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新たな相棒

刀がないせいで、なんだか心に穴が空いたみたいな感覚が続いていた。予備の仕込み傘こそあるものの、気が晴れず、しおしおと朝餉を食べていた時のこと。


どこからともなく飛んできた一羽の折り紙の鶴が、私の鼻先にパシッと体当たりしてきた。


「ひゃうんっ!? な、なんですか、この好戦的な折り紙は!」


その鶴は私の鼻の上で器用に踊りながら、あろうことかさかきの声で喋り出した。


『——おい雛。牙が打ち上がったと爺から連絡があった。早く来い、さもないとこの鶴に鼻の穴をついばませる』

「……呪術の使い方が、性格の悪さを全力で物語ってますね」


それが、伝説の刀鍛冶からの完成通知だった。私は急いで支度を整え、あの不気味なボロ屋敷へと駆け込んだ。



森の工房。天津麻羅が差し出したのは、漆黒の鞘に収まった一本の仕込み杖だった。前の外見はいかにも杖、という感じだったが、今回のは色を塗られ上等なものに仕上がっている。


引き抜いた瞬間、私の網膜に焼き付いたのは、透き通るような白銀の煌き。


「……きれい。以前のなまくらが鉄の棒だとしたら、これは研ぎ澄まされた意志そのものですね」

「ふん、娘に違いがわかるか。……さて、榊。代金は、いつものアレだろうな?」


榊は「あぁ」と短く答えると、懐から小さな琥珀色の塊を取り出した。


「約束の天界の蜜を煮詰めた金平糖だ。職人に頼んでおいたのがちょうどできた。神様のお口に合うかは知らねえがな」

「おお……! これだ、これこそが至高の菓子よ! これでまた千年、鉄が叩けるわい!」


神様への謝礼はお金ではないのか。しかし、金平糖とはたしかに贅沢な。職人が作るのに半月はかかるらしいから、ちょうど鍛冶を依頼するのと同じときに頼んだのだろう。


榊が私の背中を「行くぞ」と無造作に押した。



森を抜け、町歩いている最中、私は空を見上げながら「あ!」と指を差した。


「榊さん、見てください! あんなところに巨大な反物が浮いてます。町から洗濯物が飛んできたんですかね?」

「……おい、指を差すな。あれは一反木綿。妖だよ」

「えっ!? 布にしか見えなかった。干したてのふんどしかと」

「いいか、雛。妖が見えるようになったのはいいが、人混みでそれを口にするな。見えない人の方が多いんだからな。ぬりかべみたいに普通の人に見えるヤツもいるにはいるが……お前、あっちの人たちを見ろ」


榊が指差した先では、二人の女性が私のことを


「あらやだ、何もない空に向かって指さしてなにか話をしてるわ……不憫なお嬢様……」


という、底冷えするような同情の眼差しで見ていた。


「——っ、し、失礼しましたっ! 見間違いです、ただの入道雲ですっ!」

「はは、手遅れだ」


顔を赤くし、しょぼくれながらまた歩き出す。しかし、ふと気になることが出てきた。


「なんでぬりかべのこと知ってるんですか? あの時榊さんとは、ぬりかべがいなくなってから合流したような……」

「……ほら、奉行所に急ぐぞ。あのアホが何か喋り出したらしい」


もしかして榊さん、雨の中、私のぬりかべ掃除を見守っていた? ……まさかね。



奉行所の奥にある牢で、賭場で暴れた目のない虎の持ち主・熊蔵が、怯えながら口を開いた。


「……博打に負けて首が回らなくなった時、真っ黒な影みたいな男に声をかけられたんです。『金を出すから、入れ墨の実験台になれ』って。……場所は、町外れの寂れた長屋でした」

「実験台か。黒鵺め、いよいよ隠す気もなくなってきたな」


榊の瞳が、冬の刃のように鋭くなる。私たちは熊蔵から聞き出した住所を頼りに、その長屋へと向かった。


目的地は、人通りが途絶えた古い一画。指定された部屋の扉は開け放たれており、中には生活感の欠片もなかった。


「……逃げられた後ですかね。もぬけの殻です」

「時間がたちすぎたな。仕方ない」


私は新調したばかりの仕込み杖の柄を握り、慎重に中へ足を踏み入れる。


壁には、あの絵師の長屋と同じような、どす黒い墨の匂いが僅かに残っていた。


「——雛。静かにしろ」


榊がキセルを懐に仕舞い、壁に耳を寄せる。


薄い壁を隔てた隣の空き部屋から、何かが床を這うような、あるいは濡れた布を引きずるような不快な音が聞こえてきた。誰か……いや、何かが、壁一枚を隔てた向こう側で、私たちの呼吸を数えている。


(……榊さん、これ)

(わからん。……だが何かがいる)


私は息を呑み、仕込み杖を抜く準備をした。

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