第七話
フェリシア、セシルと海に行ってから二週間が過ぎた。
その二週間の間は至って平穏だった。
が、今日になるとその平穏が崩れ去った。今までの平穏を吹き飛ばすほどの大事件が起きてしまう。
管理者から緊急の召集がかかったのだ。以前のように、ブレスレットから彼の言葉が響いてきた。
フェリシアと魔獣狩りに行こうとしていたところだ。
俺もフェリシアも管理者の声を聞いたのは巨神兵以来なので、硬直してしまった。
二人きりになるのを見計らったかのようなタイミングだったから、何かしらのペナルティを課すのかと思った。
話が一通り終わると、ヒュドラの時のような召集だったと少し拍子抜けした。タイミングについたは、偶然だったわけだ。
今回はヒュドラのような大物はいないらしい。ただ、雑魚の数が異常に多いらしい。実際に見てないから実感が湧かないけれど、どうも辺り一面を埋め尽くさんばかりの数がいるらしい。
狩り尽くすのに時間がかかりそうだ。
それが都市に向かって進軍しているらしいので、各自大至急集合せよと。
魔獣は下位に位置する猿人の一種のみだ。こいつ自体の戦闘能力は大したことないが、繁殖能力が凄まじいらしい。
今回は群れが押し寄せるため、強敵と出会おうとも数の利で押し潰そうとする。逆に言えば、逃げられることは早々ないはずだ。
そんなわけで、俺たちが指定された場所に移動すると、結構な人数がすでにいた。
俺たちが部屋に入ると、注目を集める。ヒュドラの時に独断専行とかしちゃったから、当然ですかね。フェリシアは数ある視線を見事に受け流していた。
王クラスはフェリシア、マリウスの他に狼人族が一人いた。以前、ヒュドラの対策会議の時にも見かけた顔だ。
「フェリ、あいつってヒュドラ対策会議の」
「【狂犬】って呼ばれてるわ」
【狂犬】スパイク。半獣化できる王クラスの狼人族男性である。
なんでも今回のような組織だった魔獣掃討において、下された配置場所や討伐対象についてとりあえず従う。
が、強敵が現れると、一切合切を無視して嬉々とした表情でそいつに突撃するそうな。
周りからすれば、すごい迷惑だな。つーか、死闘をしている最中に、王クラスがいきなり抜けたりしたら迷惑で済まないな。
その点、最初から従わないフェリシアの方がまだマシ……か?分からん。甲乙つけがたい。
フェリシアが不機嫌そうなのは同族嫌悪?
「……何か言いたいことが?」
「ございませんとも」
フェリシアがフンと鼻を鳴らす。
論点となっている【狂犬】さんは俺と目が合うと、獰猛な笑みを浮かべる。あー、バトルジャンキーかと思われる。フェリシアと同族なのは間違いないんじゃ?
だとすると、関わるのは得策じゃない。あんな人種は一人相手するので手一杯だ。無視するにした。これから魔獣と戦うのに、余計なことはしたくないし。
今度はマリウスと目が合う。彼の背後には白騎士団の面々もいた。何人か会釈してくれた。
「よう」
「うむ」
簡潔に挨拶を交わす。
彼には、すでに一通り巨神兵にまつわる事件を話している。
フェリシアがセシルに打ち明けたように、俺も誰かに打ち明けたかった。が、俺にはそもそも友人なんて少ない。さらに、信頼できる相手なんてマリウス以外思いつかなかった。
もうちょっと人付き合いをがんばらなきゃな。
彼は俺の呼びかけに快く応じてくれた。相変わらずいい奴だと思ったよ、ホント。
もちろん、防音がしっかりしてる個室に入った。万が一にも他者に漏れたらまずいし。
話し終えた時、マリウスが長いため息をついた。さすがに歴戦の戦士であっても驚愕していたようだ。しないわけないか。
ただ、ありがたいことに俺を疑うってことはなかった。ま、結論を言った最初は正気を疑われたけど。
が、俺が正気であることを悟ると、そこに至るまでの過程話は順調に進んだ。話の腰を折ることなく、最後まで聞くことに徹してくれた。
彼は俺よりも星覇者としての経験が長い。色々思うところがあったようだ。
さすがに沈鬱な話題なので、その後は二人とも酒が進んだ。ヤケ酒かもしれないが、飲まないとやってられなかった。
そんなことがあったが、今は周囲に大勢の星覇者がいる。周りに悟られないよう端的な挨拶に留めておいた。
マリウスに話したことはすでにフェリシアにも伝えている。彼女は意味ありげな視線を俺たちに向けていた。
今回は長老たちは参加できない。というのも、今回の会議室は天空都市ではない。
天空都市から荒野を抜けた先に第二の都市がある。
先人たちが天空都市から荒野を攻略し、この都市に入った。そして、管理者に言われたことをやったら、転移門から簡単に利用できるようになったらしい。何かのスイッチを押しただの色々やったらしいけど、詳細はよく分からん。
この第二都市は俺は初めて来た。もっとも、ここにいるメンツは何度も来てるらしい。俺みたいに物珍しく辺りを見回してないから、多分そうだろう。
『さて、あらかた揃ったようだ。始めようか』
なので、管理者が司会進行役となる。管理者の声がどこからともなく響く。
管理者の声が届く特殊な部屋にご招待されたわけか。
管理者からの状況説明については、特筆すべきことはなかった。事前情報を改めて説明されただけなので。猿人とか、いっぱいいるとか。
現状報告が終わると、即座に部隊編成が始まった。基本的に守備隊が決められ、いくつか戦況を見て出撃させる遊撃隊も組まれた。
今回は、第二都市を防衛することが目的だから、守備隊の割合の方が多い。
管理者の方である程度考えていたのか、すぐに話はまとまった。
マリウスが隊長とする遊撃隊には白騎士団と【狂犬】がいた。【狂犬】の対処をできるのは、同じ王クラスのマリウスってわけか。
マリウスが少しも動じていないのはさすがだな。まぁ、きっちり働く分には【狂犬】も優秀すぎるくらい優秀なんだろうな。
ちなみに、フェリシアと俺は二人だけの遊撃隊となっている。フェリシアが誰かに従うことはありえないと分かりきってるからかね。誰も何も言わないし。
で、俺はというと巻き込まれた形だろうなぁ。絶対。
フェリシアが満足そうに微笑んでいる。好き勝手やれるのが嬉しいんだろうな。
特例という位置付けだが、周囲を見ると諦めムードだ。マリウスだけは苦笑しているが。
確かにフェリシアが指示に従っているところなんて想像もできないなぁ。
これから戦闘が始まる。
今回は強敵がいなそうだが、数の暴力がありそうだ。気を引き締めなきゃと思ったところで邪魔が入る。
さっきまで話を聞いていただろう、フェリシアの婚約者(自称?)が勢いよくこっちへ振り返る。
「フェリシア。安全なところまで戻るぞ!私は君を危険な目に遭わせるわけにはいかない」
ザックだったよな?
「あら?いたの」
フェリシアが興味なさげに一瞥する。
いやいや、絶対気づいてたでしょ?まぁ、俺も声をかけることはおろか、視界に入れないようにしてたけどさ。
まぁ、こいつにとっては、自分が守備隊に配置されて、俺がフェリシアと二人遊撃隊ってのが気に入らないんだろうな。やっぱり。
しっかしなぁ、あのフェリシアに保護者面できるなんて、ある意味尊敬するよ。身の程知らずって側面は置いといても。この場の雰囲気をぶち壊すってことも置いといても。
現に場が白けた雰囲気になっている。
マリウスがどうにかしろと目で訴えてくるが、力不足ですみませんと首を横に振る。
彼女の手を取り、その場を去ろうとする。
対するフェリシアは目を合わそうとしないが、苛立っていることが手に取るように分かる。まるで、あれだ。噴火前の火山だ。
俺は冷や冷やしている。そして、巻き込まれないようにさり気なく距離を取る。
フェリシアは手を振り払う。
「フェリシア!その我がままは許容できないぞッ!」
そうだな。彼女も許容量が超えそうだ。正直言って即座に避難したいくらい!
「フェリシア!いい加減に――」
最期の言葉は聞き取れなかった。婚約者気取りの男が情けなくぶっ飛ばされる。頬を引っぱたくとかじゃなく、腰の入った正拳突きだ。
あそこまで想いが通じないのも見事なもんだよな。爽快なのもあるけど。
向こうは敵視してるけど、悪いけどこっちは眼中にない。
フェリシアにその気があったり、相手がマリウスだったりすると相当な危機感を感じると思う。けど、あんな奴が相手じゃなぁ。
見た感じ協力者がいるわけでもないし。誰も助けない。ただ冷ややかに視線を向けるだけだ。
哀れだなぁ。俺だったら心が折れるわ。
ま、恋敵って奴だから、声かけたりしないけど。
「レヴィ」
「はい?」
フェリシアは出て行く気満々のようだ。
「行くわよ!」
こんな流れになるだろうことは簡単に予測できてた。今までの経験が教えてくれる。なんで、「はいはい」と気軽に応えた。
周りから注視される中、フェリシアは颯爽と歩き出した。かっこいいね。
俺はそそくさとその後に続いた。




