表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
15/34

懸念

昨夜の騒動から一夜明け、江戸の町には穏やかな陽光が降り注いでいた。


吉原へ向かうのは夜、と榊に釘を刺されていた私は、昼間から自分の屋敷で所在なくぼーっと過ごしていた。


(……なんだか、泥を落として普通の着物に戻ると、昨夜の出来事が夢だったみたい。あんな性格破綻者の男に振り回されて、ネズミを懐に入れたり銭湯を駆け抜けたり……)


自分の波乱万丈すぎるここ数日を思い返し、思わず遠い目になる。そこへ、公務を終えた父上が通りかかった。


「雛、戻っていたのか。……それで、例の妖屋とは上手くやっているのか?」


父上に促され、私はここ数日の出来事をかいつまんで報告した。カマイタチの事件、滝夜叉姫との邂逅、そして昨夜の狂った絵師の最期。


黙って聞いていた父上は、不意に真面目な顔で問いかけてきた。


「……その、榊という男。お前からはどう見える」

「えっ? あ、あの人ですか? そうですね……。口は信じられないくらい悪いですし、態度は傲岸不遜で、私を木偶人形扱いしますし、やることなすこと破廉恥で……本当に、最低な性格破綻者ですよ!」


私は勢いよくまくし立てた。だが、一呼吸置いてから、少しだけ声を落として続ける。


「……でも、なんて言うか。誰も見ていないところで、小さな妖を助けたり、江戸の平和を守ろうとする時の顔は……その、少しだけ、真っ直ぐで。……まあ、顔だけは絶世の歌舞伎役者にも負けないですし、実力だけは、認めてあげなくもありません」


最後の方は、自分でも顔が熱くなるのが分かった。すると、父上はなんとも言えない、苦虫を噛み潰したような複雑な表情を浮かべた。


「……そうか。自分から勧めておいてなんだが、雛。あの男は闇が深すぎる。……あまり深くは関わるなよ」

「……? はい、分かっています。あんな毒舌男、こっちから願い下げですよ!」


父上の妙に切実な釘刺しに首をかしげつつ、私は逃げるように屋敷を飛び出した。



夕刻、吉原へ向かう前の寄り道として、私は再び町外れの墓地へと向かった。泥に沈むボロ屋敷。昨日と同じく、カタカタと鳴る骸骨たちに出迎えられる。


「滝夜叉姫、いますか?」

「あー、昨日の子じゃーん、滝姫でいいよー! 堅苦しいのマジ勘弁だし!」


奥から現れた滝姫は、相変わらず髑髏柄の短丈着物を翻し、派手な飾り扇子をパタパタさせていた。


私は彼女に、昨夜の絵師の結末と、黒鵺が雪舟斎の骨を墨に混ぜて悪用していたことを話した。


「……そっか。あいつが消えたことで、うちの手下も少しは報われるかなー。あんがと、雛ちゃん!」


滝姫は満足げに笑うと、骸骨にお茶を淹れさせた。今日は手は付けてみたが、なかなか美味しい。そして、滝姫はふと悪戯っぽい笑みを浮かべて、私をじっと見つめてきた。


「ところでさー。雛ちゃん、ぶっちゃけ、ぜんちゃんと付き合ってるわけ?」

「……ぶっ!? げほっ、ごほっ!」


お茶を派手に吹き出しそうになり、私は必死にむせた。


「な、ななな何を言っているんですか! あんな、ドブ川に落ちた宝石みたいな性格破綻者の男と、私が!? 天変地異が起きてもあり得ません!」

「ほー、宝石ときたかー」

「ドブに落ちた! です」

「えー、そうかなー? でも雛ちゃん、ぜんちゃんの話してる時、マジで目がキラキラしてるし。……ハハハーン! わかっちゃった。雛ちゃん、ぜんちゃんのこと、好きなんだー!」

「ち、違います! あれは、ただの……仕事上の付き合いで!」

「ハイハイ、お熱いねー。江戸の闇を追う相棒がいつの間にか恋人に……って、マジで熱いじゃん!」


滝姫の容赦ないからかいに、私の顔は真っ赤に茹で上がり、耳の先まで熱くなった。


「……もう、知りません! 行きますっ!」

「あ、逃げたー! がんばってねー、新カノちゃん!」

「……新カノ、って、前に付き合ってたのって、滝姫が……?」

「ぎゃははは! ほら、気にしてるんじゃん。大丈夫だよ、うちとぜんちゃんはそういう仲じゃないから」


背後から響く姫の笑い声を振り切り、私は墓地を全速力で駆け抜けた。夜の帳が降りてくる。


これから向かうのは、江戸で最も華やかな極楽浄土——吉原。騒がしい心臓を落ち着かせながら、私は約束の場所で待つ、あの最悪な男の姿を探した。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ