再会のあいさつは赤く染まり
霧間、楠原、岩國の三人は、他の場所よりを少し広い道が広がる場所を走っていた。
ここは榊山高校中央地点。多くの学生が行きかい、格建物へのアクセスが最も便利といわれる場所だ。
彼らがまずこの場所に来たのも、ここを基点に手分けして藍川澪美を探すためだ。
霧間が二人に言う。
「よし、俺は西のほうを探す。深月は東を、浩也は北のほうに行ってくれ。南は正面玄関があるから、後回しでいい」
それを聞いた二人は了解しそして三人はそれぞれの方角へ駆け出した。
まだ春の冷たい風は、彼らの首筋を突き刺した。
悲鳴と奇声が響いていたのは、体育館裏から北上したところにある、『管理棟』の裏だった。
管理棟とは、おもに高校の電力、水道の使用状況、そして校内にある『歪み』を管理するところだ。
ただ、そこに入ることのできる職員はほんの一握りであり、無論、学生は立ち入ることはできない。
無理して入ったところで、価値を見出せるようなところでないため、特に困ることなどないのだが。
そんな管理棟の裏を、息を切らした少年二人が絶望の形相をして走っていた。
「な、なんなんだよあの女!!化けモンか!?」
「俺に聞いても、わ、わかんねぇよ!!」
焦る二人。少女、『藍川澪美』に追われている二人。
そんな二人の感情を駆り立てるかのように、少女の無邪気な声が風にのって彼らの耳に届いた。
「化け物ぉ!?アハハ、何言ってるのさ!!君らと同じ、クリーチェストと契約した人間だよ?『この娘』は!!」
声に冷や汗を吹かせる二人。
そして、声の主の場所を確認しようと、彼らは辺りを見渡す。
だが、その行動は二人の心をさらに締め付けた。
「くっそ!何処にいやがるんだよ!!!」
思わず叫んだ男。それもそのはずだろう。
声はまるで耳元で囁かれたほど刃っきり聞こえたのに、『少女の姿かたちは映らない』からだ。
走ることもできなくなり、その場に立ち止まって背中あわせに管理棟の裏を見渡す二人。
が、いくら探しても姿は見えない。
ただ風が彼らの汗を冷やし、二人に生きているという実感を与えている。
今の彼らにとっては、生きているということが恐怖なのかもしれないが。
そのとき、一人の男が呟いた。
「………血の…匂い?」
「えっ?」
次の瞬間、
「キャハハハハ!上だよ!?」
二人は頭上から声が降り注いだのを感じた。
そして、同時に感じた尋常じゃないほどの『殺気』と『狂気』。
彼らは反射的に前方に飛んだ。
同時に、
「あれれ?仕留めそこたなぁ…」
背後に少女の気配を感じた。
振り返り背後を見ると、音もなく着地したと思われる少女の姿があった。
とっさに身構える。
それを見た少女は微笑を浮かべた。
「フフ、逃げるのは諦めて殺すつもりなのかな?」
男たちは足を震わせながらも、必死に言った。
「なめるな!俺たちだってBランクなんだよ!!お前は少なくてもAランクじゃねぇ!!なら、互角に戦えるはずだ!!」
そして、小さく何かを唱え、手を地面についた。
とたんに、そこには魔方陣のようなものが描かれ、黒く輝くその中から『何か』がゆっくりと姿を現せた。
赤い姿をした、まるで竜に限りなく近いトカゲのようなもの、そして、水色に輝く鱗を纏った大蛇が少女を取り囲むように居座った。
男が叫ぶ。
「どうだ!俺らだって、Bランクではトップクラスに君臨してんだ!侮ってると痛い目にあうぞ!?」
自分の契約相手のクリーチェストを見て強気になる男。
足の震えもいつしか止まっていた。
少女は自分の状況を見渡したあと、
「…………クク…アハハ………アッハハハハハハハハハハ!!!」
空を見上げて笑い始めた。
それに動揺する男たち。
「てめぇ!何がおかしいんだ!!」
それを聞いた笑う少女は、涙目になりながら言った。
「何なの!?それで!?それで『僕』より強くなったつもりなの!?アハハ、侮ってるのはどっちなのかな!!?」
男はさすがに驚いた。
追い込まれたはずの少女が、まだ自分たちのことを攻めている気でいると思ったからだ。
さすがにここまで言われて、男たちも黙ってはいない。
「くっそ、なら喰らえ!!『ボルティアウス』の熱…」
男が契約相手、ボルティアウスに指示をする前に、大きな音がした。
「…なっ……」
全長10メートルを越すトカゲ、ボルティアウスが尋常じゃないほどの血しぶきを体中から上げて崩れ落ちたからだ。
ただ、今回も体育館裏で殺された男同様、外傷らしいものは一切見当たらない。
鱗のつなぎ目、関節など見境なく赤い鮮血を流して動かなくなるボルティアウス。
召還した男はその血を頭からかぶり、そして再び恐怖がぶり返した。
「な…どういうことだ…?」
恐怖とともに、動揺を伏せられない男。
そして気づけば、
「オイ!お前うしろ!」
「えっ?」
大蛇を召喚した男が震える男に叫んだ。
が、時すでに遅し、
「つーかまえたっ!」
少女が楽しそうな笑みをしながら、手に持っている真っ黒なナイフを男の首筋に突き立てた。
そのとき、もう一人の男は見た。
『少女のナイフが、容易く男の体を貫き、そしてそのまま縦に引き裂いた』のを。
しかし、そこに外傷はない。
ただ、ナイフの軌跡には赤い鮮血が描き出される。
少女は、ズシャリ、と男が音を立てて倒れるのを確認して、大蛇の傍らに立つ男に言った。
「素敵だろぉ?このナイフ…『見えない悪夢』っていうんだ。『切りつけた部分に外傷を一切残さない』。魔力を刃の部分に宿わせてるから、切れ味はこの世の物じゃない。…どう?味わってみる?フフ」
そしてその直後、少女は『消えた』。
男は何とかしようと、大蛇を見た。
が、そこにいたのは大蛇と、探している生き物だった。
「キャハハッ!」
あり得ないほどのスピードで大蛇にまとわりつくようにナイフを突き立てる少女。今回も、外傷は残らない。
しかし、
「せーのっ、どーん!」
少女が大蛇の頭を両足で力いっぱい踏みつけた瞬間、青い液体が吹き出した。
無論、大蛇はもう生きていない。
音もなく、無惨に崩れ落ちる。
しかし、その場所にはもう召喚主である男の姿はなかった。
少女はそれが走る姿を、少し前方に捉えていた。
「く、はぁ、何なんだよあの女ぁ!」
「クク、楽しいね…まだ鬼ごっこは終わらないんだね!」
少女は無邪気に微笑むと、『姿を消して』男を追いかけた。
岩國浩也は学園内の北にある記念館の近くに来ていた。
記念館にはこの高校の歴史や、歴代Aランクトップの生徒の写真、初代の校長の銅像などがある。
放課後にここを使用する学生は少ないため、人は全くいない。
彼は自分の呼吸音が騒がしく聞こえるほど静かなところにいた。
それが耳につくのは、藍川澪美を探すことの焦りで鼓動が高鳴っているため、かもしれないが。
しかし、そんなとき、
「っはぁ、ゲホッゲホッ…」
記念館の裏側から、一人の男が姿を表した。
それはまるで死から逃げるような顔をしていて、目が映すものすべてを絶望に感じているような雰囲気だった。
男は岩國に駆け寄る。
「た、助けてくれ……女が、女が!!」
岩國は動揺しながらも必死で尋ねる。
「オイ!女ってどんな女だ!?髪は水色か!?背は低いか!?」
しかし、
「がっ…」
彼の質問に答えは返ってくることはなく、聞こえたのは断末魔と血が地面に弾ける音だった。
「な、なんでいきなり…」
岩國は頬をひきつらせた。
自分に近づいてきた男が、いきなり血を吹いて倒れたのだからしょうがないだろう。
しかしその驚愕は、揺らめく影から現れた『少女』の姿を見るなりすぐに絶望に変わった。
「………れ……澪美ちゃん………?」
「あれ?『この娘』の知り合い?」
少女は真っ黒なナイフを片手に、クスリと笑って言った。
そしてその言葉に違和感を覚える岩國。
「お前……澪美ちゃんじゃないな?」
「アハハ、さあね。それよりさぁ…遊び相手がいなくなっちゃったんだぁ。ねぇお兄さん、遊ぼうよ!」
その言葉を聞き、少女の足下に倒れる男を見て一瞬、背筋を凍らせたが、すぐに少女と向き合った。
その少女の真っ白だったはずのシャツは真っ赤に染まっていた。