夜を纏う男はかく語る_003
☽ ☽ ☽
未だ魂魄が安定していないからだろう。
つい先刻まで言葉を交わしていた女は、再び眠りの底へと落ちていった。
よくよく顔を見つめると、あちら側の世界で見かけた印象よりもどこか幼さを感じる。
「ふぅ……眠ったか」
規則的な呼吸音に、安堵の息を漏らす。
無意識のうちに緊張していたのかも知れない。
あのままもし暴れでもしたら、半ば強行手段を執らなければならないところだ。
だが、そんな方法は俺もしたくはない。
(説明は……後でもできる。今は少しでも休ませなければ、魂魄が保たないだろう)
布団の中から女の小さな手を掬い上げると、その甲に口唇を添える。
まだ、活きていない。
まだ、呼吸も浅い。
だからこそ、無理はさせられない。――いや、させたくない。
(大切な〝メ〟だ……)
それこそ薄氷で形造られたかのように……薄く、冷たく、儚く、脆い。
今までの経験の中で培ってきた気質か、それとも生来からの気質なのか。
どちらにせよ、今は傍に置いておくしかないだろう。目を離した隙に壊されでもしたらたまったものではない。
「まだ構っておったのか、冥一郎」
不意に、背後の闇の中から名を呼ばれた。
その声の持ち主が誰か判ると、名を呼び返す。
「黄泉月。覗き見とは……おまえらしくもないな」
「仕方あるまい。ワシがいきなり出ては、この娘を怖がらせてしまうじゃろう? ワシなりの気遣いじゃ」
「……そうだな。黄泉月のことも視え過ぎるのは〝毒〟だからな」
「毒とは、また言い得て妙じゃな。――それにしても随分と脆そうな〝メ〟じゃのう」
闇の中から、姿なき声がカカカカッと可笑しそうに笑った。
「手籠めにしたら、簡単に壊れてしまうじゃろうなぁ」
「変な言い掛かりはやめてくれ、黄泉月。そんなことはしない――今はまだ、な」




