと時間計算、完璧すぎだろww』
『体力温存とか頭にないバカカルビ(褒め言葉)最高かよ』
『これからドーム行く奴が全力ダッシュする気かよ!』
カルビたんは指定された駐輪スペースに『ロースター号』を素早く停めると、前カゴの荷台に積んだタオルで顔の汗を雑に拭い、準備運動もそこそこにグラウンドへと走り出した。
「みんなー! 待たせたね! 絶対間に合わせるって約束したんだ!」
──実は、この運動会への飛び入りは、ルート決定時からカルビたん自身がスタッフに強く懇願してねじ込んだスケジュールだった。
「129kmの長距離を走る途中で、陸上トラックを全力疾走するなんて体力の無駄遣いにも程がある」と頭を抱えるスタッフたちを、
「地元の運動会だよ? ここで出し惜しみする笑顔なんて、カルビじゃないもん!」と笑って押し切ったのだ。
(これから残り……。まだ始まったばかり。足のスタミナは少しでも温存しなきゃいけない……。)
──理性がそう警告していた。
だが、カルビに向けられた無数の小さな手と、期待に満ちた笑顔を見た瞬間、胸の奥が熱く焦げ付く音を立てた。
「……飛び入り参加、いいですかー!?」
「「「いいよーーーっ!!!」」」
割れんばかりの歓声。
カルビたんはトラックへと跳び込んだ。
「カルビたん! クジを引いてくれ!」
実況の先生に促され、箱の中に手を突っ込む。
引いた紙に書かれていた文字を見て、カルビたんは目を見開いた。
『児童チーム・アンカー』
「ええっ!? わたしがアンカー!?」
「頼むよ、カルビたん! ボクたち、ずっと最下位なんだ!」
チームリーダー小6の男の子が、泣きそうになりながらカルビたんの服の裾を握りしめた。その手は緊張で小さく震えていた。
(温存……なんて、できるわけないじゃん!)
カルビたんは胸をパチンと強く叩き、まっすぐに前を見据えた。
「任せときなさい! アンカーのカルビたんが、全部まとめてひっくり返してあげる!」
カルビたんは男の子の目線に合わせて屈み込み、その頭をガシガシと撫で回した。
──「位置について……よーい……バンッ!!」
ピストルの音が夏の青空に響き渡る。
選抜対抗リレーが始まった。
カルビも位置につく。
第一走者からバトンが繋がれていく。
──つまづきながらも走り切る一年生。
──転んでも立ち上がる三年生。
次々と、小さな手のひらが、必死にバトンを繋いでいく。
1位はPTAチーム。
2位は教員チーム。
そして大きく離された3位が、子どもたちのチームだった。
リーダーの男の子が、歯を食いしばって必死に脚を動かし、2位に追い上げた。
「カルビたん! 頼む――ッ!!」
悲痛な叫びと共に、汗で滑るプラスチックの黄色いバトンが、最終走者──カルビの手のひらに渡された。
(重い……!)
ただの軽いプラスチックの棒のはずだった。
けれど、そこには汗と砂だらけになってバトンを繋いできた子どもたちの、諦めたくない悔しさと、願いがぎっしりと詰まっていた。
「……おっしゃああああああっ!!!」
カルビたんは叫んだ。
全力疾走。
ペダルを回すのとは全く違う、己の筋肉と関節で地面を蹴り飛ばす感触。
前足の太腿に力を込め、大地を強く踏みつける。
ツインテールが激しく風を切り、赤茶色の髪が太陽の光を弾く。
『うおおお!? カルビが速い!!』
『え、マジで!? 追いつくの!?』
『脚温存しろよカルビぃぃぃ!!』
『でもカッコ良すぎる!!』
配信のコメント欄が、狂喜乱舞の渦に包まれる。
50メートル。PTAチームの背中に迫る。
カルビたんは口から泡を吹きそうなほどの死力を尽くし、コーナーで差を縮めた。
「な……なんだと!?……負けるかぁーー!!」
残るは、あと20メートル。前を行くPTAのお父さんがスパートをかける。
「「「カルビたん! カルビたん!」」」
子どもたちの声援が、津波のように押し寄せる。
カルビが一歩、また一歩と、その差を削り取っていく。
脚が悲鳴を上げ始める。
肺が張り裂けるような痛みを訴える。
視界がチカチカと白く明滅する。
「じゅわぁぁぁぁぁぁっっっ!!!」
人間とは思えない奇声を上げながら、土煙が舞う。
カルビは身体を斜めに投げ出すようにして飛び込んだ。
──ゴールテープを、赤茶色のツインテールが僅差で切った瞬間。
「「「わあああああっ!!」」」
児童席が、地響きのような歓声に包まれた。
『ゴー―――ル!! 勝者、児童チーム!!! 劇的な逆転勝利だーーーっ!!』
実況の叫びがスピーカーを割らんばかりに響き渡ると同時に、子どもたちが堰を切ったように一斉に駆け出してきた。
「「「キャー―――ッ!!」「カルビたーーーん!!」「やったあぁぁぁぁっ!!」」」
グラウンドが揺れるほどの爆発的な歓声と砂塵を巻き上げて押し寄せる、数百人の小さな波。
「すごーい!!」「勝ったあぁぁぁ!!」
「すごい! ホントに抜いた! ホントに1位になっちゃった!!」
ゴール直後に膝をつき、肩で激しく息を吐いていたカルビたんのもとへ、揉みくちゃの歓喜が容赦なく襲いかかった。
「あははっ! 痛い痛い! みんな、ちょっと待って、カルビたん潰れちゃうから〜っ!?」
泥と汗と涙が混ざり合ったぐちゃぐちゃの笑顔で、カルビたんは押し寄せる子どもたち一人ひとりの背中を強く、優しく叩き返した。
「カルビたん、ありがとう……! ボク、本当に、本当に諦めなくてよかった……っ!」
鼻を真っ赤にして泣きじゃくる六年生の男の子も、カルビたんの首にしがみついて離れない。
「うん……っ! よくバトン繋いでくれたね! みんなが繋いでくれたから、カルビたん走れたんだよ!」
配信カメラがその光景を捉えると、コメント欄は感動と興奮の渦に呑み込まれた。
『うおおおおお本当に勝ったよ!!』
『もみくちゃカルビwwww』
『子どもたちの顔見てみろよ……全員最高の笑顔じゃん』
『こんなの見せられたら泣くだろ……』
『カルビ、お前マジで最高のアイドルだよ』
――大歓声が落ち着きを見せ始めた頃、誰かが叫んだ。
「カルビたん、お歌歌って! 『カルビスマイル』歌って!」
その声に賛同するように、「歌って! 歌って!」とグラウンド全体に手拍子が波及していく。
「え〜? ここのカルビたん、歌う予定じゃなかったんだけどなぁ……」
いたずらっぽく微笑みながらも、カルビたんは前カゴの荷台から飲料ボトルを取り出し、乾いた喉に一気に水を注ぎ込んだ。
激走の直後だ。肺は火を噴くように熱く、両膝の関節は笑い、太腿の筋肉は肉離れを起こしそうなほど痙攣している。
「よしっ……! じゃあ特設ステージ、お借りしちゃいます!」
──けれど、自分を真っ直ぐに見つめる無数の澄んだ瞳から、逃げ出せるわけがなかった。
カルビたんが向かったのは、トラックの正面に置かれた大きな教台(礼式台)だった。
建物の裏に立つ大きなクスノキが、真夏の強い日差しを受けて青々とした葉を揺らしているのをチラリと視界に収めながら、彼女はその教台の上へと軽やかに駆け上がった。
カンカン、と教台を踏みしめる音が響き、グラウンド中の視線が一瞬で集まる。
「みんなー! 手拍子、よろしくね!」
カルビたんは教台の上で大きく両手を広げ、リズムを刻み始めた。
パパン、パン。パパン、パン。
最初は小さかった手拍子が、児童席、PTA席、そして先生たちにも伝染し、あっという間にグラウンド全体を揺らす大きな鼓動となって広がっていく。
「〜〜〜♪」
ピアノの伴奏も、豪華な音響機材もない。
聴こえるのは、夏の蝉時雨と、教台の上からどこまでも真っ直ぐに突き抜けるカルビたんの温かい歌声だけだった。
「じゅわっと弾ける〜♪ スマイルで〜♪」
一番を教台の上で堂々と歌い上げる中、サビに入った瞬間、カルビたんはひらりと教台から飛び降りた!
「「「わあああああっ!!」」」
そのまま子どもたちが待つグラウンドの輪の中へと跳び込んでいく。
教台から降りてきたカルビたんは、子どもたちと同じ目線までかがみ込み、ハイタッチを交わしながら歌い続けた。
配信の画面越しに、テレビの画面越しに、カルビたんの姿を見てきた子どもたち全員が、拳を突き上げて大合唱を始める。
旋律に合わせてステップを踏み、子どもたち一人ひとりと目を合わせて笑いかける。
(ああ……)
歌声が重なるたびに、胸の奥から熱いものが溢れ出し、膝の痛みなんでどこかへ吹き飛んでしまった。
(走るって……アイドルって……こんなにも、誰かと温かさを分け合えるものなんだ。)
歌い終え、割れんばかりの拍手と「カルビたん大好きー!」の叫び声に包まれながら、カルビたんは眩しい空を見上げた。
──あの日、校舎裏の日陰でふたりが分かち合った小さな温もり。
トラックの真ん中に立ち、スマートフォンの画面に向かって、そして会場全体に向かって、両手を広げて叫ぶ。
「みんなー! ありがとう! 私、ドームまで絶対に止まらないから! みんなも、運動も勉強も、最後まで全力で走ってねー!」
「「「はーい!!!」」」
──それが今、何百人もの子どもたちの笑顔となって、目の前に満ちていた。
「また一緒に走ろうね!」
砂ぼこりと汗にまみれた顔で、カルビたんは飛び切りの「カルビスマイル」を咲かせた。
──大きな声援に見送られながら、再びママチャリ『ロースター号』のペダルを踏み出す。
太腿に貼り直した湿布の冷たさを突き抜けて、足にはさっきまでとは違う、驚くほど力強く不思議な軽さが宿っていた。
真昼の太陽の光の粒が、カルビたんの汗に反射してダイヤモンドのように輝いていた。
(続く)
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
カルビたんを書いていると、どうしても「頑張れ」と応援したくなってしまいます。
本人はまだまだ元気……のつもりですが、先は長いです(笑)。
ここから先も、カルビたんの旅を一緒に見守っていただければ嬉しいです。(*人´∀`*)




