哀れじゃの
手合わせ前のヨコヅナとオリアの会話
「気をつけてねヨコ、あいつ元ケンシン流の師範代らしくて、口だけってわけでもないの」
「ケンシン流ってほんと流行ってるだべな」
「素行が悪くて破門されたような奴だから何してくるか…」
「ははは、たかが手合わせだべ」
「怪我でもしたら清髪剤つくれなくなるし、エネカちゃんにも怒られるよ」
「…心配ないだよ、手合わせは毎日のようにしてると言ったべ」
「それは試合の稽古でしょ、あいつ実戦派だし」
「…オリア姉は色々勘違いしてるだな」
「勘違い……何をよ?」
「見てれば分かるだよ」
ヨコヅナはそう言っていつも通りの笑みで部屋の中央へ向かう。
手合わせ前のエチギルドと舎弟①、②の会話
「あんなデブ、エチギルドさんが出るまでもないですよ、俺が」
「まぁ待て。ここは圧倒的な力の差ってのを見せた方が金を吊り上げれる」
「なるほど、考えてますね」
「…あいつらがさっき話してたの聞いて、ワテ思い出したんですが、…門下生にいたセガルドって覚えてます?」
「セガルド…あぁ、あのでかいだけのウスノロな、あいつがどうした?」
「闘技大会で『ニーコ村の怪物』に瞬殺されたらしんです」
「あんな木偶、倒したって強いことにはなんねぇよ」
「なんか、初撃の体当たりみたいな頭突きで、ほんとに一撃だったらしいでっせ」
「初撃で頭突きってどんなんだよ」
「見た奴が言うにはそういう技らしいで、カエルみたいな低い構えから突撃する」
「……へぇ~、そいつは面白れぇ」
「何か思いついたんで?」
「見てれば分かるぜ」
エチギルドはそう言って不敵な笑みで部屋の中央へ向かう。
手合わせ前のイティとエフとジークの会話
「あいつら喧嘩すんのか?」
「喧嘩じゃないっす、採用試験っす」
「アタラシイ仲間、入ル?」
「オリちゃんの弟のヨコやんっす」
「…あいつ混血じゃないから、仲間じゃない」
「マ人ノ仲間」
「ロード会に雇われても、マ人は仲間じゃないだろ」
「エチギルドをクビにして、ヨコやんを雇うっす」
「…それならウチも賛成、エチギルド嫌い」
「オデも嫌イ」
「あーしも嫌いっす」
「でもそれ、あいつが勝ったらだろ」
「大丈夫っす。100パー、ヨコやんが勝つっすよ」
「あいつ強えのか?」
「見てれば分かるっす」
エフはそう言って自信満々の笑みで部屋の中央の二人を見る。
「素手ゴロって言ったけど、目と金は無しにしとくかね。勝負が決まったと私が判断したら終わり。何か質問はあるかい?」
デルファが二人にルール説明のようなものをする。
「無いだよ」
「ねえぜ」
「じゃあ、いつでもはじめな」
素手ゴロだけに開始の合図はしないようだ。
「はじめる前に教えといてやるぜ。俺は元ケンシン流の師範代だ」
「…だからなんだべ?」
「お前が闘技大会で倒した、セガルドとは段違いに強いってことだよ」
「………ああ!あの人だべか」
ヨコヅナはセガルドという名前を思えていなかったが、闘技大会で倒したケンシン流の相手ことは思い出した。ケンシン流の技など何一つ出す前に終わってたが。
「そんな俺がガキにいきなり本気出しちゃ、大人気ねぇと思われる。だからハンデをくれてやる」
「ハンデ?」
「先に一発打たせてやるよ。セガルドを倒したっていう得意の頭突きを見せてみな」
余程自信があるのか、エチギルドは自分の胸のあたりを親指で示し、そんな事を言い出した。
「………まぁ、それで良いなら構わないだが、オラもはじめる前に聞いて良いだか?」
「言ってみな」
「あんたは何でロード会に雇われてるだ?差別されてる混血の人を守りたいからだべか」
とてもそんな風には見えないが、人を見た目で判断するのはいけないので、一応聞いてみるヨコヅナ。
「へっ、差別なんて関係ねぇよ。金払いが良いから雇われただけさ。いい女も居るしな」
「恋人の為…ってわけでも無さそうだべな」
「アイリィの事か、当たり前だろ。混血の遊女なんざ、文字どおり遊びの女だよ」
「……分かっただ。もう聞きたいことはないから、はじめるだよ」
ヨコヅナは軽く四股を踏み、手合の構えを取る。
「へへへっ、いつでもいいぜ」
「あ~あ、可哀想。弟くん」
部屋の壁沿いで中央の二人を観戦するオリアに、アイリィが話しかける。
「アイリィが知らないだけでしょ。ヨコは本当に強いのよ」
「さっき言ってたわね、闘技大会で準優勝したとか」
「準優勝なのは決勝の相手が女だったからよ、ヨコは女を殴らないって決めてるから。その気なら優勝出来たはずよ」
「ふ~ん…。試合なら強いんでしょうね」
含みのある言い方をするアイリィだが、オリアもそれは否定出来ない。
オリアは多少スモウの事を知っているが、褌一丁で稽古したり、足の裏意外が地面に着いたら負けだったりと実戦向きとは思えない。
しかし、今は対面している状況で素手だ、十分ヨコヅナに勝機はあると考えていた。
「エチギルドっていつも大口叩いてるけど、実はビビリなのよね」
何故かいきなりエチギルドの悪口を言い出すアイリィ。
「そんなの知ってる。臆病だから見栄を張っている、本当は自分に自信がないから大物ぶろうとする典型的な男じゃない」
「そうよ。でも臆病者は用心深くもあるわ」
「……何が言いたいの?」
アイリィは薄く嘲笑しながら、囁くように言う。
「あいつ、服の下に鉄鎧仕込んでるのよ」
その言葉を聞いて目を見開くてオリア。
エチギルドの自信はこれが理由だ。刃物で襲わる状況を想定して外出する時は、胴体を守る簡易な鉄鎧を装着し、ブカブカの服を着て見た目からは分からなくしている。
「そんなのに頭からぶつかったら、どうなるかしら」
常識で考えれば結果は…
「ヨコ!駄目っ!!」
オリアの制止の声は一瞬遅かった。
建物が衝撃で揺れ、破壊音が響く。
「ん?オリア姉、呼んだだか?」
平然と立っているヨコヅナ。鉄鎧にぶつかったはずの額は怪我してるようには見えず、キョトンとした顔でオリアを見ている。
部屋にエチギルドの姿はない、ヨコヅナのブチかましを喰らい、壁を突き破って部屋の外まで吹っ飛ばされたからだ。
観戦していた全員が、驚きのあまり目を点にしている。
「え、あ~、うん。……ちょっとやり過ぎかなって」
慌てて叫んだ事に恥ずかしくなりながらオリアは、適当なことを口にする。
「あ~、壁壊れただな。弁償したほうが良いだか?」
オリアの適当な言葉を真剣に受け取るヨコヅナ。
「ん~、どうだろう?、デルファ」
予想以上のヨコヅナに実力に驚いていたデルファは、
「ぷっ、あははっははっ!、いや弁償の必要はないよ。やれと言ったのはこっちだからね」
ズレたやりとりに大笑いしてそう言う。
「…あいつ、あんなに強えんだ。エフは知ってたのか」
「知らないっすよ。…ただ握手したとき、あーしじゃ勝てないなと思ったっす」
エフは自分の手を見ながら、握手した時の人とは思えない硬い手の感触を思い出す。
「ジー君なら勝てるっすか?」
ロード会で個人の強さに順位をつけるなら、エフは三位、そして二位がジークだ。
「……分カラナイ、ゼンゼン本気出シテナイ」」
エフの言葉に真剣な表情で答えるジーク、ヨコヅナが実力の半分も出していないことを見抜いていた。
「…あいつ本当にマ人なんか?」
イティの疑問に答えれる者はいない。
「……で、次はあんたらだべか」
ヨコヅナは舎弟①②を見るが、
「いいい、いえ、結構です。あ、俺用事あるんだった」
「ワ、ワテも、帰って猫に餌やらねぇと」
逃げるように去って行く舎弟①②。
「ほんと口先だけの連中ね……さっき言ってた勘違いって、エチギルドに怪我させられる程弱くないって意味だったんだね」
「それもあるだな。強い奴は試合とか実戦とか関係なく強いだよ、オリア姉には分からないかもだべが」
ヨコヅナが言っているのは武の心得がある者の中でも一部、『狩る覚悟と狩られる覚悟』がある者特有の考え方だ。
武の心得すらないオリアには理解出来ない感覚、しかし弟の偉そうな物言いのが気に入らず、
「……なんかヨコのクセに生意気」
そう言ってヨコヅナの頬を抓る。
「痛いだよ」
「アハハっ」
「強いわね~、君」
微笑ましい姉弟のやり取りをする二人に、いつの間にか近づいていたアイリィ、ヨコヅナに密着するように腕を回してくる。
「え、な、なんだべ!?」
「ふふっ。ちゃんと自己紹介してなかったわね。私はアイリィ、ロード会の仲間よ」
「…オラは、ヨコヅナ、だべ」
いきなり美女に密着されて狼狽えるヨコヅナと、それを見て妖艶な笑みをつくるアイリィ。
「宜しく、ヨコちゃん。仲良くしましょ」
「ちょっと!アイリィ、手の平返し過ぎ!」
先ほどまで嘲笑して見ていたのに、ヨコヅナの実力を知るや態度を一変さしたアイリィに、青筋を立てるオリア。
「仕方ないじゃない、私の護衛吹っ飛ばされちゃったし。ヨコちゃん、オリアだけでなく私のことも守って欲しいわ」
ヨコヅナに上目遣いで胸を押し付けてるようにしてお願いするアイリィ。
「あ、いや、オラは」
「離れなさいよ!ヨコが困ってるでしょ!」
「困ってなんかないわよね」
「え、その…」
「ふふっ、可愛いわね、ヨコちゃん」
「いいから、離れなさい!」
「痛いっ、ちょ、オリア尻尾は駄目よ!」
「えと、あ、その」
年上の女性二人に挟まれて、オロオロするしか出来ないヨコヅナの姿に、先ほど迄の強者の面影は微塵もなかった。




