失礼な奴じゃな
「ただいま戻りましただ」
「あ、ヨコヅナ様、お帰りなさいませ」
イジーのところから帰ってきたヨコヅナを警備の者が出迎える。
「オラに様をつける必要ないだよ」
「そういうわけにはいきません」
ヨコヅナとしてはむず痒い気分になるから様づけはやめてほしいのだが、マツや婆やはともかく他の使用人は執事長の爺やが様づけなのに様をつけないわけにはいかない。
当然ヨコヅナは爺やにも言ったのだか、お客様に対してそれは出来ませんとはっきり言われ諦めた。
「それより、今屋敷には…」
「どうかしただか?」
「その、フリード様がいらっしゃっておりまして」
どこかで聞いた覚えがある名前に首を傾げる。
「フリード様は旦那様の甥でハイネ様の従兄弟にあたる人です」
「ああ、思い出しただ…」
ヒョードルの治療が確かだと分かった後でもヨコヅナのことを不審に思っていた者の一人、むしろ一番ヨコヅナのことを邪険に思っていたのがフリードだ。
「なので、今は屋敷に入らない方が宜しいかと」
「どうしてだべ、関係ないだよ」
そう言って警備が止めるのも聞かず屋敷に入っていくヨコヅナ。
通路を歩いていると早くもフリードと出くわす。
「貴様!帰ってきたのか」
「お止めくださいフリード様」
後を追ってきた婆やの制止する声も聞かずフリードはヨコヅナに迫る。
「オラに用だべか?」
「さっさと荷物をまとめてこの屋敷から出て行け!」
「……何であんたにそんなこと言われないといけないだ」
怒りをあらわに説明もなく出て行けと言うフリードにヨコヅナは平然と返す。
「迷惑なんだよ!図々しくハイネの屋敷に居座りやがって、思い上がるなよ田舎者が!」
怒鳴るように捲し立てるフリード。
気に入らないどころか憎悪すら感じるその言動。
「オラがここに住んでると、どうしてあんたに迷惑がかかるだ?」
「ハイネに迷惑がかかるんだよ!」
「…ここに住むように言ったのはハイネ様だべ」
「それが思い上がりだと言っている!ハイネの優しさにつけ込みやがって」
つけ込んだつもりなど毛頭ないがそれを言ってもフリードは納得しないだろう。
ヨコヅナでも分かる、フリードはただハイネの近くに男がいることが許せないのだ。
ハイネの為のようなことを言いつつ、結局は……
「ひょっとして、嫉妬してるだか」
「な!?ふざけるなぁ!」
図星を突かれたフリードは怒り任せに拳をヨコヅナの顔面に叩き込む。
「お、お止めください」
「誰が貴様などに!この豚野郎がぁ!!」
「ん?……」
殴られたことよりも、暴言を吐きつけられることよりも、ヨコヅナが気になったのは、
「ハイネ様の従兄弟と聞いてただが、弱いんだべな」
「っ! 貴様ァァ!!」
その言葉に怒りの臨界点を突破したのか、フリードが次々とヨコヅナに拳を叩き込む。
「フリード様、どうかお止め…」
体張ってでも止めようと間に入ろうとした婆やをヨコヅナが手ぶりだけでとめる。
ヨコヅナは棒立ちでフリードの拳を受け続ける、それは防御する必要すらないのもあるが、
「これだけ殴られたら良いだべかな」
反撃をする理由を作るのためだ。
余所者のヨコヅナが一族であるフリードを一発殴られただけで殴り返しては悪いのはヨコヅナとなる可能性がある。
だが何度も一方的に殴られた後の抵抗であれば、言い訳も立つし婆やも証言してくれるはず。
ひょっとしたら婆やはヘルシング家の使用人のためフリードに有利な証言をするかもしれないが
「別にそれでもいいだな」
ヨコヅナは手をだそうとして、動きをとめる。
気づいたからだ、その必要がなくなったことに、
「何をしている、フリード」
いつの間にか現れたハイネがヨコヅナを殴ろうとするフリードの腕を掴んでいた。
「ハイネ!?」
「お帰りなさいだべ、ハイネ様」
「…ああ、ただいま。で何をしていたんだ?」
「あぁ~、喧嘩…だべかな」
バツが悪そうに言うヨコヅナだが、喧嘩とは本来対等な者同士でなければ成り立たない。
つまりヨコヅナはフリードと対等だと言っているのに等しかった。
その言葉に再度怒りが湧き出すフリード。
「ふざけるな!貴様などと」
「だったら、何をしていた?」
「伯父上を治療した恩をきせ、図々しくもハイネの屋敷に居座るこの豚野ろぐえぁ」
言葉の途中でハイネの裏拳がフリードの顔面にめり込む。
「よく分かった。お前の馬鹿げた勘違いで、私の客人に失礼を働いたということが」
「どょ、どょうひて、そんひゃひゃつを」
「何を言っているのか分からないな、さっさと消えろ!」
冷たく言い捨てるハイネ。
「……認めへなひ、僕は認へなひからな!」
半泣きになりがら走り去っていくフリード。
「気に食わないことがあるとすぐに駄々をこねる、まだまだ子供だな」
フリードがこんな行動をした理由もその心情も分かっていないハイネを見ると、少しだけフリードに同情の余地があるように思えた。
「すまないヨコヅナ、従兄弟が迷惑をかけた」
「ハイネ様が謝ることなんて何もないだよ」
「怪我はないか?」
「こんなので怪我したら、ハイネ様との手合わせで死んでるだよ」
「ふふ、こんな時にまで冗談を言う必要はないのだぞ」
ヨコヅナとしては冗談を言ったつもりはないのだが、ハイネの雰囲気が和らいだから良いかと思う。
「ヨコヅナ君は喧嘩と言っていましたが、一切手を出していません。ハイネ様に迷惑をかけないために…」
「そんな深くは考えてないだよ。弱すぎて躊躇っただけだべ」
「フリードが弱すぎるか…あれでも将来を期待されてる若者なのだがな」
「そうなんだべか、もう少しハイネ様が遅かったら顔面潰すところだったべ」
ちなみにフリードはハイネの従兄弟なだけあって美少年的なイケメンだ。
気に入らないと思っていたのはフリード側だけでなかった。
「だったら私が助けたのはフリードの方だったかな」
「いえ、お嬢様のせいで半分ぐらい潰れていたかと」
まともに喋れなかったぐらいには潰れていた。
「ハイネ様は…」
「ん?なんだ」
「いえ、何でもないですだ」
「?そうか、怪我がないならこの話はここまでで良いな。ヨコヅナは今日同郷の者に会いに行っていたのだったか」
「そうだべ、そこでケオネス様にも会っただよ」
「ケオネス様とも知り合いだったな。話は食事の時にゆっくり聞こう、着替えてくるといい」
「分かりましただ」
ヨコヅナが部屋に戻るとを見送ってから。
「婆や、詳しい話を」
「はい、フリード様は…」
婆やから今回の経緯を聞いたハイネは、
「フリードは今後私の許可がなければ屋敷に上げるな」
冷たく命令する。
「かしこまりましたお嬢様」
「……そこまでされてもあの平然とした態度、ヨコヅナは身体と同じで器のデカイ男だな」
「ホォホォ、そうですね」
ヨコヅナがハイネ達と別れて部屋に戻ると、
「残念じゃったの」
開口一番カルレインがそう言ってきた。
「…もう少しで調子乗ってるイケメンの顔面を潰せたんだべがな」
「誰もイケメンの顔面を潰す話などしとらん。問題を起こせば村へ帰れるとか考えていたのではないのか」
「それだったら、一撃目で顔面潰してただよ」
「挑発しておったようじゃが」
部屋にいたカルレインにまでフリードの声は聞こえていた。
ヨコヅナの声までは聞こえてないが推測はできる。
「……オラがこの屋敷にいると迷惑がかかるだべかな?」
ヨコヅナが言葉をハイネに聞こうとして止めたのはこの質問だった。
「それは我に聞いても意味ないじゃろ、まぁハイネは否定するじゃろうがな」
「そうだべな」
ハイネはきっと否定してくれるだろう。
だた少しでも言い淀む素振りがあったなら……
ヨコヅナはそれを見たくなかった。
「オラはどうしたいんだべかな…」
今でもニーコ村に帰りたいという気持ちは確かにある、あののんびりとした平穏な生活に、
でもここに居たいとういう気持ちも確かにあった。
「ふふ、わはははははっ!!」
「何がそんなにおかしいだ?」
突然大笑いするカルレイン。
「ははは、いやなに、若いなと思っての」
「どう言う意味だべ?」
「いくらでも悩むが良い。それは若者の特権じゃ」
「……なんかおばあちゃんみたいなこと言う熱っ!」
カルレインの指先から発せられた光線がヨコヅナの肌を軽く焼く。
「誰がおばあちゃんじゃ」
少女の姿をしているが歳のことには敏感なカルレイン。
「もう夕食の時間じゃな。今日のメニューは何かの」
そう言ってカルレインは行ってしまう。
「……まぁ、考えて仕方ないだべかな。待たせるとカルがうるさいからさっさと着替えて食堂にいくとするだべか」
ヨコヅナが本当に器の大きい男になるのはまだまだ先の話である。




